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折れろ! 俺の死亡フラグ  作者: 味醂味林檎
外伝

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33/39

夕陽のきみは美しい1

「過去と語らわなければならないの。どんな手を使っても」

 夕陽の差し込む喫茶店の窓辺で、女が微笑んで言った。

 高く結われた亜麻色の髪がふわりと揺れる。濃い朱色の着物は異国風のフリルがあしらわれており目を引いた。

 しかしそれ以上に華々しいのはそのかんばせだ。睫毛が長くはっきりとした目元は可愛らしい印象でありながら、優美な唇は艶めいて大輪の花を思わせる。どうすれば自分をよりよく見せられるのか知っていて、彼女はゆるやかに目を細めた。

 テーブルを挟んで向かい側に、彼女よりいくつか年若い、やや幼さの残る乙女が席に着いている。黒髪で色白の、綺麗な顔をした少女だ。こちらは大輪の花というよりはもっと細やかな花の印象だが、美しいことには変わりなかった。

 他に誰かがいたならそんな二人は間違いなく注目を集めただろうが、混み合うような時間帯ではないからか、生憎客は他にいなかった。この店の主人には話が聞こえているかもしれなかったが、彼女にとっては馴染みの店であり、聞かれたところで困ることは何もない。吹聴されるようなこともないだろう。だから悠々とした態度で、少女に秘密を打ち明けた。

「そのために私は魔法を求めているの。きみに是非教授してほしい――どうすれば、魔法に至ることができるのか」

「人間に扱えるような魔法なんて、ほとんどありませんよ。やりたいことができるとは限りません」

 少女は困ったような顔をした。

「それでも、今はそれしかないの」

「あの……あなたが求めている過去って、一体、何なんですか?」

 少女が、躊躇いがちに問いかけた。その表情は不安に陰っているが、真剣で、本当に目の前の年上の友人を案じている。誠意を向けられたなら誠意で返さなければ女の信条に反する。女は囁くように耳打ちした。

「真実よ」

「真実……?」

「父を死に追いやったものを探してる」

 少女が驚愕に目を見開いた。けれど、話してしまったのなら、もう聞かなかったことにはさせられない。私の中に踏み込むことを決めたのはそっちだ――と心のうちで責任を少女に擦り付けて、彼女は言った。

「父が何故死ななければならなかったのか……私は真相が知りたい。事故死として片付けられてしまったけど、証拠も何もないけれど、私は父の死にはまだ明かされていない謎があると思ってる。ねえ――藍葉ちゃん。私を、助けてくれないかしら」

 友人の切なる懇願に、少女――藍葉は、少しだけ迷うような素振りを見せたが、やがて覚悟はできたというように頷いた。

「私にできることがあれば……」

「そう言ってくれて嬉しいわ」

 女の名前は、輝血かがちと言った。ヒノモトでその名を知らぬものはいない、稀代の歌姫とも呼ばれる、帝国歌劇場の花形女優であった。




◆◆◆




 輝血と藍葉が出会ったのは最近のことである。魔術市場に出掛けた際に、輝血は観光客らしき少女が詐欺に遭いかけているところに通りかかって気まぐれに助けたのだ。そしていくらか話すうちに、すっかり友人となった。




 輝血は七年前に育ての親である紫道しのみちを喪った。輝血という芸名も彼から貰ったものだが、最早その名でしか呼ばれない今となっては本名と変わらない。紫道に与えられた世界で生きてきた彼女にとって、紫道の死は全ての喪失にも等しかった。

 河川敷で遺体が見つかった。橋からの転落死で、事故死だったのだとして事態は収束した。警察の調査も終わり、葬儀も滞りなく終わったが、しかし輝血はそれを信じていなかった。事故死だなどと――何の事故が起きたら橋から落ちるという事態に陥るのか。彼はお人好しなところはあったが、善良なだけではない、隙のない男だったのに――。

