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第五羽:足

 こんな夢を見た。

 

 僕は森の中にいた。見覚えのない森。暗い。悪魔の触手みたいない枝葉が空を侵食していた。生い茂った枝の隙間から幾筋かの清純な白い光が降り注いでいて、その光が地面をまだら模様にしていた。地面に堕ちている光の白さは、切り刻まれた子供の身体とよく似ていた。

 僕は森の奥へ行こうとしていた。この奥に魔王がいるのだ。

 この時、何故か木々の隙間にロザリア・D・ロンバルドがいた。彼女は、

「行かないで」

 と言った。しかし僕は魔王を倒さなくてはならない。僕は首を横に振った。すると彼女の姿がふっと消え去った。

「私も一緒に行くわ」

 声がする方へ振り向くとイスカがいた。僕は彼女について来て欲しくなかった。魔王退治は危険な任務だ。僕は彼女を愛していた。僕は彼女を巻き込みたくなかったのだ。

「あなたがなんといっても私はついていくんだから」

 そう言って彼女は僕の両手をとってじっと僕の顔を見た。僕は彼女と目をあわすことが出来なかった。


――場面が切り替わった。


 僕は魔王城の中にいた。真っ白な廊下を走っていた。廊下の左右両側面には扉が連なっていた。僕の後ろにはイスカがいた。イスカは僕についていくのがやっとのようだったけれど、僕は速度を緩めなかった。背後に追っ手がいるからだ。

 やがて廊下の突き当たりにある奇妙な形をした扉に行き当たった。15パズルを思わせるデザインの扉。かちり、かちり、扉を形成している15パズルの駒が勝手にスライドしていた。見えない誰かがこの扉の15パズルを解き明かそうとしているみたいだ。扉に触れると慌てたみたいに15パズルが正しい形になった。そして扉は勝手に開いた。


――場面が切り替わった。


 床には血に塗れた魔王がいた。魔王は赤い血を流していた。魔王にも人間と同じ赤い血が流れているのだ。魔王を倒したのだ。しかし思ったような達成感がなかった。本当にこれでよかったのか? という疑念が張り付いて離れないのだ。

 僕は首を振った。考えるのはよそう。僕はこれからのことを考えた。まず勇者機関から報奨金をもらう。それ以外のものは見栄っ張りのクジャクにくれてやろう。とにかく僕は金をもらい、それで戦いのない平和な日常を築くのだ。餓えることのない幸せな日々。イスカと一緒に・・・・・・。イス、カ・・・・・・と、イ、

 イタイ、痛い。

 腹部に灼かれるような痛み。

 僕は視線を下方に向けた。僕の腹から奇妙に歪曲した刃が生えていた。何かの冗談のように思えた。でも傷口から思い出したみたいに大量の血が噴出すのをみて僕はどっと汗を流した。それから背後へ視線を向けた。僕はもう知っていた。

 これは夢であると同時に僕の過去でもあった。

 背後には彼女がいた。彼女は僕の背にナイフを突立てていた。彼女が、彼女が・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・。

 僕はそこで目が覚めた。身体が濡れていた。僕はとっさに腹を手で探った。ヌルヌルした感触。血を思い出した。恐る恐る手を見た。手は汗で濡れていた。腹も汗で濡れていただけだったのだ。

 ロザリア・D・ロンバルドの姿がなかった。

 体の調子を確かめた。

 寝台から上半身を起き上がらせることはできる。手指も動かすこともできる。でもそれだけだ。僕は下半身に被さっていたシーツを取り払った。僕はめまいがした。僕の足。触ってみた。冷たくて、固くて、そしてすべすべしていた、まるで陶器のように。膝や足首などの関節部が球状になっていた。球体関節人形の足。足を指で軽く叩いてみた。触れても叩いても何も感じない。全くと言っていいほど感覚がないのだ。無。これが自分の足だということがやはり信じられない。

