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封縛Ceal  作者: 千藤 光
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#7‥世界の裏側

空ヶ丘アイスパーク


1998年の長野オリンピックノルディック複合で活躍した空ヶ丘出身の今江茂治選手と女子フィギュアで6位入賞を果たした同市出身の神原郁恵選手とその功績を称えた市が資金を出し合って建設したウィンタースポーツ施設である。


両選手の記念館1階にあり、2階は簡易屋内スキー場、地下はスケートリンクになっていて、1年を通してウィンタースポーツと冬期オリンピックの歴史にふれることのできるスポーツ施設である。


どっかの偉そうなおっさん達から予算の無駄遣いという非難の声も上がっているが、謎の過疎化が進んでいる空ヶ丘の数少ない観光資源の一つでもある。


箕輪 憲 著  『田舎を復活させるのはスポーツだ!東日本編』より抜粋。




音楽に合わせて氷上を華麗に滑る。


すぅーっと滑らかに勢いをつけて2回転ジャンプ。


輝は気持ちよさそうに滑っていた。


桜はその様子をリンクの外側から眺めていた。


リンク内に備え付けられているスピーカーからの音楽が終わると、輝はこっちにむかって滑ってきた。


「輝ちゃんすごーい。もっとやればオリンピックいけるよー!」


といいいながらリンクを出た輝に黒とオレンジのスタジアムジャンパーを手渡した。


「私なんて全然ですよ~。トレーニング程度でしかしてないし。」


輝は申し訳なさそうな表情でジャンパーを受け取った。


「え~だって3回転ジャンプできてたじゃん!」


「3回転は無理ですよ。才能が無い人しかできませんから。」


輝ははははと力なく笑いながら言った。


「またまた。」


「身近に上手い人が『いた』から、自分がどれだけ下手か分かるんです。」



「身近に、いた?」


輝の言葉選びに違和感を覚えた桜は首をかしげた。


「亡くなった…兄が…とても…うまかったんです。」




「………」


「………」




輝の表情に、今まで見た事がないほどの影が差してた。視線は、はるか遠方を向いていた。


いけないことを聞いてしまったなと後悔した。


スピーカーからは80年代のナンバーが軽快に流れている。


「もう気にしてないし、大丈夫ですけど…」


うそつけ。バレバレだよ。と桜は心の中で呟いた。


言動から、兄を亡くしたショックは小さなものではないというのはすぐに分かった。そして輝がどれだけ兄のことを慕っていたかを。


「そ、か。これ以上聞かない。ごめんね。」


だが今はそれを問いただす時ではない。いつか彼女が直接教えてくれる時まで待っても遅くはない。そう思ったから本音を飲み込んでいつものように接してよることにした。


「で、今日はどうしたんですか?」


ふと、輝が桜の全身を眺めながら聞いてきた。


今日の桜はいつものにゃんにゃんした雰囲気ではなかった。


普段かけてないメガネを装備していて、しゃべり方もいつもの猫撫で声と違って清楚でおとなしく、全体的に知的な雰囲気を放っていた。自然と自分も敬語になってしまう。


「あ、今日は学校から直接来たから。俊君と同じ。」


輝もまた、疑問に思っていた。なんで俊の態度がスカイベースと学校とで違うのか。正直、どっちが本性なのかも分からない。でも、それを使い分ける必要があるのか。輝には理解できなかった。


今聞くことでもないなと思った。どっちが本性でも、俊も桜も自分には両方の『自分』を見せている。なら信用してもいいんじゃないか。そう思えたからだ。


「へ~。その姿かっこいいです!」


輝はにこっとしながら言った。


「…そんな、私なんか…。」


桜は、恥ずかしくなって顔を伏せた。他人に自らを隠してるなんてことを知ったら失望させてしまうだろう。例えどんな理由でも。


そう思うと恥じずにはいられなかった。



ピピッッピピッ


そんな微妙な空気のなか、輝のブレスから呼び出し音が鳴った。


輝はボタンを押してそれに応じた。


「何?」


『君達は今どこにいる!?』


古葉指令の声だった。指令直々に連絡を寄越すとは一体何事だろう?


