デートと女装と観覧車と
九月二十九日(日)
グループワークの課題を、テリー君の部屋に集まって、みんなでやった。
テリー君とエルトン君が、また揉めた。
ニスとミシェルは二人で仲が良いし、結局、テリー君とエルトン君を諌めるのは、僕なんだよなぁ。
九月三十日(月)
午前の授業が終わったあと、午後からグループワークをする時間に充てても良いということになった。助かった。
これからは、毎日学校に居残りしないと、この課題はたぶん終わらない。
発表は今週末。
十月一日(火)
とにかく眠い。
グループワークが大変。本当に、これは終わるのかな。
他のことが気になると、テーマからどんどん外れた分野ばかりを調べたくなるのは、僕の悪い癖。
気を付ける。
十月二日(水)
廊下でアシュレイ先輩とすれ違った。
先輩に会うのは久しぶりだ。
先輩も今、研究ですごく忙しくて、あまり眠れていないと笑っていた。
先輩と普通に話せてほっとした。
やっぱり、先輩の笑顔は無敵。
十月三日(木)
朝、寮の部屋を出るときに、ポストに分厚い封筒が入っているのを見つけた。
先輩からだった。
中には、先輩たちのグループが去年発表した資料が入っていた。
発表の方法とか、質疑応答の内容、先生からもらった講評、その後の反省点とまとめのポイント……などなど。かなり役立ちそうなものばかりだった。
「もう少し早くに渡していれば良かったね。発表が上手くいきますように」というメモが添えられていて、胸が熱くなった。
先輩も大変なのに。
昨日の夜には見当たらなかったから、きっと朝早くに届けてくれたんだろう。
絶対に、明日の発表は成功させなくちゃ。
十月四日(金)
グループワークの発表が終わった。
ジャンケンで負けて発表者になってしまって、緊張が最後まで抜けなかった僕は、ずっとしどろもどろだった。
それに比べて、もう一人の発表者のエルトン君の堂々たる雄姿。
僕はこの日記で、散々エルトン君のことをけなしてきたけれど、やっぱりエルトン君は優秀な人だ。
同じ発表をしているはずなのに、僕とエルトン君では、テーマに対しての理解度がまるで違う。
周りの人も薄々感づいただろうし、エルトン君もきっと、僕のことを使えない相棒だって思っただろう。
最後の質疑応答も、実質ほとんどエルトン君が答えてくれた。
僕たちのテーマから、若干ずれた質問を飛ばしてくる意地悪な先生もいたけれど、エルトン君はそれにも動じずに、素晴らしい回答をしていた。
発表終了後には、自然と拍手が沸き起こったくらいだ。
先生たちの講評でも、とても褒められた。
でも、あれはきっと、大半がエルトン君の功績だ。
実は、さっきまで少し落ち込んでいた。
出来ない自分が嫌いだし、だからといって、エルトン君に嫉妬するのもお門違い。
エルトン君は、もともと頭の回転も速いけれど、努力も怠らない人だと思う。
一緒の部屋で過ごして、それは僕が一番良くわかっている。
エルトン君と比べてみじめになるくらいなら、僕ももっと頑張れば良いだけなんだ。
頭では、わかっているんだけどなぁ。
夕方に、ニスとミシェルの部屋に集まって、五人で打ち上げパーティーをやった。
テリー君もこのときばかりは、「エルトン、お前は普段いけ好かないやつだけれど、今日は本当に良くやってくれた」って、褒めちぎっていた。
エルトン君は気持ち悪がっていたけれど、まんざらでもなさそうだった。
そして、他の三人が僕に気を遣っているのもわかった。
今日は、明らかにエルトン君の独壇場だったからね。
もはや、僕はエルトン君の研究発表の助手さんだ。
エルトン君は、自分が満腹になったら、すぐに部屋に帰ってしまった。
相変わらず自分勝手な人だけれど、今日だけは少しほっとした。
もう寝よう。
久しぶりに、ゆっくり眠れる。
追記
たった今、アシュレイ先輩からの手紙を確認した。
外装が大学専用の封筒だったので、事務さんからの書類とばかり思い込んで、開封を後回しにしていた。
まさか、中身は先輩からの手紙だったなんて、気付くわけがない。
たぶん、エルトン君に見つかっても平気なように、工作したんだな。
先輩の妙な悪知恵に笑った。
内容は、日曜日に遊園地に一緒に行きませんか、というお誘い。
先輩も、研究がようやくひと段落ついたらしい。
ちょうど、この前の資料のお礼を、どうしようか悩んでいたところだ。
これは、僕が遊園地のフリーパスを先輩の分も奢ってしまえば、スマートにお礼が出来るんじゃないかな。
先月は忙しくて、勉強以外はほとんど何もしなかったから、生活費もそこそこ余っているし、それくらいの余裕はある。
いつもお世話になっているから、たまには僕も、先輩が驚いたり喜んだりする顔が見たい。
……これって、つまりデートだよね?
