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折れろ! 俺の死亡フラグ  作者: 味醂味林檎
第一章 東区
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第六話

 恵理に誘われて近くの公園に行く。彼女は設置されていた自動販売機で缶コーヒーを二本買って、「ほら」一本を時也に投げて寄越した。

 ラベルを見たら微糖とある。「時也くんはブラックよりこっちでしょ」と恵理が言った。そのとおりだった。時也はこれくらいの甘さが好きだ。

「あ、お金」

「いいわよ、そんなの。今回はお姉さまの奢り」

(お姉さま……)

「あら、その顔はどうしたのかしら。何か言いたいことでもあって?」

「ナンデモナイデス」

「よろしい」



 陽が暮れた公園に、子供の姿はなかった。辺りはすっかり暗くなって、木製の遊具は寂しそうに影の中だ。

(こういうの見ると思うが、ほんと、この世界どうなってんだよ……)

 ヒノモトの文化は不思議だ、と時也は思う。何度も考えていることだ。服飾は昔ながらの着物が一般的だが、車が走るほどの科学力は生活様式を近代的に押し上げている。舗装された道路はコンクリートで、建物なんかは瓦屋根の隣に煉瓦の家が仲良く並んでいるくらいだし、そこに平然と電化製品が存在する。霊地の保護を積極的に行うくらいには魔法が身近なものであるにも関わらず、この科学力は一体どうして培われたのか。

「時也くん、こっち」

 恵理に呼ばれてそちらへ顔を向けると、ベンチに座って手招きしていた。それに従って隣に座ると、彼女は缶を開けながら話し始めた。



「あの害獣についてちょっと調べたのよ。暇してる学者たち引っ張り出してね」

 あんなのがホイホイ湧いてたら今後の組合の運営にも影響が出そうだしね、と恵理は言った。

「恵理さん、転送の魔術で忙しかったんじゃなかったんですか」

「私の本分は事務仕事と薬草魔術よ。あんまり魔法輸送にかまけているわけにもいかないの」

「他の魔術師に押し付けたんですね」

「害獣情報の整理も重要なのよ。それに、元々押し付けられていたのは私のほうなんだから、私一人抜けたって本来の役割に戻るだけだわ。どうせ魔術なんてこんな時でもないとさして役に立たないんだから、みんなキリキリ働けばいいのよ。馬車馬のように!」

「あ……そうですか……」

「ま、そんなことは置いといて。あれは時也くんの獲物だったんだから、早い目に知らせておくべきかなってね。これを見なさい」

 そして懐から手帳を取り出して、ある頁を開いて見せた。

 そこには、時也が狩ったあの害獣の写真が挟まれており、彼女が調べたであろう情報が事細かにびっしりと書き込まれていた。手帳を受け取ってそれを目に通していく。一頁には収まりきらなかったのか数頁に渡って書き連ねられたメモは今日の彼女の調査結果そのものであった。


「アナタが狩ってきたあいつだけど、何て言うか引っかかるのよね」


「引っかかる?」

「組合のデータベースと学者の話では、西区の西南部の森林地帯――冬知らずの森に同種の害獣が生息しているみたいね。元になった生き物は一緒ってやつ。調べてヒットしたのはそれだけで、時也くんが見つけてきたのを除いては、他では目撃例がないわ。けど……」

「けど?」

「あれは一体どこから来たのかしら。突然変異で自然発生したのか、元々いたけど見つかっていなかっただけなのか。まさか移動してきたってことはないだろうし……」

 難しい表情をしながら恵理が唸る。

「恵理さん?」

「お茶くんと藍葉ちゃんにも話を聞いたけど、あれと遭遇したときは遠目にも姿が見えたんだって。時也くんも鳴き声聞こえたんでしょ」

「はい」

「それだけ目立つようなのが昔からいたんだったら、とっくの昔に発見されているはずじゃない? 冒険者組合は古い組織よ。今まで数えきれないほどの冒険者と魔術師が神隠しの森を歩いたんだもの。それなのに組合のデータには一切そんなものがない」

 そう言われてみると、納得できなくもない。昔から多くの人々が立ち入り、行方不明になったり死亡したりするものがいる中で生き延びてきた者が研究を重ねて今に至っているのだ。時也の幻を見破る土鈴もそういった先人の残した研究をもとにして作られたものだ。