「アイスパークです。」


『近いな…』


「一体どうしたんですか?」


スケート靴を脱いでる輝に代わり桜がブレスに呼びかけた。


『アイスパークのすぐ側の河川敷に強いポゼッシャー反応があるんだ。すぐに向かってくれ!』


「「はい!」」


輝は桜からブレスをひったくりアイスパークを飛び出した。


「ちょっと、待って-!」


桜はすぐに追いかけたが、輝の足が速いのなんの。


追いつけず、すぐに輝の姿が見えなくなってしまった。


「ハァハァ…スカイベース行くか。」


桜はスマホの画面にタッチしてスカイベースにワープした。





「よっと。」


桜はスカイベースの床にふわりと着地した。


そしてすぐに指令が直々に呼び出した理由が分かった。


「俊と板東さんは?」


緊急事態の筈なのに俊の席は空席だったのである。


そして出動してる筈の板東もモニタリングされてない。


「俊と一球は群馬に出張」


夏美がイヤホン、マイクを渡しながら答えた。


「群馬なんかで何を?」


桜は喋りながらも手際よくモニタリングの準備を始めた。


「我が社の新商品のテストってとこかな。」


夏美はニコッと笑った。


「テスト…か。」


桜は苦笑いした。二人は果たして無事に帰ってこれるのかと。


「ま、二人なら大丈夫だろ。」


古葉指令は微笑みながら俊の席に座った。


「人数は足りてるしな。」


古葉指令はモニタリングの準備を済ませ、イヤホンマイクを装着した。


「あ、輝ちゃんもう着いたみたいですね。」


起動してすぐのディスプレイに輝の姿が映しだされていた。



♂♀



「たしか…ここだよね。」


輝は土手を降り、河川敷の周りを見渡した。だが、怪人はおろか、人っ子一人いなかった。


「何もいませんよ?」


『あれ?たしかに強い反応があったのに?』


スカイベースでモニタリングしていた3人も首をかしげていた。


「反応はあるって…故障じゃないの?」


輝は橋の影まで歩いた。やっぱり何も無い。と思いスカイベースに戻ろうとしたその時だった。


「これ、何?」


輝は、不可解な物を見つけた。いや、物だろうか?


橋を支えている壁のような柱の一部が、何かを裂いたような痕みたいに緑に染まっていた。


輝が近づいてみると、緑の部分の体積が増えた。不審に思い右にずれると、緑の部分はそれに合わせるように左にずれた。


「???」


まさかと思い、数歩前方へ走り、川上の方を見た。予想はしたが、いざ事実を目にすると信じられなかった。


「え~…?」


輝の反応からは、彼女が抱いてる感情をよく読み取れなかった。


「やっぱり!」という反応も、「何、これ…?」という反応もできた。両方の反応をしようとして、脳内が混乱した。


透明な緑が浮いてる。


え?は?なんで?