「私が望まない限り、その足はもう元には戻らないわ」

 そうイスカは言った。

 僕は内圧が高まっていくのを感じた。思い切り叫びたくなった。それを抑えた。もう十分泣いたし、叫んだ。でも誰も助けてくれなかった。意味などないのだ。


 何もすることがなかった。


 寝台にはロザリア・D・ロンバルドが残していった漫画が山と積まれていった。読んだことがあるものもあれば、ないものもある。木城ゆきとの銃夢があったのでそれを手に取ってしばらく読むふけった。


「おはよう、こんにちわ、こんばんわ……」

 ロザリア・D・ロンバルドは歌うようにそう言って部屋から入ってきた。彼女の後ろには少女がいた。濃紺のワンピースの上にフリルのついた白いエプロンを組み合わせた格好の少女。彼女はドームカバーの乗った盆を持っていた。

「今はゆっくり休むといいわ。そのうち嫌でも動いてもらうことになるから……」

 彼女は僕の足のことを知っているはずだ。僕を馬鹿にしているのだろうか。微かな憤りを感じた僕はわざとらしく鼻を鳴らして、

「ゆっくり休んだところで動くようにはならないよ」

 自分でも驚くほど刺々しい言葉を吐いた。彼女は僕の顔をちら、と見て、でもそれ以上何も言わなかった。

 ロザリア・D・ロンバルドは紙袋を持っていた。彼女は紙袋からから白い筒型をしたガラスの器具と小さな皿、手に収まるほどの小瓶とキャンドルを取り出すとそれを棚の上に置いた。理科に使う実験器具みたいだ、今から理科の実験でも始めるのだろうか、一瞬、そんな馬鹿げたことを僕は妄想をした。彼女は水差しを手に取ると、皿に少量の水を注いだ。それから小瓶に入っている液体を数滴、水の入った皿に垂らした。水の入った皿は筒状のガラス器具の上部にセットされた。筒状器具の下部は口が開いていて、そこに火の点ったキャンドルが差し込まれた。しばらくすると、今まで嗅いだことのない、異国的な、甘い香りが漂ってきた。

 僕の物問いたげな視線に気が付いた彼女は、

「これはオイルウォーマーよ。エッセンシャルオイルをキャンドルの炎で温めてオイルの香りを拡散させる器具ね」

「その、なんというかいい匂いだね」

 とは言ったものの、濃厚な南国の花みたいな、結構独特の匂いだ。泥臭い貧農出身の僕はこういう甘くて艶っぽい匂いに慣れていない。なんだか落ち着かない気持ちになってきた。

「イランイランの香りよ。イランイランの名前の語源は『花の中の花』という意味。血圧降下作用、抗鬱作用、抗菌作用、鎮静作用があるわ。なじみにくい香りかもしれないけれど、緊張を和らげてストレスを緩和する働きがあるから、香りに慣れると甘い花の匂いが気持ちを明るくしてくれるわよ」

 確かに彼女の言う通りだった。匂いに慣れると幾分華やか過ぎる香りの印象が薄れて春の木洩れ日のような柔らかい余韻だけが残り、これによって無機質な部屋の印象が少しだけ和らいだような気がした。

 濃紺ワンピースの少女が前に出た。顔かたちは整っているがロザリア・D・ロンバルド以上に表情が乏しい。少女は大きく目を広げたまま瞬きひとつしない。歩き方も不自然だ。一歩足を前に出す度に軽く膝関節をねじるような動作をする。ぬかるみの中を転げないよう一歩一歩用心しながら歩いているような、そんな歩き方なのである。

「うぃー、うぃー、がちゃ」

 少女は何故か口で機械音を真似ながら盆を机の上に置いた。少女は金属製のドームカバーを取り下げた。淡く白い湯気で一瞬、視界が不明瞭になった。盆の上には皿が載っていた。皿の中には粥が入っていた。僕は粥の入った皿と少女の顔を交互に見た。この時、僕は瞬かない少女の瞳には細かな光の繊維がいくつも走っていることに気が付いた。

 こいつは魔臣(Machine)だ。機械と魔王の『D細胞』を組み合わせた殺戮兵器。こいつらは人間に擬態する能力を持っている。人間の敵だ。僕は反射的に体を強張らせた。

