1話 雷舞
異世界トリップ大好物です(笑)
タイトルはなかなか思い浮かばず、とりあえず並べてみましたのでいつか変わるかもです。
お楽しみいただければ幸いです。
* * *
少女は《シュラクレンの塔》で舞っていた。
精霊は祝福を込めて、ひらり、ひらりと桃色の花を風にのせている。白い衣を身に纏った少女は清純そのもので、淡い黄色の扇子をくるりと回すと、開いた頭上から太陽が顔を出す。
祈りの舞。
怒涛の舞。
慈しみの舞。
足が水音を立て、散った雫を精霊は笑って飲み干した。
唐突に、暗雲が空を塔を、少女を覆った。
「中止だ!」
声を轟かせ神聖なる神殿にやってきた男に、少女は舞をやめてため息をもらす。
「宰相、どうしてあなたはいつも耳障りなのですか。少しは声をひそめるというマナーでも学んだらいかがです?」
「そんなことを言っている場合ではない! 今すぐに避難しろ!」
少女の嫌味は男の怒声で掻き消えた。代わりに、空がゴロゴロと唸りはじめる。
ようやっと、少女も己の周りから精霊が消えたことを知った。
「どうして? いったいなにが起こったと言うの」
神に愛でられる巫女よりも、なぜ宰相のほうが先に異変を感じ取ったのか。少女にはわからない。混乱し、思わず叫んだ声は新たな来訪者によって飲み込まれる。
「アデル! すぐに《隠者》のもとへ向かえ。《審判》が災いを知らせたんだ」
「ああ、そう! どうりで見た目脳筋に先を越されたワケですわ!」
「おいおい、それって俺のことか」
アデルと呼ばれた少女は男の言葉を無視し、さっさと歩き出す。
新たな来訪者はこの神殿の最高官である神官長だ。宰相より直属の上司を大切にするのは当たり前のこと。背後でぐずる男をよそに、少女は神官長に駆け寄り手を握った。
「どういうことでございましょう。先ほどから、精霊は姿を見せないのです」
「今は話している場合ではない。そなたはすぐに《隠者》を頼るのだ。すでに神官たちは神殿を離れている」
「あなたさまはどうするのです。無能な神官なぞと同じ道はたどりますまい」
切迫した少女に神官長は困ったように顔を歪め、ついで宰相に目を向ける。
「ヒューゴ、そなたがアデルを護れ。命だけは必ず守れ」
「言われなくとも」
肩をすくめ応じ、今すぐに行動しようとする宰相を見、少女は眦を引き上げる。
「嫌です! わたくしもともに闘います! 《審判》がなんと言おうと《巫女》はわたくしなのですから」
「わかっている。だが、違うのだ。これは――」
神官長が言葉を落とす。それはまさに青天の霹靂とでも言おうか。
目を見開いた少女。宰相は頭上を仰ぎ、舌打ちする。
「ついにお出ましってわけか――」
*
アノアディーン王国、ボーウィンドル城。東には《隠者の森》が広がり、西には《騎士の大海》を望む。北は険しい《賢者の山々》が連なり、南は王都《道化の街》がつづいている。
世界でも五つの指に入る大国であるアノアディーンであるが、この日歴史の佳境を迎えようとしていたなど、だれも想像できなかったであろう。
宮殿に轟いた報せは、国王陛下はじめ家臣らを奈落のどん底へ突き落すには容易なものだった。
「神官長ならびに巫女姫さまがお倒れになられました!」
「巨大な力を有する『何か』に聖力を奪われたとの報告です。また、『何か』は確実にボワディンドに落ち潜伏した模様」
「力の余波にご注意いただきたく……!」
混乱を招かぬため、すぐに箝口令が敷かれた。よって民は知らない――国を豊かにする巫女姫が伏せっていることも、権力を把握した神官長が自ら捜索部隊を指揮していることも、自国が滅亡に向かおうとしていることすらも。
一方、精霊たちが喜びにひしめいていることに、人間側のだれも気づけなかった。
『精霊王はお喜びになられた!』
『女王がお生まれになられた!』
『精霊は人間を見捨てることにした!』
一連の幕開けの一光を、【ワシンの雷】と名付けた。