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ロマンチック・ライブラリー

ブック・トラベラー(11/17編集)

作者: 狂言巡

 放課後、なんとなく図書室に行った。特に本が好きというわけではない。しかし本を一切読まないというわけではない。ただ、その日はとても暇で、放課後に人がいる場所といったら体育館とグラウンド、音楽室か図書室ぐらいだった。今日は体育館のライトの取り替えと、老朽化した手摺の取り替えがあったのを忘れていた。せっかく部活をやるつもりで結構張り切っていたのに。

 このまま早く家に帰ったって気まずいし、特にやることもない。俺は暇つぶしに図書室へ向かったのだ。図書室に入ると、本独自のにおいがした。本は時間が経過するたびににおいが変わっていく。新しい本なら紙とインクのにおいがして、なんだか安心する。古い本ならインクと紙、さらに人のにおいが混じる。プラスされた人のにおいはそれぞれ違う。

 本の扱い方によって違うのだ。たとえばお菓子を食べながら読まれた本は知らずのうちに染みがつく。その染みのにおいがプラスされれば、なんとも言い難いにおいになる。多汗症で手のひらに汗をかく人が読んだ本は、人間独自のにおいが混ざって、甘いような変なにおいのようなものがする。人それぞれ自分の家のにおいを持っているが、そのにおいが本に染み付くこともある。人間と一緒だ。

 広くも狭くもない図書室をウロウロしていると、同じクラスの神風麗虹(かみかぜれいん)がいた。確かあいつはいつも本を読んでいた。いわゆるボッチではない。むしろ良い意味で良い子だと好かれているほうだ。以前に何度か話したことがあるが、実際にあいつは優しかった。些細なことでもお礼を忘れないし、聞き上手でいつも笑顔を絶やさない。

 密かにあいつに恋心を抱く男子生徒も結構いる。しかしあいつをそういう意味で振り向かせることは難しいだろう。何てったって、あの女たらしのジェラールですら苦労しているのだ。それはあいつが自分への行為に鈍感だからというわけでなく、あいつと【会話をする】のが難しいのだ。無口なわけではない。会話が弾まないわけではない。原因はあいつが【いつも本を読んでいる】ことだ。

 本を読んでいるあいつは、俺が見た誰よりも輝いていた。教室中が麗虹の輝きによって満たされているようなのだ。あいつは学校にいることや人が周りにいることを忘れ、本の世界――別の世界へ行っているのだ。

 ある時は船の上。ある時は留置所。ある時は不気味な屋敷。またある時は近未来。さまざまな旅に出かけているのだ。最高の旅行や冒険を楽しそうに味わっているそんなあいつを、みんなは邪魔をしたくないと思っているのだ。彼女の幸せそうな顔を壊したくない。みんなそう思っていた。それがあいつの不思議であって、魅力なのだ。俺は気付かれないように、あいつが今読んでいる本のタイトルを見た。

 どちらかというと映画化により日本で有名になった、作者はイギリスの文学者C.S.ルイス。全七巻からなる子供向け小説。


『ナルニア国ものがたり』


 今、彼女はタイムトラベル中。顔は幸福に満たされている。あいつの中に邪悪なものは一切存在しない。あるのは夢や希望、楽しさや優しさ。あいつの輝きを浴びることで自分も幸せになってくるような気持ち。読書は知識。読書は夢、憧れ。あらゆるものに変化して存在し続けている。あいつが本を読み終わるまで、ここにいてみよう。読み終わったら、彼女の旅行の話を聞き、次は旅にお供させてもらうのだ。

 あいつから少し離れた場所の席に座る。俺は本のにおいに囲まれたまま、彼女の光を浴びて、旅の帰宅を待った。

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