1、
シャナが、オーランドを見つけたのは、ほんの偶然だった。
早朝、抜け出し馬を連れ出して乗り込むオーランドを見つけたのだった。シャナ自身は非番で、久しぶりに街に行って本でも買いに行こうかとしていたのだった。
「旦那様!」
思わず声をかけて駆け寄ると、びくと、馬上で背を伸ばして、妙にぎくしゃくした動きでシャナを振り返るオーランドがいた。
「……出仕ですか?」
「……い、いや、……。おそらく、出仕しても休暇が明けていないから送り返される」
「では、なぜ?」
「……」
純粋に首を傾げているシャナに、オーランドは、まさか、ベッドに飽きたので、抜け出すつもりだなどといえずに、珍しく困ったようにため息をついたのだった。
「街に、出かけようと思って」
「街に? 誰かに……」
「いや、……自分で見て買いたいものぐらいあるだろう? そういうことだ」
「……?」
きょとんとするシャナに、オーランドはちらりと屋敷を振り返ってピクリと眉を動かした。
「もたもたしてられんな。お前も街にか?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、のれ。ほら」
強引にオーランドに馬に乗せられて、いきなり駆けられて、速さと高さに、シャナは、涙目になってオーランドにしがみついていた。
そして、あっという間に町に着いて、放心しているシャナを抱えて身軽に馬から降りて、馬を預けたオーランドは、まだ、涙目でオーランドにしがみついているシャナを見降ろして首を傾げた。
「大丈夫か?」
突然近いところから降ってきたオーランドの声に、シャナは目を瞬かせてはっとあたりを見回して、自分の状況を思い出してバタバタと暴れはじめた。
その様子を見ながら、オーランドは、おとなしくシャナを下して、しばらく、わたわたとしているシャナを眺めていた。
「旦那様ひどい!」
やがて珍しくそう声を上げて涙目でにらむシャナに、オーランドは、ふと、自分の表情が緩むのを感じていた。
「悪かったな。……こっちだって、やかましい連中から逃げるためにこんな朝早くに出てきたんだ。見つかったら即ベッドに縛り付けられる」
目じりに浮かんでいる涙をぬぐってやり、オーランドは、まだ震えているシャナをなだめるように、やわらかい髪をよしよしと撫ぜていた。
「ほら、行くぞ。どうせだ。一緒に行くぞ」
「え? でも……」
「屋敷に先に帰られて俺がここにいたこと話されちゃかなわん」
シャナは、気まずそうに言われるオーランドの言葉に、ふっと笑ってうなずいた。
「行くぞ」
「はい」
一歩後ろで歩いて、シャナは、珍しい私服姿のオーランドの背中を見た。良家の当主らしく、品のいいコーディネイトでまとめられた服装は、彼にとてもよく似合っている。
「シャナ?」
「いえ」
首を横に振ってオーランドの後を追い始めたシャナに首を傾げ、まだ人もまばらな市場の道を行く。
「どこに向かうんですか?」
「薬草屋だ。この時間ならとれたてが売っている」
大通りの角を曲がって、細い道に入る。そして、迷いなく小さな看板が出された、一見家のような店に入る。
「ご無沙汰してます」
「ああ、オーランド君。いらっしゃい」
「この子もいいかな?」
「おや、珍しい。コレかね?」
にやっと味のある笑みを浮かべて小指を立てたこの店のマスターである老人は、黙り込んだオーランドを見てほほほと笑い始めた。
「その顔じゃ、まだのようだなあ。坊ちゃんは手が遅すぎる」
「爺さん。いい加減にしてくれ」
一気に砕けた口調になった彼に、シャナが目を丸くした。
「んで、この子は?」
「俺の屋敷のメイド。非番で……、屋敷を抜けだしたのを見られたからさらってきた」
「悪い子だ」
「うるせーな。ラベンダーあるか?」
「ああ。とれたてとドライどちらもある」
「それどっちも、十束」
その後にもあれとそれ、と指差して、最後には一掴みほどになる束を買い上げたオーランドに、老人は呆れた顔を見せた。
「また戦争にでも行く気か?」
「そうなら暇じゃなくていいんだがな。友人などに配ろうかと」
「世話になってる?」
「なんとなくな。世話しているような気もするが」
肩をすくめていうオーランドの後ろで小さくなっていたシャナは、ふと、嗅ぎ覚えのある香りを感じて、室内に目を滑らせた。
「あ……」
セージが束でブランとぶら下がっていた。
あたりを見回すと、ほかにもレモンバーム、ローズマリー、見覚えのあるハーブから見たことのないハーブまで所狭しと壁につるされて、ものによっては埃をかぶっていた。
「見事なものだろう?」
買い物を済ませたらしいオーランドが、ハーブの束に見とれていたシャナに声をかけた。店主の老人は、ふっと柔らかく笑って、シャナを見た。
「そこのお嬢さんも興味があるのかい?」
「ああ。趣味でサシェを作っているみたいだ」
「ほう? それはそれは。お嬢さんは普段、どこでハーブを手に入れているのかな?」
「あ……。市場で、たまに売られているのを少しずつ買いだめています」
「ああ、たまに並んでいるな。非番とうまくかぶらないんじゃないか?」
「ええ。……あればいいなと思って行っているだけですので」
「今日もそうだったのか?」
どうせ、客もまだ来ないだろうからと、マスターが二人を店の奥の居間に通す。そして、慣れた手つきでハーブティーと軽食を二人に出した。