「後は私がするから」

 ロザリアのその言葉にエプロン姿の少女は、

「キリキリキリ……」

 そう言って少女は異様なほど機敏な動きで敬礼すると、くるりと踵を返してまた仰々しい舞踏みたいな歩き方をして部屋を出ていった。息苦しさを感じた。僕は無意識のうちに呼吸を止めていたのだ。敵の魔臣がそのあたりを闊歩していると思うと気が気じゃなかった。ロザリアはやはり魔王の近親者『D』の血族に間違いない。魔臣が命令を聞くのは魔王と『D』の血族だけなのだ。

 ロザリア・D・ロンバルドは盆の上の皿を手に僕の元に近づいてきた。彼女はベッドの縁に腰かけた。彼女との距離が縮まると僕はどうしていいかわからなくなった。彼女はスプーンで器の中の粥を一掬いすると目を伏せ、フーフー息をかけて粥の熱を冷まそうといた。僕は半ば恐怖と戦きを持って彼女のその美しい繊細な顔を見下していた。彼女の長いきめ細かな睫は葉裏で休んでいる蝶の羽のように小さく、細かく震えていた。彼女の軽くすぼめた赤い唇は今にも開花しそうな薔薇の蕾を思わせた。それは瑞々しく、官能的で、雄を惑乱させる奇妙な予感のようなものを持っていた。僕は自分の唇を彼女の唇に添えてみたいという軽いめまいにも似た欲求に襲われた。彼女がそっと顔を上げて僕の目を覗き込んだ時、僕はとっさに自分の卑しい感情が彼女に露呈してしまったのでは、と震えた。

 何か言わなくては、そう思って口を開けた。言葉に気を取られているうちに彼女はほとんど無造作に粥の入ったスプーンを僕の口に突っ込んだ。金属のスプーンがカチンと僕の歯に軽く当たった。それからほんのりと甘い粥の味、サラリとした舌触り、粥が喉を伝って胃の中に納まる。空っぽだった僕の胃は粥を迎えて熱く滾った。

 口でする食事なんて久しぶりだった。空気元素を活動源とする勇者(ぼく)は食事が不要なのだ。この時、初めて僕は自分が飢えていることに気が付いた。僕は震える手指で彼女から粥の入った器と匙を受け取った。粥の入った器が重く感じた。白い粥の中には具が入っていた。薄朱色の小海老と、あともう一つ、白い陶片のようなもの。

「海老とユリ根の薬膳粥よ。ユリ根は古くから滋養強壮と鎮静作用のある薬用として重宝されてきたわ。カリウムの含有率が野菜の中でもトップクラスで、筋肉の働きをスムーズにしたり、老廃物を排出したりする効能があるの」

 僕は無我夢中で粥を啜った。

「もっとゆっくり食べなさいな。どこにも逃げていかないわ」

 ロザリア・D・ロンバルドは耳元で囁くように言った。彼女のはやさしい手つきで僕の背中を撫でてくれた。僕は目頭が熱くなった。泣きそうなのだ。

 僕はずいぶんとひどい目にあった。傷口に塩を塗り込むような、ひどい目だ。こんなに優しくされたのはいつ以来だろう。母親のような柔らかな優しさ。思い出せない。母親のような、とは言ったものの、多分僕はこんなに母親に優しくされたことはないと思う。僕の母親は僕の面倒なんて見る暇はなかったのだ。上と下の兄弟たちをなんとか大きくするだけで精一杯、僕のためだけにつきっきりで看病してくれたことなんてなかったはずだ。ラッキーマンズ傭兵団の団長だってそうだ。あの人は決して僕のことを軽んじていたわけじゃなかったけれど、やっぱりあの人もたくさんの仲間の面倒を見ないといけなかったし、第一あの人の優しさは子供を一人前にするための粗暴さと厳しさがあったから、ロザリア・D・ロンバルドの無条件な優しさとはやっぱり違う。

