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8.

 喧嘩ならよそでしろ!


 かしましく言い争う声にむかっ腹が立って目を覚ました―と思ったら、女神官の一人が「是か否か騎士様に決めていただきましょう!」と言い切って、こちらを向いた。


 凛とした清楚系美人である。まとっているのは、以前の神官服を細めにし、上質な光沢のあるベージュ色の布にかえて金糸の刺繍が縫い込まれた豪勢なものだ。


「ここ三十年、黒騎士様はおろか白騎士様までも降臨されぬではありませんか!」


 なにを無駄なことをと馬鹿にした様子で鼻を鳴らしたのは、色気てんこもりの妖艶な美女。


 これまた、着ているのは以前の神官服の襟ぐりをかなり広くし、ウエスト部分は細めに、スカート部分は大きく膨らんだ形になっている。


 おまけに布は朱色に同系色の糸で刺繍し、宝石らしきものがきらきらと縫い付けられているという、もはや神官服とは思えぬ仕様。


 ファッションの変遷があったかと思うところだが、二人からやや離れた場所でおろおろと立ち尽くしている地味顔の女神官はこれまでと変わりない神官服だ。


 この二人、本当に聖職者なんですかね。


〝本当に聖職者だ〟


 意外なことに返答があった。いわずもがな白騎士である。


 うっかり首を動かしそうになったが、なんとか我慢する。いるとバレると厄介なことになりかねないとさすがにこれまでの経験から学んだ。


〝これ、なにしてるところ?〟


〝見ての通りの女の争いだ〟


〝白騎士様、呪っていいですか?〟


 動揺したのか、ガチャンと隣から小さな音が聞こえたが、幸い、女神官たちには聞こえなかったようだ。


〝すまん〟


〝大変素直でよろしい。それで何をもめてんの? 次期神官長位でも争ってるの?〟


〝新しい神官服のデザインでもめているらしい〟


〝なるほど。真剣勝負になるはずだ〟


〝納得するのかっ?!〟


〝制服というのは万人に似合うように見えてそうではないんですよ。たとえ顔レベルは同じ程度でも、服が似合うかどうかで見た目レベルに差がつくのですよ……〟


〝嫌な思い出があるんだな?〟


 ふっ、とニヒルな笑いを浮かべる――あくまでつもりだけ。


〝ということで、わたしが選ぶのはこれだっ!〟


 ガッシャーンっと派手派手しい音を立てて、昔ながらの神官服をまとった女神官を指さす。


〝美人のくせに自分に似合うものに制服を変えようなど言語同断! 美人度を下げる似合わぬ色を嘆くがいい!〟


〝私怨かよ〟


〝じゃあ、白騎士様が選ぶ? どちらか一人を?〟


 美女たちは言い争いをやめ、黒騎士の指先を視線でたどったあと、かっと目を見開いて次は白騎士を凝視している。


 白騎士は無言で男らしく黒騎士と同じ方向を指さした。


「なぜですのっ」


「趣味悪いですわっ」


 聞く耳ありませ~んとばかりにガッシャンと台座に腰をおろし、メモ帳をめくり始めると、美女たちは黒騎士の説得を即座に諦めて白騎士に詰め寄った。


「白騎士様なら若い身空で粗末な衣を身に纏わねばならぬ苦痛をご理解してくださいますわよね」


「ほんの少し、娘らしさを味わいたいだけなのでございます」


 半分以上は演技だろうが、切々と美女たちが訴える。


〝いよ、両手に花! うらやましいなぁ!〟


〝黒騎士、助けろよっ!〟


 ぎゃあぎゃあ文句をつける白騎士を無視してたまっていたメモを読み進めていたが、あるところまできてページをめくる手が止まる。


 なんてことだ! 白騎士、あんたが原因か!


 メモ帳の解説によると、謎の甲冑愛をこじらせた美貌の神官長は、以前、お悩み相談してきた男の子の成長後の姿だったらしい。


 そして白騎士は少年期にその神官長と接触、単語表による意思疎通方法を編み出し、黒騎士は若い女―当時―と伝えたら、なんだかおかしな方向に憧れと崇拝と恋情と青少年期の妄想をこじらせてしまったらしく、次に接触したとき――成人後には手遅れになっていた、という懺悔の記録が綴られていたのである。


 そしてホラー体験するはめになった、臨終の場の神官長も同一人物。


〝白騎士、単語表ってどこ?〟


〝……俺の足元にあるはずだが〟


 美女二人に詰め寄られてかき口説かれながらも、律儀に白騎士が返事をする。


 若干返事が遅かったのは、意識を飛ばしかけていたのかもしれない。


 身動きせずに、死んだふりならぬ、いないふりをし続けて、美女たちが諦めるのを待っているようだ。


 ちらりと見やると、表というよりすでに冊子になったものが目に入ったので、美女たちの注意を引かぬよう、なるべく音を立てずに腕を伸ばして足元から掠め取った。


 金属指でもめくりやすいよう、インデックス状に、しかも、あいうえお順でつづられている。


 白騎士、まめな男である。大いに活用させてもらおう。


 さささとめくって目的の単語があるかどうか確認する。


 さすがに「色仕掛け」はないか。それならば……よしよし。


 ゆっくり立ち上がってぽんぽんと美女たちの肩をたたいて注意を引く。


 そして次々と単語を指し示す。


「あなた」「女」「武器」「使う」


 一呼吸置いてさらに続ける。


「白騎士」「男」「喜ぶ」


 双眸に肉食獣の目に宿る光が見えた。ご理解いただけたようだ。


〝おまえ、何を〟


〝喜べ、白騎士! そして己が甲冑であることを嘆くがいい! これぞ生殺し!〟


 美女たちが懇願するように白騎士の手―手甲か?―をとって胸に押し付けるのを見ながら高笑いしてやった。


 なんだか気分爽快に目覚めた。


 すっきり目覚める朝は素晴らしい!と思いながらカーテンを開けたら土砂降りだった。


 なぜだ。


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