白いレースのシュシュを選んだ理由
22才夏。
ガールズラブ的な要素を含みます。また、創作上の表現として、リストカットを肯定しています。苦手な方は、ご注意ください。
様式美というやつ。
カッターよりはカミソリだと思ったし、ドレッサーの前よりは浴室の方が本格だ。排水溝に流れる赤い線が見たい。
ひたり、お風呂場のタイルは断熱なんとか、冷たくない。
壁はベージュとグレー、こころのどこも傷つけない色合い。
熱いシャワーの飛沫を浴びながら鏡を見つめる。
髪はだいぶ伸びた。黒く染めた。前髪はまっすぐに切った。
16才の時の彼女に少しでも似てる?
『せっかくだから、ロリータのお洋服でも、着たら?』
黒く染めた私を見て、彼女は言った。
もっと以前に、『×××(私のことだ。彼女は気まぐれに私の呼び名を変える)は茶色い髪の方が似合うよ』と苦笑してたことなんて無かったみたいに。
アドバイスを無視した私を責めたりせずに。ただ楽しそうに笑ってた。
鼻がぶつかりそうな程鏡に近づいて(私はとても目が悪い)。自分の目の中を観察する。
何も読み取れない。
私が何を考えているのかなんて私にはわからない。
彼女もきっと無表情で手首を切ったのだろう。
だから私もそうする。
それでいい。
手首を流水から引き抜いて。
安全カミソリを柔らかい皮膚に沈めて。
私は一体どこまで痛みを我慢できるのか、刃を沈めていく。
引いても、切れない。
沈めたまま、勢いをつけて引くと、少しだけ血がにじんだ。
安全カミソリは、やっぱり安全なんだ。
私は変なところで関心して、でもあきらめなかった。
カミソリの先を立てるようにする。
そうすると、2ミリほどの深さで、傷を刻める。
引っかき傷くらいの線を3本ほど引いたところで、私は疲れてしまった。
今日のところは、これで終わりにしよう。
ささやかな覚悟と緊張が消えて、疲労に代わったようだ。
それでも心は軽かった。
心が痛むときは、体も痛むのがいい。
そうして、ちょうどバランスがとれる。
シャワーを切り上げ、パジャマに着替える。
それから最後に、白いレースのシュシュで傷を隠した。
白いレースに、リストカットの血なんて、とびきり乙女で病的だ。
彼女のイメージによく似合う。
疲れを忘れて、ようやく私は微笑むことができた。
『×××は、黒い服ばかり着るね。白の方が、きっとカワイイのに。』
思い出せる限りの彼女の言葉は、いつも天啓か、呪縛か、睦言めいた響きで私の頭蓋を揺らす。
黒いシュシュを買わなかったことを心から満足した。
これからは、じくじくする痛みと、まぶしく反射する白いレースを伴って彼女のことを思い出せるようになるのだ。
それはなんてよろこばしいことだろう。
「私」はまだ、彼女のことが好き。なんだかどうしようもない。停滞しがちな「私」と彼女の関係は、終わりきっているのかもしれません。