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出稼ぎユートピア ~ツイてる少女の異世界奇譚~  作者: 詠城カンナ
一章 こちら異世界レストラン
6/7

6話 妖精・グレイとスカーレット

  * * * 


 この世界はグノヴァエルエールという名の《神の掌》の世界らしい。国はアノアディーン。第三に大きな王国だという。世界で大国といわれるのは五つあり、帝国なんちゃらかんちゃら、公国なんちゃらかんちゃらや、王国なんとかかんとか、という国々だ。正直言えば、国の名前はまったく覚えられなかった。この国の名前とて、何回も何回も聞いて覚えたんだから。

 オヤジさんの飲食店レストラン『豚小屋』は王都の隅に位置するル・ガル地区に構えられている。そこは王都で働く様々な人の住処が集う場所で、飲食店も多い。

 アノアディーンはとっても豊かな国で、理由は様々あるけれど、なかでもいちばんたしかなのは巫女姫さまの存在だろうと、皆口をそろえて言った。

 まあ、巫女さんが政治でもしてんのかと思ったがそうでもないらしい。よくわからないけれど。

 王都からは王城が見える。小高い丘を越えるとその向こうには白くくすみの一切ない高い塔が連なり、王都の色鮮やかな街並みを上品に引き締めていた。

 異世界にやってきた日は混乱と空腹に苛まれ、街の遠くにそびえる王城なんて視界に入ってこなかった。けれどこうして、改めてゆったりした気持ちでながめれば、なんてうつくしいのだろうと――現代では決して触れられない、情緒あふれる美術品を目にしたような気分にさせられる。