緑色の透明な下敷きが宙に浮いてるようにみえるかと言われるとそうでもなかった。何故なら物体そのものがそこに浮いてるわけではなかったからだ。


『そこの空間が緑に染まってた。』と言った方が正しい。のか、それさえ分からない。


「まさか、これに反応したの?」


輝は自分でもよく分からなくなって、スカイベースに助けを求めた。


『多分そうかもしれないけど…』


夏美の煮え切らない返答がブレスから鳴る。


『その、地面に張り付いてるの、』

「え?浮かんでますよ?」


輝が真横から覗き込んでいるのに対し、スカイベースは輝を見下ろす形でモニタリングしてるため見え方が違った。


それくらい不可解なものだった。


「一体これ何なの?」


輝が近づいても、それの場所が動くことはなかった。どうやら浮いてることだけは確定しているらしい。


輝は目の前まで近づいてそれに触れた。


『一旦待て!』


制止も聞かずに。いや、聞けなかった。古葉が声を挙げた直後にはもう輝の姿は無かった。




「え?」


ばぁああーっと一瞬周りが眩しくなった。と思ったらすぐに元に戻ったと思った。



今度は一面緑色。


まるでさっきまでいたところに薄い緑の絵の具で塗られたような。


そしてさらに驚くことに、輝はいつの間にかセイリュウカイザーに変身していたのである。


「なんだ…これ…」


輝は震えながら自分の手元を見た。そして次に周りを見渡した。確かにさっきまでいた河川敷の橋の下だ。でも今度は一部じゃなくて一面緑。そして自分は変身完了ときてる。


どうやら自分の身体だけは緑色に染まっていないようだった。


そして驚愕はまだ続く。



どかあぁぁぁあん



橋の上からとてつもなく大きな音がした。


「うあああああああ!」


そして叫び声とともに赤髪灼眼の巫女装束の少女が橋の瓦礫を伴って落下してきた。火憐である。


「危ない!」


セイリュウカイザーはその場から高く飛び上がり、火憐を空中で抱きかかえると、そのまま瓦礫が落ちてこないところに着地した。


「危なかった~」


セイリュウカイザーは火憐を下ろしながらふぅっとひといきついた。


「くるぞ!」


火憐はセイリュウカイザーの後方を見るなり目を見開きながらセイリュウカイザーを突き飛ばし、セイリュウカイザーが飛ばされた方向とは逆に飛び退いた。


そして二人がいたところには大きな何かが振り落とされ地面にめり込んだ。


「うわっ!今度はなに…ってでけえ!」


セイリュウカイザーがもといた場所に目をやると、体長が3mはあろうかという巨大な蟹がいた。蟹の甲羅には髭を蓄えた僧侶の顔が張り付いていた。


遙か昔、無人の寺に泊まった僧侶を次々と殺害していった化け蟹『蟹坊主』である。


「両足八足、横行自在にして眼、天を差す…是如何に…」


と言いながら蟹坊主はじりじりとセイリュウカイザーに詰め寄った。


「だめだ!答えるな!」


火憐は立ち上がりながらセイリュウカイザーに向かって叫んだ。


「はぁ?」


セイリュウカイザーは剣を構えて戦闘態勢になりながらも、二人の言葉の意味がわからず首を傾げる。


「お主、答えられなかったな?」


と言った瞬間、蟹坊主はセイリュウカイザーに向けて大きなハサミを振り下ろした。


「危な!」


セイリュウカイザーはすんでのところで飛び上がって回避し、身体を捻りながら蟹坊主の後ろ側へ回り込んだ。後ろなら自分の動きも見えないから奇襲をかけることが出来ると思ったからだ。


「っておわああああ!」


空中で身体を捻ったということは、身体の正面は甲羅の裏側を向いてることになる。初めて背中の顔を見たセイリュウカイザーは驚きのあまり腰を抜かしてしまった。


「逃げても無駄だぁ…」


「ちっ…」


火憐は手榴弾の封縛札を解放し、召喚した手榴弾のピンを抜いて蟹坊主の顔に向けて投げつけた。


着弾した手榴弾は蟹坊主の左目の部分で炸裂して爆煙を上げた。


「逃げるぞ!」


火憐はセイリュウカイザーの手を引っ張り無理矢理立たせて、さっき輝がいた柱の陰に隠れた。


<ぐあああああああああ


遠くから蟹坊主が悶絶してる声が聞こえてくる。


「あれは?」


セイリュウカイザーは他にもいろいろ聞きたいことがあったが、まずは目の前の敵をどうにかしなきゃいけないと思い、蟹の正体を聞いた。


「蟹坊主。相手に質問をさせて、答えられなかった人間を殺す妖怪よ。」


「一方的に襲うの?」


「ええ。何故かは知らないけど。」


火憐は柱の陰からチラッと蟹坊主を見た。


<どこだああああああ絶対に殺してやるううううううう


蟹坊主は興奮してるのか二人を見つけるように身体をぶんぶん回している。


「アレを倒せばいいんだろ?」


「待って!」


セイリュウカイザーは剣を構えて飛びだそうとした。だが、火憐はそれを止めた。


「ただ倒すだけではダメ。ダメージを与えたあと封縛しなければならない。」


「ふ、封縛?」


聞き慣れない単語に、セイリュウカイザーは首を傾げた。


「この札にあいつを封印するの。この時、完全にあいつを殺したりしたら封印できなくなるわ。」


説明しながら火憐はブランクの封縛札を取り出し、セイリュウカイザーに見せた。


「倒さずにダメージを与えるって難しいなぁ~」


セイリュウカイザーは敵を倒す。つまり殺すのを前提に戦っている。なので火憐のつけたこの条件はいささか難しかった。


そしてどうにかしてこの条件を満たせるカードがないかチェックしてみることにした。


とりあえず手持ちにある4枚のカードを取り出す。


電撃の描かれたサンダーのカード

(これはフィニッシュで使うからダメだな。)


蜘蛛の巣が描かれたバインドのカード

(蜘蛛の糸なんてあいつはすぐに切ってしまいそうだな…)


羽が描かれたフライのカード

(今飛んでどうする!)