十月五日(土)
お昼に食堂で先輩に会ったので、「行きます」とお返事をしてきた。
先輩はすごく喜んでくれて、こっちまで嬉しくなった。
「もし二人きりが不安だったら、友達も連れておいで。やましい気持ちで誘ったわけじゃないから」
先輩はこうも言ってくれた。
とはいえ、先輩にこのデートをプレゼントしようとしている手前、僕の方が逆に二人で行きたかった。
そのお気持ちだけで十分です。
先輩は、本当に素敵な人だ。
明日は、朝九時に遊園地の最寄駅で待ち合わせ。
ちなみに、今日・明日ともにエルトン君は実家に帰省中なので、特に邪魔も入らず、驚くほど事はスムーズに運んだ。
いや、もともとエルトン君は関係ないけれど。
タイミング良く不在で本当に良かった。
ああ、明日が楽しみだ。
十月六日(日)
今日は疲れた。
本当に疲れた。
とにかく、一刻も早く寝たい。
ひとまず、覚え書き。
先輩と遊園地。
女装とお化粧。
カツラは蒸れる。
先輩にとって僕はギリギリセーフ。
テリー君が怖い。
ニスとミシェルは大切な僕の友達。
もう観覧車には二度と乗りたくない。
追記
今現在の日付は七日だけれど、昨日あったことをここに書く。
二時間くらい電車に乗って、遊園地に着いた。
ホームで先輩がすでに待っていた。
電車の本数はそんなにないはずなのに。
先輩は、普段学校で見るよりも、ずっと素敵だった。
特にお洒落をしているわけでもなく、それなのにさり気なく格好いい。
先輩が僕の分のチケットをくれた。
この時点で、僕は早く来なかった自分にとても後悔した。
先輩は、このために僕よりも早く来て、段取りをしてくれていたんだ。
先輩の分も支払うつもりだったことを話して、二人分のお金を渡そうとしたけれど、全然受け取ってくれなかった。
先輩は、特待生で授業料の大半が免除されていて、それに加えて教授の助手のアルバイトもしているらしい。
「だから、レトニーは何も気にしないで。誘ったのは俺だから」って言ってくれた。
でも僕も必死だったし、結構しつこく食い下がって、逆に先輩に恥ずかしい思いをさせてしまった。
先輩が、「じゃあその代わりに」って、人気のないところに連れて行かれて、何かと思えば、カバンから白いフリフリのワンピースを取り出した。
「今日一日、これを着てほしい。あとはストッキングと、それからこのウィッグを……」と次から次へと女の子アイテムを取り出してきた。
正直、僕はちょっと引いていたかもしれない。
先輩曰く。
・去年の文化祭で女装をした。(女性への苦手意識を少しでも克服するために)
・でも、努力すればするほど、ますます女性が苦手になってしまった。
・これをレトニーが着てくれれば、全く違ったアプローチが出来るかもしれない。
……ということらしい。
「少々サイズが大きくて申し訳ないけれど、幸いぶかぶかでもおかしくないデザインだ。女性のL~2Lくらいかな。スカート丈は、俺にはかなりのミニだったから、レトニーなら丁度よくなるだろう」
「先輩が何を言っているのか良くわかりません」
「クリーニングはしているから問題ないよ。せっかくだし、メイクもしようね」
「僕、お化粧したことないですし」
「大丈夫、任せて」
こういうやり取りの後、僕は押し切られる形でトイレで着替えさせられ、個室タイプの喫茶店に連れて行かれて、カツラとお化粧まで施されてしまった。
肌がきれいだねって褒められた。
いや、そんなことはどうでも良くて。
鏡を見せられて、言葉を失った。
鏡の中には、知らない女の子がいた。
「ギリギリ、一緒に歩いても平気なレベルかな。……あ、違うんだレトニー、誤解だ。決して君に魅力がないって言っているわけじゃない。俺は普段なら、女性と一緒に歩くことさえままならない種類の人間なんだ。それが、ギリギリ平気かもって言ってるんだよ。これ以上の褒め言葉はないってくらい、君を称賛したつもりだ」
先輩の理論は、わかるようで良くわからなかった。
その後、先輩が文化祭で女装したという写真を見せてもらった。
……僕の完敗だった。
本当に、この人は女性が苦手なんだろうか、と疑うくらいには。
もう開き直って、この際とことん楽しむことにした。