 ここまでくれば、あたしの夢も精巧だなぁ、で終わるわけにはいかない。五感がすべて、夢ではないといっているのだから。


 受け入れるしかないんだ、と。思ったその日の朝。



 目が覚めると鼻の上になにかがちょこんとのっている。

 びっくり仰天して飛び起きると、その『なにか』は憤慨した声を出した。

『いってーな! なにすんだ、このブス!』

「えっ? は、はぁ?! ブスとはなんだ!」

 それはちょうど親指ほどの大きさ。見た目は人間そのもので、けれど異なるのは奴の耳がとんがっていたことと、背中に透明な羽が生えていたことだ。

「あ、あんたなによ?!」

『なにって、失礼だな! どちらさまですか、と問うのが礼儀ってもんだろ!』

 十歳くらいの少年の容姿をしている彼は、顔を真っ赤にしてそう怒鳴った。

 見るからに――妖精だった。

 目を白黒させていると、ついで妖精少年の背後から他の妖精さんがひょっこり顔を出す。

『ちょっとグレイ! あなた、我らがカコに対して不躾じゃなくって?』

『なんだよスカーレット! おまえこそ、慣れ慣れしいんだ!』

 新顔さんは十歳くらいの少女だ。少年と一緒になって顔を赤くし喧嘩している。

 グレイと呼ばれた少年はきらきらした白銀の髪で灰色の目をしている。服装は上下とも白色だ。

 スカーレットと呼ばれた少女も白い衣を身に纏っている。ちなみに髪は金色で、瞳は緋色。

 ぎゃーぎゃー騒ぎ出す彼らを必死になって止めようとするも、聞く耳もたない。そもそも、妖精なんて生き物ははじめて見た。幻覚ではないことを祈るしかない……

『それにしてもカコったら、ようやくわたしたちが視えるようになったのね』

 ふと、少女の妖精がこちらに顔を向けた。つられるように少年も視線をこちらによこし、自然と喧騒は消え失せる。

「ようやくって……あ、あなたたちは以前からいたの?」

『当たり前だろ! 俺たちはカコ付きになったんだ! 傍にいるのは当たり前だろ!』

『そうよ! わたしたちずーっと待ってたの。あなたが気づいてくれて、本当によかった』


 なるほど、妖精さんによればあたしの周りには彼らが常にいたらしい。プライバシーとか……叫んでも意味ないだろうけれど。複雑な気分になる。


「妖精さんは……えっと、あたしを見張ってて楽しいの?」

『楽しい楽しくないの問題じゃないの。わたしたちはあなたの……そうね、いわば護衛なんだから』

 さらりと妖精は言う。こんなに小さくかわいらしい存在に守られるなんて……やっぱり複雑な気分だ。

『それにしても、カコはよくわたしたちが妖精だってわかったわね』

「え? そうかな」

 そんな容姿をしていればだれでも妖精だと決めつけるんじゃなかろうか。

 とりあえずあたしは、彼らの目的を聞かねばならない。もう視えるのだから、これからも護衛と称してずっと一緒だなんてごめんだ。特にお風呂とトイレ。これだけは譲れない。

「あなたたちは、どうしてあたしの護衛なんてしているの? つまんないと思うし、もう森に帰ったほうがいいと思う」

 妖精といえば森に棲んでいるものよね。

「みんなも心配しているんじゃないかな」

『みんな?』

「ほ、ほら。仲間の妖精さんとか……」

 しどろもどろになるあたしをよそに、妖精さんは顔をしかめた。

『やっぱりカコにはわかるのね。わたしたちが勝手に出てきたってこと……』

『おまえ、まだ力をものにしていないクセに、よくやるなぁ!』

 どうしたことか、ふたりの妖精は徐々に興奮気味につめよってくる。小さい顔をあたしの顔にずいずい近づけ、悲痛な表情で叫ぶ。

『でも、わたしたちはカコの護衛だから……わたしたちよりカコのほうがもっと寂しいだろうって思ったの!』

『たしかに仲間は俺たちのことを心配しているだろうけどな。カコの安全のほうが大事だってことはみんなわかってるはずさ。当たり前だろ?』

 ……どんどんよくわからぬほうへ話が進んでいく。

 いや、彼らがどんな気持ちでここへきたのかは予想はできるけれど。

「まるで夢みたいな出来事だなぁ……」

 思わずつぶやけば、女の子の妖精がぱちくりと目をまたたいてから笑った。男の子のほうは腹を抱えて笑っている。

『カコったら、おかしいのね! あなたがそんな台詞を言うなんて!』

『冗談よせよ! 心臓に毛が生えているくらい図太いのに!』

 失礼極まりない。なんて奴らだ。

 頬を膨らませて見せると、彼らはさらに笑い声を大きくした。

「ちょっと、あんまり大きな声を出さないで。オヤジさんに叱られちゃう」

『それこそおかしなことだわ。カコ、わたしたちは妖精よ? 人間には視えないし聴こえないの』

『当たり前だろ?! 俺たちはずーっとカコを見守ってきたんだ。おまえがそん所そこらの人間ではないってこともわかっているし、タフだってことも知ってる』

「なんで……あたし、結構か弱いんですけれど」

『か弱い? 違うわ、あなたは繊細なだけよ。でも、とてつもなく図太いわ。なぜなら、あなたはこの世界にやってきて、混乱はしても絶望はしていないじゃない? 拒絶をせずに受け入れ、馴染もうとしているじゃない』

『俺たち妖精はカコの存在を祝福したんだ。おまえの安全は保障されてる。それをおまえは無意識に感じ取ってたんだ。だからこそ、異なる世界にも関わらず、おまえは泣き叫ぶこともなく暮らしているだろう? 精神的にも、身体的にも、な』

 言われて、ハッとする。

 そうだ、こんなわけのわからない世界にいるのに、あたしは落ち込むより先に受け入れた。とにかく己が生きるために――いちばんツイている道を選んだかのように、なんの障害もなく……


「で、も……あたしは、フツウの人間よ……」


 はい、そうですか、と。そんな簡単に納得はできない。そりゃあ、心当たりはないわけではないけれど。オヤジさんとの出会いがいい例だ。

 天涯孤独の人間が、あんなに簡単に衣食住を手に入れられるなんて……なにかの加護なしには考えられないラッキーかもしれない。


『あら、カコもやっぱり悩むのね……』

『仕方がないか。カコもヒトの子ってわけだ』

「さっきからあなたたち、とっても失礼ね」

 むっとして顔をしかめる。それでも妖精は笑みを絶やさなかった。

『わたしはスカーレット』

『俺はグレイ』

「あ、あたしは村崎佳子です……」

 唐突な自己紹介。妖精たちは満足げに頷き、ひらりとあたしの周囲を飛び回る。

『それじゃあ、困ったときは呼んでね』

『俺たち、正真正銘の護衛なんだからな!』

「えっ。どこかに行くの?」

『ええ。わたしたち、カコが視えるまでそばにいようって決めたの。でも、もう視えるんでしょ? なら、次は呼ばれるまで世界に還るわ』

『当たり前だろ。おまえだって言ったじゃないか。仲間が心配しているって』

 自分で言っといてなんだけれど、いざそれまで傍にいたという存在がいなくなるってのは不安だった。もちろん、プライバシーの心配はあるんだけれど……複雑な乙女心ってやつね。

『なんだ、カコ、もしかして傍にいてほしいのか?』

『そうなの?! それなら、ずっと傍にいるわ!』

 あたしの様子になにを思ったのか、少年――グレイはニヤリとほくそ笑む。呼応するように、スカーレットは目をきらきらさせてこちらを見つめてきた。

『けれど、やっぱり一度はかえらなきゃ……そして正式にカコの護衛になれたってご報告するの! 晴れて、堂々と、カコの傍にいるためにね!』

 長い髪を揺らし、スカーレットはあたしの周りをぐるりとして、小さな羽をパタパタさせた。頬はわずかに上気しており、瞳は期待に満ち満ちていて、思わずキュンとなる。

 すると、今度はグレイまで目の高さまで飛んできて、腕組みしてフンと鼻を鳴らす。

『仕様がないな。とっとと行って、とっとと戻って来てやるよ。護衛になったんだ、当たり前だろ?』

 小さな彼らの仕草がとてもかわいくて、うっかり声をたてて笑ってしまった。予想通り憤慨するグレイと驚くスカーレットが、さらにおかしい。

 どうしてこんなに小さな存在なのに、こんなにも心を温かく、安心させてくれるのだろう。確実に彼らはあたしのなかで大きな存在になった。


 妖精がいるなんて、思ってもみなかった。小さなころは『こういう世界』にあこがれたものだけれど、次第にそれが現実にはありえない世界なんだと理解しなければならなくなった。

 だから、二十歳を過ぎて妖精なんて夢いっぱいの存在と遭逢するなんて、あたしはツイているに違いない!


「それじゃあ、あなたたちの帰りを待っているわね」


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