2.
目の前でじいさまがよよよと泣き崩れていた。
「一体、何がお気に触ったのでございましょうか。誠心誠意を込めてお仕えして三十三年、一日と欠かすことなく、曇り一つなく磨き上げて参りましたものを」
あ、あの夢と同じ設定だ。
そう思ったのは、どことなく見覚えのある空間だったからだ。石造りの寒々しい空間。
いくら敷物があったとはいえ、よくこんなところで、ことに及ぼうとしやがったよな、あのバカ王子は。
そんなことを思い出しつつ、ぐるりと周囲を見渡せば、白銀の甲冑の足元にふせるじいさま以外にも、何人かの人間が遠巻きにしているのが見えた。
いずれも、見覚えのある薄い灰色の服。神官だろう。そして、多分、じいさまは神官長。少し形は違うけど、あの美人神官長と、青地に金糸の刺繍が入った帯が同じ気がする。
じいさまの手には柔らかそうな布があり、白騎士と呼ばれる甲冑は手で振り払うような形で静止していた。
おそらく、あれだ。
白騎士も自分と同じようなものだとすれば、大変納得がいく。
いくら感覚がなくとも、気づけばじいさまに全身撫で回されていたらぎょっとする。
思わず振り払うはず。
やんぬるかな。
ガシャンガシャンと音を立てて台座を下りたわたしにじいさまが驚いた顔を向ける。
その肩にぽんと手をおき、首を横に振る。
その手から布をそっと取り上げ、遠巻きにしている神官たちのなかにいた女性を指さす。続けてそのなかにいた女性だけを指さしていく。
とりあえず、甲冑磨きは、女の人にさせて。心臓―ないけど―に悪いから。女の人でも十分驚くだろうけど、気分的には若干ましだろうから。
慈愛の笑みを浮かべて―あくまで気持ちだけ―、再びぽんぽんと優しく肩を叩く。
じいさまが悪いわけではないんだよ、と。
伝われば良いなと思っていたら目が覚めた。
意思疎通ができないってつらいな、と厭世的な気分で白いノートを眺めていたら、そっと英語のテキストを差し出された。
ゼミの途中だった。
その日は訳し終えるまで帰らせてもらえなかった。