 当然ながら手がかりなどは何も見つからなかった。橋で何が起きたのか見たものは一人もおらず、第一発見者は近くを散歩することをルーチンにしていたような人で、全く紫道と関係のない相手で、怪しむ余地もなかった。だからこそ事故だとされたのだが、輝血はどうしてか、それは真実ではないと感じた。しかし警察にも見つけられなかったヒントをどうやって見つけたらいいのか――輝血自身も様々なところへ出かけて、色々な人に話を聞いたが、結局何も知ることはできなかった。何か掴めそうで、掴めない。

 そんなある日、輝血は役作りのために何か資料はないかと本屋に立ち寄った。そこで魔法学の本を見つけ、興味を引かれて手に取った。魔力によってこの世界を捻じ曲げる力に、輝血は光を見た。手がかりがないのなら、魔法の力を使って見つけ出せはしないかと。

 人間では魔法に至ることは難しい。過去を知るためには、死者の霊を呼び寄せるか、過去を透視する術を使えばよいと知った。僅かながら人間の魔法使いも実在するというが、知り合いにはそんな人間はいなかったし、求める秘術を使いこなせる有能な魔術師もいなかった。妖怪たちは死んだ人間には興味がないと言って相手にしてくれなかった――輝血に手を貸してくれるような魔法使いは周りに誰一人としていなかったから、自ら魔法に辿り着くしかないと思い、研究を始めた。舞台に立つ傍ら、密やかに。

 追い詰められたものの発想だった。その自覚もあった。それでも望まずにはいられなかった。ないものを掘り返しても見つからないと笑われそうな目的だったから、冒険者組合の魔術師にも依頼はできないと思った。幸い彼女は女優だったから、役作りに必要だからといえば魔法の研究をしても怪しまれはしないのだった。そんな研究のために魔術市場で素材を探していたところで、藍葉と出会ったのだ。

 藍葉は西区の出身で、幻術という魔法を使う一族の出身だと言った。わざわざ東区の魔術市場にいたのは幻術の研究に必要なものを買いそろえるためで、最近自由自在とはいかないが少しだけ幻術を使えるようになったのだと。そして現在は東区に住んでいる恋人の家に居候し、まだ暫く滞在する予定であるということも教えてくれた。

 奇しくも輝血が求めてやまない人間が魔法へと至る術を知っているのだ――この少女は。その事実を知ったとき、輝血の心は期待に震えた。魔法にさえ辿り着ければ、どうにかして魔力を掻き集めて、魔術式を完成させることで、知りたかった真実を知ることができるはずなのだ。

 何度か会ううちに、輝血は自分の中にある打算を、彼女に打ち明けるべきだろうと思うようになった。この少女ならば信用できるのではないかと思うようになって、行きつけの喫茶店へ呼び出し、冒頭へ至る。半ば賭けのつもりだったが、藍葉はよい返事をくれた。




 東区の繁華街から南へ向かって歩いて数分のところに、帝国歌劇場が建っている。二十年前に建設されたヒノモトで一番立派な煉瓦造りの歌劇場で、当時から人気のあった彩華さいか歌劇団を専属として招き入れ、評判となって隆盛した。紫道が亡くなって以来、彩華歌劇団を率いているのは若き歌姫の輝血である。

 輝血は藍葉を連れて、帝国歌劇場の裏手にある彩華邸へやってきた。此処は紫道が劇団員のために買い取った旧い館で、現在はこれも輝血が管理している。二階は輝血の生活空間だが、一階に幾つかある洋室は劇団員が利用している。

 生前の紫道は著名な画家や古物商との交流が多く、屋敷にはそんな彼が集めたものが数多く並んでいる。廊下には画家に描いてもらった肖像画や、公演の様子を描いた絵の他に、何やら古めかしい壺などが飾ってあった。

「輝血さん、こういうものお好きなんですか?」

「父が集めていたの。こんなのは古いだけが取り柄よ。絵は良く描いてもらったと思うけど」

 古い焼き物を飾ることに興味などなかったが、父の遺したものを捨てられずにいるだけだ。一方で絵は大切な思い出でもあるから、額縁に入れてよく手入れしている。もう二度と描けないものが描かれているいくつもの絵画は輝血も気に入っていた。藍葉も物珍しさからか、それとも価値でも見出したのか見惚れているようだった。