一日女の子に戻ってもいいんだって思うと、緊張より、嬉しさの方が勝っていた。
遊園地は大学からも離れているから、知り合いに会う心配もないと、先輩も話していた。
可愛い服を着て、大好きな先輩と遊園地でデートだなんて、なんて幸せなんだ。
このときまでは、たしかそう思っていた。
すぐに、安易に喜んだ自分を殴りたくなる出来事が、起こった。
僕たちは、この場所で絶対に鉢合わせてはいけない人たちに、会ってしまった。
エルトン君と……それからテリー君とニスとミシェルに。
頭が真っ白になって、すぐに先輩の後ろに隠れた。
どこが「知り合いに会う心配はほとんどない」んだろう。
気付けば、グループ全員、この場に集合しているじゃないか。
先輩が、「こんなところで奇遇だね」って爽やかに、わざわざ自分から彼らに挨拶をしたので、僕は心の中で思いっきり先輩を毒づいた。
いっそのこと、赤の他人の振りをする方が、まだ誤魔化しがきくのに、と。
案の定、「アシュレイ先輩だ!」ってみんなが集まってきた。
僕は必死で隠れようとしたけれど、スマートな先輩の後ろに引っ込んだところで、隠れる場所なんてどこにもない。
人生が終わったと、本気で思った。
みんなから、どんな罵声を浴びせられるのか、怖くて仕方なかった。
けれど。
どうも、僕の思い描いていた展開とは、少し違った。
みんな僕を見て、そわそわする素振りで、目があったら「どうも……」って照れたように視線をそらす。
テリー君なんか、「先輩の彼女、すっごく可愛いですね!」って力強く言ってくれた。
ちょっと嬉しかったり。
信じられなかったけれど、みんな、僕が誰だか気付いていないみたいだった。
それくらい、先輩が僕にかけた魔法は強力だったんだね。
先輩は、「彼女じゃなくて、従兄妹のレナだよ」って僕をみんなに紹介した。
みんなも僕に自己紹介をし出して、平静を装うのに必死だった。
みんなから聞いた話によると。
きちんとした打ち上げがしたいねってニスとミシェルで盛り上がって、今朝いきなりテリー君を誘って、さらに僕とエルトン君も誘おうとしたら、僕らは二人とも不在だった。
仕方なく三人で遊園地に来たら、エルトン君が家族で来ていて、偶然鉢合わせ。
家族に無理やり連れてこられてうんざりしていたエルトン君は、友達と回ることを言い訳に家族から離脱し、三人に合流。
その直後に、僕たちに出会ったという。
まったく出来すぎた話だ。
そして、「これも何かの縁だ」とテリー君の提案で、何故かみんなで遊園地を回ることになってしまった。
本当に、意味が分からなかった。
レナの正体が僕だったから良かったものの、もしそうじゃなかったら、先輩と女の子のデートをただ邪魔しているだけだからね。
そして、加えて残念だったのは、先輩がみんなとの合流に、割と好意的だったことだ。
僕と二人で回りたいわけじゃなかったのかなって、少しがっかりしてしまった。
けれども、そんなことをゆっくり考える暇もなく、ジェットコースター、お化け屋敷、コーヒーカップ、メリーゴーランド、と散々みんなに連れ回された。
座席の位置も、なぜか公平にローテーション制になって、先輩と一緒に座れたのは、結局コーヒーカップだけだ。
しかも、そのコーヒーカップも三人で座ったので、テリー君も一緒だった。
テリー君は、僕と先輩の間に割って入って座るし。
お化け屋敷も、ペアになったのはミシェルで、僕よりも圧倒的に甲高い悲鳴で泣き叫んでいたので、逆に僕はずっと冷静でいられた。
何故だか、少し悲しかった。
うん。でもまあ、なんだかんだ楽しかった。
友達と遊園地なんて初めてだったから。
さすがに声をたくさん聞かれたらばれそうなので、大人しくしてはいたけれど、内心は大はしゃぎしたいくらいには、楽しかった。
でも、盛り上がっているみんなをよそに、エルトン君だけはずっとぶすっとしていた。
グループ行動中の彼はいつでも不機嫌なので、僕もみんなも、もう慣れっこだったけれど。
一通りアトラクションを回ったら、先輩の様子がおかしいことに気がついた。
ぐったりしていて、顔色も悪い。
他のみんながトイレに行った時に、「少し休憩しましょうか?」と尋ねてみた。