 僕は粥の入った器をベッドに置いて軽く目頭を揉んだ。

 ロザリア・D・ロンバルドはそっと僕の右手をとって両手で包み込んだ。優しくて温かい感触。



「期待はするな」

 そう団長は言った。

「期待は裏切りとのセットなんだぜ」



 ズキリ、痛んだ。

 ズキリ、ズキリ。

 右手の甲だ。右手の甲が酷く痛んだ。激しい痛みに耐えきれず僕はロザリア・D・ロンバルドの手を振り払った。赤い飛沫。僕の右手の甲から血が噴き出していた。皮膚が裂け、肉をかき分けて僕の右手の甲から何かがせり出てきているのだ。

「骨噛みって知っているかしら」

 ロザリア・D・ロンバルドは言った。

「死者の遺骨を食べることで死者の生命力や生前の能力を獲得しようとする儀礼よ」

「それが一体なんだっていうんだよ」

「粥の中には海老とユリ根以外にもう一つ具材が入っていたの。それはとっておきの具材。おそらくもう手に入らないであろう具材……」

 僕は彼女の言葉を待った。

 彼女は薄氷の表情で、

「パパの遺骨よ。粉末状にして混ぜておいたの」

 僕は気分が悪くなった。吐きそうになった。

「あなたにはパパの力を継承してもらうわ」

 手の甲の痛みはすぐに引いた。僕の右手の甲にはうっすらと紫色に光る十字型の結晶が埋まっていた。

「遺骨の魔力があなたの体内で焼結して右手に現れたの。『死水晶』、力が継承された証よ」

 十字架は僕の目からは逆十字に見えるように食い込ませてあった。逆十字は魔王の紋章だ、魔王軍の旗印にも使われている。僕は得体の知れない恐怖と戦き覚えてすぐさま自分の右手に埋め込まれているものを取り除きたい衝動に駆られた。もし仮に癒着して完全に取り除けないというのなら右手首を切り堕としてもいい。僕は右手甲に埋まっている十字架を左手で掘り起こそうとした。でも左手の指に力が入らない。手だけじゃない。全身が、まるで皮膚だけ残してあとは全部ドロドロに溶けたみたいにまるで感覚がなくて、力が思うように入らないのだ。僕が渾身の力を込めて右手を振り上げ、金属製のベッドフェンスに叩きつけた。何度も、何度も。感覚が麻痺していて痛みは感じなかった。右手甲の結晶がベッドのフェンスにぶつかるとカチン、と硬質な音がした。カチン、カチン、カチン……。なんて間抜けな音なんだろう。僕は馬鹿馬鹿しくなってやめた。

「なあ、さっきパパって言ったよな。パパって誰のことなんだ」

 僕の問いに彼女は答えなかった。僕は彼女の赤い唇を見た。彼女の唇は若い薔薇の蕾みたいに固く閉ざされていた。僕は彼女の唇が綻び、柔く開花する瞬間を待った。彼女は僕の重く、暗く、熱い視線が唇に集中していることを知っていた。彼女は一瞬何か言おうとしてほんの少しばかり唇を開いた。真珠色の歯と炎のように閃く舌の動きを見えた。でもそれだけだった。彼女は思い唇をキュッと結んだ。もう彼女の唇からは何も期待できないことがわかると僕は小さくため息を吐いて、

「パパっていうのは、つまり魔王のことなんだよな?」

 僕の問いに、彼女は少し眉根を曇らせただけだ。この投げかけに対する反応が希薄だったので、おそらく答えは別にあるのだろう。魔王でも、そして魔王の近親者『D』の一族のでもないとするなら、この『死結晶』の元になった『パパ』とは何者なのだろう。ただ天使と勇者を脅かす悪魔の力というのは間違いない。僕は手の甲を通して、十字型をした紫結晶の中に宿る強大な魔力のうねりを感じていた。おそらくこの十字架には魔王と同等の力が宿っているに違いない。

 なぜこんなものを僕に継承させたのだろう。僕はこれでも一応、勇者なのだ。勇者に魔王の力を与えてどうしようというんだ?