「ゆっくり見せてあげたいけど、また今度にしてね」

 階段から上に上がって書斎の鍵を開ける。本棚に入りきらない本が山積みにされている。机の上にも何冊か広げられていて、ソファの一部も本に侵略されているという有様だった。

「散らかっていてごめんなさいね。適当に座っていてちょうだい」

「いえ……凄いですね。これ全部魔法学の本ですか?」

「全部ではないけど、大体はそうよ。父が遺した本も少しあるけど、ほとんどは私が集めたの。だからといって魔法使いにはなれなかったけどね」


 忙しさの中に暇を見つけ出しては様々な本を読み漁った。図書館に通い詰めるだけでは足りず、新しい論文にも古書にも手を出して、此処にあるだけで四千冊は超えるだろうか。学ぶべきことは全て頭に叩き込んだ。そのために大金を使ったが、思ったような情報が得られないことも多く、当たり外れで言えば外れのほうが多いくらいかもしれなかった。それでも輝血が縋れるものはこれだけだった。

「……私って中身が空っぽなのよ」

「空っぽ?」

「私、子供の頃お寺にいたの。物心つく前に親に捨てられたらしいわ。父は何一つ持っていない私をお寺から引き取って、私に名前と歌を与えてくれた」

 幼い輝血には何もなかったが、その分何でも吸収できた。舞台に立ち演じることを覚え、歌うことを学び、いつしか素晴らしい歌姫として名を馳せるようになった。父親となった紫道は娘の才能を喜び愛した。輝血にとってそれだけが全てだった。女優として持て囃されるようになったのも、劇団員という家族のような仲間を得たのも、全ては紫道がきっかけだった。

「父が私の中身だったのに、あの人は突然死んでしまった。私が求めているのは、失くしてしまった中身を埋められるものなのかもしれないけど……」

 魔法学以外では、何冊かファイルが本棚に詰め込まれている。紫道の死についての疑惑を調べ尽くして、今一歩謎を解き明かすには足りなかった。

「あなたが魔法を求めるわけはわかりました」

 藍葉が言った。

「私に教えられるほどのことがあるかわかりませんけど、協力できることはします。でも、わかっているとは思いますけど、簡単なことじゃないですよ」

「ええ、わかってる」

「それと……その」

「何かしら?」

 言いづらそうにしているので促すと、藍葉は意を決したように言った。

「私にも調べさせてください!」

「調べる、って……父のことを?」

「はい!」

「もう七年も前のことよ――調べられるようなことは、警察も調べ尽くしたはずだわ……私にも何も見つけられなかった」

「でも、あなたは調べきれなかった何かがあると思っているんでしょう?」

 藍葉が言った。そのとおりだった。だからこうして今となっては魔法に縋っているのだった。

「こんなに沢山お勉強するくらいですもの、輝血さんは調べものがお好きなんだと思います」

「そうね……知識を得ることは、私の器を満たしてくれる感じがするから、好きよ」

「私も調べものは好きです」

 少女の目に宿る意志の強さに、輝血は彼女の言う調べものを許すことにした。何が期待できるわけでもなかったが、それが交換条件ということなら、輝血に拒否する理由もなかった。

「答えられることなら答えるわ。その代わり、あなたも私に魔法を教えてね」

「はい。あの、輝血さんが調べた資料も見ても構いませんか」

「ええ、どうぞ。でも個人情報も多いから、その辺りは気を付けて扱ってね」

 そう答えると、藍葉は「よかった」と安心したような笑顔を見せた。何が期待できるとも思えなかったが、それで彼女が魔法を教授してくれるのなら安いものだろう。過去を掘り起こす痛みはあれど、望む魔法とて過去を掘り起こすためのものなのだ。

 そうしてここに奇妙な師弟関係が始まった。


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