ただの女性酔いだから大丈夫って、先輩は笑った。
女性酔いとは、女の子が苦手な先輩が、女の子と長時間一緒にいることでなってしまう状態のことだとか。
倦怠感、頭痛、眩暈、吐き気、発熱、食欲不振……など。
つまり、それは、女の子の格好をした僕と一緒にいることが原因だった。
「これでも、いつもよりかなり軽症なんだよ。レトニーは、大学を卒業すれば女性に戻るんだろう? だから、俺は君のその恰好にも慣れておきたいんだ」
僕はそこで初めて、先輩がどうして今日僕と二人きりになりたがらなかったのかを理解した。
そして、先輩は明らかにしんどそうなのに、そうまでしても僕と一緒にいたい、僕といると楽しいと言ってくれた。
それだけで十分だった。
「僕も楽しいです。でも無理はしないで下さい。僕も、先輩には笑っていてほしいですから」
そう言うと、頑なだった先輩も、素直に休憩してくれることになった。
先輩は乗り物酔いしたということにして、ベンチで休憩してもらい、その間に僕たちはお土産コーナーを回ることにした。
先輩がいなくなると、テリー君が僕にしつこく話しかけてきた。
「レナさんって、すごく可愛いですね」
「アシュレイ先輩とは、本当にお付き合いはされていないんですか?」
「先輩と同じ大学の男子って、どう思います?」
とか、結構ぐいぐいくるタイプで対応に困った。
普段のリーダー気質のテリー君を見慣れているから、正直、女の子の前だとこんなにデレデレしちゃうものなのかと、笑ってしまった。
そんなテリー君を、ニスとミシェルが制してくれたので助かった。
「今日、僕たちのグループで一人来れなかった友達がいるんですけど、お土産は何が良いと思います?」
って話しかけられて、ああ、僕のことか、ってすぐにわかった。
「誘えなかったから仕方ないんですけど、僕が彼だったらきっと寂しいと思うんです。だから、次はちゃんと五人の予定を合わせて遊びに行こうって、言うつもりです」
その言葉だけで嬉しかった。
余計なことかもしれないけれど、「相手のことを考えて選んだものなら、どんなものでもきっと嬉しいと思います」って伝えてみた。
少し声が上ずったかもしれない。
「彼はいつも僕たちグループが仲良くできるように、見えないところで何かと気を配ってくれるような人です。その優しさに、僕を含めたみんなが、いつも救われているんです」
ミシェルの台詞がじんわりきた。
僕は本当に良い友達を持った。
そんな友達にまで嘘をついていることに、時々すごく辛くなるけれど……
夕方になる前に、最後に観覧車に乗って帰ろうということになった。
先輩はもう少し休憩すると言うので、五人で二組に分かれることにした。
テリー君とニスとミシェル。そして、僕とエルトン君。
ここまでずっと、エルトン君と二人きりになるシチュエーションは、避けてこられたのに。
最後の最後についてないな、と思った。
テリー君が、「ちくしょう、俺と変われこの性悪眼鏡」って騒いでいたけれど、エルトン君は無視だ。
観覧車の中で、ずっと無言だった僕たち二人。
本当に気まずくて、僕はもじもじそわそわしていたと思う。
ある程度の高さまで来たので、「わぁ、綺麗な景色」とか当たり障りのない会話くらいは振ったかもしれないけれど。
それも無視されて、もはや独り言になってしまった。
そうしたら、いきなりどんってエルトン君が腰を思い切り下ろして、車内がありえないほど揺れた。
自分でもびっくりするくらい悲鳴を上げたけど、たぶん外までは聞こえていない。
「すみません、体重が重くて」とエルトンは言った。
意味が分からなかった。
絶対わざとだ。本当にありえないこの人、と思った。
気を取り直して、エルトン君はもう無視して、景色だけに集中することにした。
幸いなことに、見晴らしだけは抜群だったんだ。
もしかして、あそこが大学かな? って僕がわくわくしながら外を見ていたら、今度は唐突にカーテンを閉められた。
もちろん、何の前振りもなく。
さすがに僕が睨んだら、「俺は高所恐怖症なんです。景色を見るのが怖くて」とか言ってくる始末。