 時也が思い返してみても、非常に巨大でその咆哮も森中に響くようなものだったのだから、あれが昔からいたのなら、それなりの記録が残っているはずだ。目撃情報でも、耳に声を聴いただけでも、言い伝えのような形の曖昧な伝承でも、何らかの形で。

「実は書いてあったのを見落としているとか、データ管理にミスがあって情報が紛失したとか、そういうのでもない限り過去にそんなのがいたなんて記録はないわ。だからたぶんだけど、元々いなかったけど別のところから移ってきたか、最近になって新しく発生したかのどっちか……ってことでいいはずなんだけど」

 そしてコーヒーを呷る。眉を寄せたまま固い表情を崩さない。その答えをすんなりと受け入れられないのだ。それは結論付けるにはまだ解決していない疑問があるからだ。

「神隠しの森の元々の生き物が変化してあれになったんだったら、類似した害獣とか、元の生物がいてもいいはずなんだけど、そういう記録も一切ないわけ。既存の害獣が犬とすればあれは狼ってレベルの違いならそれは納得するけど、幾ら魔力の影響を受けたって犬は熊にも猪にもならないわ。少なくとも一日や二日で変わるってことはない」

 それはつまり、存在自体が根本的に違っているということだ。進化や変化という言葉で片付けられるものではない。

 そうであるならば、恵理は否定したが移動してきたものなのだろうか。西区の西南部にいるという害獣が来ただけというのなら時也にも理解のできる話だ。外からやってきたのなら今まで見つからなかったことにも突然現れたことにも説明がつけられる――と、時也は考えたが、はて、と首を傾げた。



「もし移動してきたなら何処通ったんだろう」



「あんなのが自力で移動してこれるような道はないわよ? あっちの森から出てきたら北から東にかけてまず西区の居住区にぶち当たるし、迂回しても渓谷側に出るんだから。神隠しの森とは断崖絶壁で隔絶されているんだから、登るっていうのも無茶じゃない?」

 だから移動したなんてのはありえないと思う、と恵理は言った。それが彼女の主張なのだ。

 恵理の言うとおり、話題に上がっている西区の冬知らずの森は海と居住区に面していて、特に居住区は害獣除けの壁があって通れないようになっている。万が一壁を壊して通ったとなればそれが大騒ぎにならないはずがないので、そんな話がない以上それはありえない。とすると、南側の道から来たと考えるしかないが、それは渓谷を降りる道だ。神隠しの森は切り立った崖の上で、あれを登ったとは思えない。

 それが謎であった。別の地域で同種のものが見つかったのに、それが移動できるルートがない。元々近いものが生息していなかったから突然変異にしても変異する元のものがないのだ。

「じゃあ魔法で移動してきたとか?」

 物理的に不可能なことも、魔法なら何とかなることがある。神隠しの森は自然に複雑な魔法が発生している地域だから、外から何かが紛れ込んでもおかしくないのではないだろうか。

 時也の言いたいことは伝わったらしかった。が、彼女は首を横に振った。

「神隠しの森の魔法っていう意味ならそれはないわ。あれは外と繋ぐんじゃなくて、中を閉じる結界みたいなものだもの。崖下までは魔法の影響はないわ」

「そうかー……あ、でも転送の魔術なら移動できるんじゃないですか?」

 時也の思いつきであった。魔法のことはよくわからないし、具体的にどうするというのは頭にないが、つい昨日話題に上がったばかりの魔術のことを思い出したのだ。

「――……できなくは、ないわね」

「えっマジで」

「言ったのは時也くんでしょ。やろうと思えば可能ではあるわ。やる意味がわからないけどね……魔術を使ってるときは隙ができやすいし、数を減らしたいっていうなら冒険者に駆除させるほうが手っ取り早いんだし」

「できるんですか」

「転送自体はね。送る側と受け取る側がいればだけど……」

 恵理は呟くように言った。思考の整理の真っ最中の彼女は、既に会話していることを忘れているのかもしれなかった。時也も考えてみたが、自分で言ったこととはいえ害獣を転送するメリットは全く想像もつかない。発言するには短慮だったかと反省しつつコーヒーを飲み干す。