そして最後の、紺色の縁のカードメモリを手にしたとき、セイリュウカイザーは納得するようにうなずいた。

(これだ!)


「いまから俺があいつの足を止めるから封印してくれ!」


3枚の使わないカードをしまい、セイリュウカイザーは柱の陰から飛び出した。


「ころしてやるううううううううううううう!」


瞬間、蟹とは思えない猛スピードで蟹坊主は突進してきた。怒りを溜めに溜めていたのだろう。


突進の勢いのままハサミをセイリュウカイザーに振り下ろす。


「そんな攻撃簡単に見切れるんだよ!」


セイリュウカイザーは真横に飛び、ハサミを避けた。


前転したあとに体勢を立て直し、バックルに紺色のカードを挿入した。


≪BITE READING≫


電子音が鳴ったのを確認してからセイリュウカイザーは右手と左手を縦に大きく広げて構えた。


「ハアアアアアア…」


その姿はまるで龍の顎だった。


構えた両手にエネルギーが溜まり、龍の顎が形成されていく。


両手が放つオーラは完全に龍の顎そのものだった。


「おらああああああああああ!」


そしてかけ声と同時にその両手をおもいっきり振り下ろした。


それに連動して龍の顎はおもいっきり蟹坊主に噛みついた。


「ぐあああああああああああ!」


蟹坊主は痛みのあまり絶叫した。背中の顔が苦悶の表情を浮かべている。


噛みつかれて蟹坊主は甲羅にヒビが入った。さらに顎はなかなか蟹坊主を離そうとしないので動けない。


ダメージを与え尚且つ殺さない。そして動きを止める。条件は成立した。


「早く!もうすぐ限界が来る!」


セイリュウカイザーが暴れる蟹坊主を押さえながら叫ぶ。蟹坊主を咥えている龍のオーラの端が僅かに霞んできている。


火憐はひとっ飛びで龍の頭の上に乗り、ブランクの封縛札を取り出した。


そして口から僅かにはみ出してるハサミに札を貼り付けた。


「のおおおおおぉぉぉぉぉ…!」


蟹坊主はあっという間に札に吸い込まれていった。


札には鬼の形相の蟹坊主が描かれていた。


封縛完了と同時にセイリュウカイザーの龍の顎も解除された。


火憐も龍の顎から飛び降りた。


「バイトのカードかぁ…。これ強いなぁ。」


セイリュウカイザーはバックルからカードを抜き取りまじまじと眺めていた。


「っじゃなくて、ここは一体何なんだ!」


蟹坊主を撃退してほっとしたのか、ここに来た本題を思い出した。


最初は、空間が一部緑色になってるのを発見しただけだった。それがいつの間にか一面緑の空間になっていて、さらに巫女さんやら妖怪やら現れてもう何がなんだか。


(そういや、彼女は何者なんだろ?)


セイリュウカイザーは火憐の方を見た。何かどこかで見た事あるよな、そんな雰囲気をしていた。


(彼女に聞けば何か分かるかな?でもまずは何を…)


などといろいろ考えを巡らせていると、火憐が近づいてきた。


丁度良かったと思い


「あのさ」と声をかけようとした瞬間、赤髪の巫女は太腿のホルスターからナイフを抜き、セイリュウカイザーの喉に突き立てた。


「お前は、何故戦う…」


「え…?」


※前書きに出てくるスポーツ選手や作家さんは架空の人物で、長野オリンピックでの活躍や著書についてはフィクションになります。

ソチオリンピックに触発されてこのような導入にしたわけではないです。この設定は初期の案からずっとありました。ソチについては始まる直前まで存在にすら気づいてませんでした。

そして更新がかなり遅れてすみませんでした。受験や雑務に追われてなかなかこの作品の執筆に移れませんでした!今度から気をつけます。

両足八足、横行自在にして眼、天を差す…是如何に

この問題の答えは、『蟹坊主』です。諸説ありますが、史実では、古寺に泊まったある僧侶が「お前は蟹だろ」といって杖で甲羅を叩いたところ退治することができたそうです。ここら辺は興味のある方は調べてみてください。

大学も決まったので、次回からはあまり感覚を開けないように頑張ります。感想、意見、ダメ出し、遠慮せずにどんどんお願いします!

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