「じゃあ、先輩と一緒に見学すれば良かったじゃないか」って、心底本気で口にしそうになった。
絶対に嘘だ、何でこんな意地悪するんだ、って無性に悔しくなって、カーテンを開けようとしたら、またどんって車内を揺らされて、僕が悲鳴をあげるエンドレスループ。
「いい加減にしてよ、エルトン君!」って、つい言った後に、しまったと思ったけれど、もう遅い。
エルトン君は、表情一つ変えなかった。
彼は、僕の正体にとっくに気付いていたんだ。
他の三人もだけれど、それに気付かなかった僕も、たいがいマヌケだ。
「君が、まさかここまで馬鹿だとは思わなかったよ」ってエルトン君から冷たく言われて、不覚にも返す言葉がなかった。
しばらく二人とも無言だったけれど、突然エルトン君が、隣にどしんと座ってきた。
観覧車の中の平衡バランスが微妙に傾いて、かなり怖かった。
エルトン君は、そんなことはお構いなしに、肩が当たるくらいにひっついて、手まで握ってきた。
僕の鳥肌がすごかった。
唐突に顔を近づけてきたので、必死に押しのけた。
エルトン君がため息混じりに言った言葉を、良く覚えている。
「考えるんだ、レトニー。何のために、わざわざ人類がこんな大掛かりで一見無駄にしか見えない設備投資をしたと思う? 高所で生じた恐怖心と高揚感を利用して、性欲を高め合うために決まっているだろう。君は、人類の英知の結晶を無駄にするつもりか」
ムードのかけらも演出していない割には、そんなことを考えていたんだ、って冷静に思った。
ちょうど、観覧車が一番高い位置に来たところで、僕たちは取っ組み合いをしていた。
お互いに必死だ。
観覧車で生まれる恐怖心・高揚感とやらは、エルトン君のおかげで最高潮に達した。
ものすごく足場も揺れていたし、何より鬼気迫るエルトン君の表情が……思い返しても、ちょっとしたトラウマだ。
「レトニーは、ここで俺が何もできなかったら、俺のことを可愛そうだとは思わないか? せっかくの休日を、来たくもない遊園地に無理やり連れてこられ、同級生と変態の先輩に振り回され、レトニーが終始男どもに媚びへつらう様を見せ付けられ、散々な一日だった。でも、君のその格好だけは本当に良いな、すごく良い。だから、頼むからキスくらいさせて下さいお願いします」
怒ろうかと思っていたのに、最後だけやけに謙虚に出てきたので、油断してしまった。
その一瞬の隙をつかれて、壁に押しやられ、エルトン君の顔が迫ってきて、もうだめだと思った。
ぎゅっと目を瞑ったところに、くすぐったい感触が。
僕が暴れたから少しぶれて、限りなく目に近い……ほっぺに。
エルトン君の勝ち誇った笑顔が、妙に清清しかった。
本当は、もっと怒らなきゃいけなかったのに。
これだけで済んで良かったなんて、妥協しちゃいけなかったのに。
ああ、そういえば、結局景色とかほとんど見る余裕なかったな。
観覧車を無事に(?)降りてから、テリー君が、カーテンを閉めたことをとても怒っていた。
エルトン君は、「レナさんが高いところが怖いと言うので、景色が見えないように閉めてあげた」としれっと話していた。
正直殴りたかったけれど、僕の正体を言わないでくれている恩もあるし、渋々「そのとおりです」とげっそりしながら同意した。
遊園地を出て、みんなとはそこで解散した。
エルトン君の視線を痛いほどに感じたけれど、ひたすら無視した。
僕と先輩だけになって、お化粧を落として着替えを終えて、怪しまれないように、別々に帰ることにした。
先輩の顔色はだいぶ良くなってはいたけれど、まだ本調子じゃなさそうだった。
「今日は迷惑をかけてごめん。でも楽しかったよ。またどこかに普通に遊びに行こう」って言われた。
振り返ってみれば、先輩もきっと、自分のことで精いっぱいだったんだろうな。
寮に帰ってから、エルトン君は何事もなかったかのように接してきて、イライラもしたけれど、でもちょっとほっとした。
十月七日(月)
授業が終わった後に、テリー君とニスとミシェルに、遊園地のことを聞かされた。
生きた心地がしなかった。
お土産に、ミニチュア観覧車の置物をもらった。
何でも嬉しいと言ったのは、僕だけれど。
何故か涙が出た。