「……とりあえず、もう少しちゃんとした調査が必要かな。わかんないものをわかんないままにしておくのって気持ち悪いし……こういうのって分類学者の仕事よね」

 まだまだみんなには働いてもらわなくちゃ――恵理は空になったコーヒーの缶をゴミ箱に向かって投げる。空き缶は派手な音を立ててゴミ箱の中へ落ちていった。

「お見事です」

「ふふん。あ、そのうち森の調査とかで依頼出すかもしれないから、そのときはアナタにも働いてもらうからね」

「それは構いませんけど……それにしても、よく一日でそこまで調べられましたね。アレ解体しちゃったんだし、写真撮ってても他の人に伝えるのって難しくなかったですか?」

 害獣というのは魔力炉に異常を持つ獣だ。それゆえに強い力を持つが、同時に非常に不安定な存在でもある。強い魔力は生物を長寿にするが、そもそも魔力炉自体に異常がある害獣は自身で魔力をコントロールできないためその恩恵を正しく得られない。常に魔力が暴走している状態なのだ。冒険者がわざわざ害獣を狩るのは、たとえ短命でも害獣の暴走が人の生活に危険を及ぼすものだからである。

 正常ではないといっても魔力は魔力であるから、それが霧散して組織が崩壊してしまう前に必要な加工を施せば、害獣の肉は貴重な魔術品として利用することができる。早々に解体してしまうのはそういった事情からだが、そうやってバラバラにしてしまったものの本来の姿について言葉で語るのは難しいものだ。そうでなければ百聞は一見に如かずなどという諺が生まれるべくもない。

 いくら写真に収めたものがあるといっても、肉眼で見たものではないのだ。そこに縮尺の参考になるものが映り込んでいても、直接見るのとでは感覚が違ってくる。それを完璧に伝達し情報を共有し、さらに調べさせるというのは容易ではないように思えた。

 彼女はチッチッと指を振った。

「そこはそれ、魔術師だもの。言葉で伝えきれないなら魔術で記憶を共有すればなんとかイケるわ」

「魔術ってそんなことまでできるんですか……便利ですね」

 記憶を共有する。ヒノモトの科学の粋を到底超えたものだ。そして時也の前世の記憶にある日本にもそのような技術はなかった。

「科学のほうが使い勝手いいもの多いけどね。あーあ、これで暗示の魔術でも使えたら私も他の魔族を操って魔王になってるところなんだけど」

「なんか今さらっと恐ろしいこと言いませんでしたか。というかそんな魔術あるんですか」

「凄く難しい魔術だから使える人なんて見たことないけどね。心理学でいうところの暗示とは違って脳を直接弄るようなものだから、まあ難しくて当然か……」

「簡単だったら世の中はもっと荒んでますよ」

 暗示というと幾らでも悪用がききそうな響きである。人の役に立てられる使い方もあるだろうが、それ以上に悪事に役立ちそうな魔術だ。だから難しくて誰も手出しできないくらいでちょうどいい。恵理は「それもそうね」と同意した。

「それじゃ、今日はこのくらいにして。時也くん、明日もあの藍葉ちゃんと出かけるの?」

「はい、その予定ですけど」

「そう、まあ今のところはアナタ向きの仕事ってきてないしね。そのまま暫く予定は空けときなさいよ。街道工事の護衛に冒険者がかなり取られてるから……最低でもまだ一週間以上かかるっていうし、藍葉ちゃんが帰るときも多分人手足りないから、アナタ護衛に参加しなさいよ。苦手って言っても冒険者免許取るのに勉強はしてるでしょ」

 また時也の意思の関わらないところで勝手に決定されていたが、こればかりはどうしようもないことでもある。人手不足は街道工事が無事に終わるまでは解決できないし、何より恵理には逆らえない。



「音子姉さんによろしくね」と言い残して恵理は月明かりと街灯に照らされた夜道を去って行った。音子に心配をかけるわけにはいかないので、時也も今度こそ帰路につこうと恵理がやったように空き缶を投げた。ごみ箱からは嫌われて外れたところに落ちたので、拾って捨て直した。道楽はするものではない。

 何となく気落ちしながら帰ると、音子が夕飯を用意して待っていた。手料理の匂いで時也は気分を持ち直した。単純である。




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