「混乱するのも無理はないと思うわ」

 幾分、すねた子供のような、暗くこもった声でロザリアはそう言った。ここで一旦顔を伏せ、それからほっそりとした眉を幾分引き締めて、一度だけ小さく息を吸うと、

「でもね、ここで、すべてを、洗いざらい話すことが、あなたのためではないから、だから私は黙っているのよ」

 と一語一語ブドウの粒を房から摘み取るようなしゃべり方でそう言った。

 ロザリア・D・ロンバルドは立ち上がった。彼女は腰のポケットから黒い装丁の手帳と、ライフルの弾のようなものを一個、棚の上に置いた。

「これを私の娘に渡して」

「娘?」

「すぐに会うわ。そういうことになっているの」

 そしてそのまま部屋を出ようとする。

「おい、どこに行くんだよ」

「どこかに、よ」

 と彼女は言った。

「力の継承が完了したわ。もう大丈夫。もう少しすれば体は動かせるとは思うけれど、でも無理はしちゃだめよ」

「待ってって、行くなよ。僕はまだ何にも知らないんだ。ここはどこで、そして結局お前は何者だったんだ。一体僕に何をさせようっていうんだ?」

「大丈夫よ。娘があなたを導いてくれる。私の役目はすでに終わっているの。いえ、終わっていたのね、ずっと以前に」

 僕は彼女を追おうとした。でも足が動かない。バランスを崩して寝台から転落した。

 ロザリア・D・ロンバルドが近づいてそっと僕を抱きしめた。彼女の唇を耳元に感じた。彼女の熱くて早い吐息を感じた。

「フカイ、フカイ、森ノ中、星ノ光モ届カナイ、クライ、クライ、闇ノ底デ、マタ会ウワ、イツカ、キット」

 感情なんてまるで死んでしまったみたいな、そんな声でそう僕の耳元でつぶやくと、さっと離れてそのまま部屋を出て行ってしまった。僕は見逃さなかった。彼女の背には不吉な死の気配があった。今追わねば僕は永久に彼女を見失うだろう。今、ここで立ち上がらなくては永久に僕はこの白い部屋に取り残されたままになるだろう。

 僕はベッドの縁につかまり、立ち上がろうとした。下半身が鉛のように重かった。

 バランスを崩して僕は再度、床を舐めた。僕は悔し紛れに役立たずの足を殴った。

 この! この!

 この時、右手甲にある結晶が淡く輝いた。光は右手全体を包み込んだ。光に包まれた右手でほとんど物質と化した自分の足を叩いた。

 

 ピシリ。


 その光の一撃で球体関節人形の足に亀裂が走った。亀裂の隙間から生身の足が見えた。

 心臓が大きく跳ね上がった。

 ほとんど無意識だった。無意識の力で僕はイスカの呪いを解呪しようとしていた。

 イスカは言っていた。


「これは天使様から授かった力よ。あなたではどうすることもできない」


 魔王だ。今、僕には魔王の力が備わっている。ロザリア・D・ロンバルドによって無理やり与えられた力。天使の力は魔王の力で中和することが出来るのだ。

 僕は右手に力を込めた。力を入れれば入れるほど、光は強さを増した。魔王の力――魔力を限界まで充填させるのだ。

 右手の光は一度大きく膨らみ、そして手の中に吸い込まれていった。それを合図に僕は思い切り右手を両足に叩きつけた。

 光が爆発した。キーン、と澄んだ音が響いた。僕の両足は硬質の甲殻に包まれており、それによって自由を奪われていた。その甲殻が魔力によって今完全に砕かれ、取り払われたのだ。

 僕の足は今、完全に自分のものとなった。僕は足を叩いた。固い肉の感触、そして鈍い痛み。

 僕は立ち上がろうとした。生まれたての小鹿みたいに、まだ力が入らない。ふらつきながらも、それでも立つことが出来た。視界がぐっと広まった。山の頂上を上ったような感覚。達成感。

 僕はまだ終わっていない。

「追わなくちゃ」

 僕はまだここがどこで、何のためにここに運び込まれたのか、何をやらされるのか、何も知らない。追って、そして問いたださなくてはならない、なんとしてでも。

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