8日目のおはよう
月曜日
「おはようございます」
「……よー……です」
出勤時、眠そうな隣人の男性とエレベーターで出会うマンションの朝。月曜日は憂鬱だが、彼のだるさと比べるとマシではないか。エレベーターの小さな箱の中で彼が大きなあくび。まずいと思ったけど、間に合わずにつられたあくびを壁に向いて必死に隠した。
火曜日
「おはようございます」
「……おはようです」
今日は少し目がさめているようだ。挨拶を返すのもツライだろうなと思っても、一緒のエレベーターだと無視するわけにはいかない。腕時計でちらと時間を確認している。昨日と同じ時間ですよと言いたくなったが余計なお世話だろう。
水曜日
「あ」
「あ、おはようございます」
今日は隣人と扉を開けるタイミングが一緒だった。一緒にエレベーターに向かう。妙な気分だ。マンションを出て違う方向に歩き出そうとする一瞬前、彼が「……はよです」とぼそっと呟いた。挨拶を忘れていたことを思い出したのだろう。思わず振り返ってしまった。
木曜日
今朝は一人だった。挨拶をする相手がいないのも物寂しいなとエレベーターに乗り込んで閉のボタンを押そうとしたら、隣人が走ってくるのが見えた。慌てて開のボタンを押す。まだ背広のボタンも止まっていない。
「お……はよー……っす」
「おはようございます」
息が荒いまま挨拶してくれた。
金曜日
「おはようございます」
「おはようございます」
今日はちゃんとフルコーラスだったので、少し驚いて彼を見てしまった。背広もきっちりだ。今日は何か大事な予定でもあるのだろうか。
すみません、と彼が言った。連絡先、駄目ですかと聞かれた。メアドより先に自宅を知っているというのに。
土曜日
「……」
お休みだから出勤する必要のない朝。いつも通りに目が覚めてベッドの上でごろごろする。口が寂しい。そういえばと彼女はスマホを取り上げた。昨日知ったばかりのメアドにこう入力する。
「おはようございます」
すると、
「おはようございます」
すぐに返事は来た。
日曜日
「おはようございます」と朝にメール。せっかくの休みに朝から迷惑じゃないかと心配になるが「おはようございます」とすぐに帰って来た。それににこっとして今日は何をしようかなと考える。メールの着信音がした。
「良かったらそのへんで昼飯でもどうですか」
近所のファミレスで昼ご飯を食べた。
月曜日
「おはようございます」
「はよ…じゃない、おはようございます」
月曜日のだるそうな隣人は、自分自身の頬をぴしゃっと叩いて覚醒させて、ちゃんと挨拶をしてくれた。ふふと笑うと困ったように苦笑いをされた。
「じゃあ、また」
「また」
マンション前で笑い合って別れた。
【終】