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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
1章:彼にとって日常とは
10/146

1、

 シャナが、オーランドを見つけたのは、ほんの偶然だった。


 早朝、抜け出し馬を連れ出して乗り込むオーランドを見つけたのだった。シャナ自身は非番で、久しぶりに街に行って本でも買いに行こうかとしていたのだった。


「旦那様!」


 思わず声をかけて駆け寄ると、びくと、馬上で背を伸ばして、妙にぎくしゃくした動きでシャナを振り返るオーランドがいた。


「……出仕ですか?」

「……い、いや、……。おそらく、出仕しても休暇が明けていないから送り返される」

「では、なぜ?」

「……」


 純粋に首を傾げているシャナに、オーランドは、まさか、ベッドに飽きたので、抜け出すつもりだなどといえずに、珍しく困ったようにため息をついたのだった。


「街に、出かけようと思って」

「街に? 誰かに……」

「いや、……自分で見て買いたいものぐらいあるだろう? そういうことだ」

「……?」


 きょとんとするシャナに、オーランドはちらりと屋敷を振り返ってピクリと眉を動かした。


「もたもたしてられんな。お前も街にか?」

「え? あ、はい」

「じゃあ、のれ。ほら」


 強引にオーランドに馬に乗せられて、いきなり駆けられて、速さと高さに、シャナは、涙目になってオーランドにしがみついていた。


 そして、あっという間に町に着いて、放心しているシャナを抱えて身軽に馬から降りて、馬を預けたオーランドは、まだ、涙目でオーランドにしがみついているシャナを見降ろして首を傾げた。


「大丈夫か?」


 突然近いところから降ってきたオーランドの声に、シャナは目を瞬かせてはっとあたりを見回して、自分の状況を思い出してバタバタと暴れはじめた。


 その様子を見ながら、オーランドは、おとなしくシャナを下して、しばらく、わたわたとしているシャナを眺めていた。


「旦那様ひどい!」


 やがて珍しくそう声を上げて涙目でにらむシャナに、オーランドは、ふと、自分の表情が緩むのを感じていた。


「悪かったな。……こっちだって、やかましい連中から逃げるためにこんな朝早くに出てきたんだ。見つかったら即ベッドに縛り付けられる」


 目じりに浮かんでいる涙をぬぐってやり、オーランドは、まだ震えているシャナをなだめるように、やわらかい髪をよしよしと撫ぜていた。


「ほら、行くぞ。どうせだ。一緒に行くぞ」

「え? でも……」

「屋敷に先に帰られて俺がここにいたこと話されちゃかなわん」


 シャナは、気まずそうに言われるオーランドの言葉に、ふっと笑ってうなずいた。


「行くぞ」

「はい」


 一歩後ろで歩いて、シャナは、珍しい私服姿のオーランドの背中を見た。良家の当主らしく、品のいいコーディネイトでまとめられた服装は、彼にとてもよく似合っている。


「シャナ?」

「いえ」


 首を横に振ってオーランドの後を追い始めたシャナに首を傾げ、まだ人もまばらな市場の道を行く。


「どこに向かうんですか?」

「薬草屋だ。この時間ならとれたてが売っている」


 大通りの角を曲がって、細い道に入る。そして、迷いなく小さな看板が出された、一見家のような店に入る。


「ご無沙汰してます」

「ああ、オーランド君。いらっしゃい」

「この子もいいかな?」

「おや、珍しい。コレかね?」


 にやっと味のある笑みを浮かべて小指を立てたこの店のマスターである老人は、黙り込んだオーランドを見てほほほと笑い始めた。


「その顔じゃ、まだのようだなあ。坊ちゃんは手が遅すぎる」

「爺さん。いい加減にしてくれ」


 一気に砕けた口調になった彼に、シャナが目を丸くした。


「んで、この子は?」

「俺の屋敷のメイド。非番で……、屋敷を抜けだしたのを見られたからさらってきた」

「悪い子だ」

「うるせーな。ラベンダーあるか?」

「ああ。とれたてとドライどちらもある」

「それどっちも、十束」


 その後にもあれとそれ、と指差して、最後には一掴みほどになる束を買い上げたオーランドに、老人は呆れた顔を見せた。


「また戦争にでも行く気か?」

「そうなら暇じゃなくていいんだがな。友人などに配ろうかと」

「世話になってる?」

「なんとなくな。世話しているような気もするが」


 肩をすくめていうオーランドの後ろで小さくなっていたシャナは、ふと、嗅ぎ覚えのある香りを感じて、室内に目を滑らせた。


「あ……」


 セージが束でブランとぶら下がっていた。


 あたりを見回すと、ほかにもレモンバーム、ローズマリー、見覚えのあるハーブから見たことのないハーブまで所狭しと壁につるされて、ものによっては埃をかぶっていた。


「見事なものだろう?」


 買い物を済ませたらしいオーランドが、ハーブの束に見とれていたシャナに声をかけた。店主の老人は、ふっと柔らかく笑って、シャナを見た。


「そこのお嬢さんも興味があるのかい?」

「ああ。趣味でサシェを作っているみたいだ」

「ほう? それはそれは。お嬢さんは普段、どこでハーブを手に入れているのかな?」

「あ……。市場で、たまに売られているのを少しずつ買いだめています」

「ああ、たまに並んでいるな。非番とうまくかぶらないんじゃないか?」

「ええ。……あればいいなと思って行っているだけですので」

「今日もそうだったのか?」


 どうせ、客もまだ来ないだろうからと、マスターが二人を店の奥の居間に通す。そして、慣れた手つきでハーブティーと軽食を二人に出した。

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