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猫の集会

作者: 泰然自若

 11月3日。


 時間は家を出てくる時に確認して18時を軽く回っていたと記憶している。


 寒い風がその日だけは吹き荒れる事も無く、良い夜の散歩日であった。


 空は月が薄く延びきった雲に隠されて閑静な住宅地の路地は街灯の弱弱しい光がポツリと並ぶ。


 各家からこぼれる団欒の灯火と合わさって、夜道を歩くには問題ない明るさであった。


 その日は、米に始まり、レトルト食品すらも無くなっていた事に気付いてしまったので、仕方なくスーパーへの買出しに向かっていた。


 コンビニエンスストアで弁当を買って手軽に済ますという選択よりも明日が休みなので、スーパーで惣菜などを買わずに材料を買って自炊でもして料理を楽しもうという思惑を持っていた。


 家々から洩れる光と同様に、漂ってくる色々な香りに食欲を刺激されながらも、風が吹かなくともそれなりに寒い秋の夜。時間にして17時から20時の夜ではあるが少し早いかと思える時間帯を歩くのは嫌いじゃなかった。


 一人暮らしだからかもしれないが、他所の家の喧騒が心地良いものに感じられるし、運がよければ綺麗な月と雲の風景を眺めることが出来る。


 決して、そこに風情があるわけではない。


 電信柱がそこかしらに伸びて、電線が多くの家庭に必要な電気を供給しているのだからむしろ見慣れた街の顔であろう。


 それでも、秋から冬にかけての夜道の中でこの路地は好きだった。


 張り詰めていく空気によって、まるで自分自身が研ぎ澄まされていく刃のように思えた。


鋭利でありながらも、その姿は美しくも淘汰された存在に自分がなってしまえる気がした。


そう考えては気分良く、いつも歩き向かう道筋をだらだらと歩いていた。


 車も入ってはこれない道がここには多い。


 一方通行の迷路に規則正しい外堀のような家々の内に入れば、そこはまさしく迷路と呼べるにふさわしいと思っている。


 今でも、知らない道に誤って、もしくは好奇心に揺り動かされて進んでは、まだ見ぬ世界を拝む事が出来るのだ。


 小説の主人公になったつもりで、知らぬ異世界を歩き回るという妄想に心を何度も満たされたものである。


 四季によって家々を覆う草花もその姿を変える光景は、同じ顔を見せる事がないからこそに美しい。


 だからこそ、道を歩くのは楽しいのである。


 決して、夜道だけが好きという訳でもないのだ。


 歩く細い路地には扉が多く壁のように家々が立ち並ぶ。


 昼間はそこからの出入りもあるかもしれないし、その開閉を邪魔に感じることもあるかもしれないが、今は夜で皆は家族で食事をしていることだろう。


 道の果てに眼をやれば後50mも進めば自動車が目まぐるしく往来する道路に繋がっている。

そこを右手に折れればもう、スーパーが見えてくる。


 走り去る自動車の騒音が微かに耳に入ってきてはくすぐっていく。


 自転車でスーパーへ行くのならば5分ほどの時間で到着する事が出来るだろうか。


 急ぐときは勿論そうした乗り物を利用するが、今ほどゆっくり歩いている事はそう無いと思えるほどに、踵からアスファルトを踏みしめ歩いていた。


 この路地の中腹にはぽっかりと開けた空間が存在している。


 スーパーへの行き先からして左手に広い空き地としてあるのだ。


 その脇には小さな祠と鳥居があり、何かを申し訳ない程度に祀っていた。


 そこはずっと前から空き地となっているようであったが、砂利が綺麗に敷き詰められて、近所の爺婆が暇な時にでも草むしりを行うほどの手入れをされている。


 優遇された土地であった事を知っていた。


 地元の人にしか判らない信仰があるのだろうと思い、いつもなら何食わぬ顔で通り過ぎるのだが、今夜だけはそうも行かなかった。


 黒、茶、白、三毛、サビ、キジ。


 名前も知らないような猫に多用な色の組み合わせの猫が一、二、三……十一匹もの数が空き地で集まっていたのだ。


 奇妙な現場に出くわしたと思いながらも、そうそう出会える事もできない猫の集会ゆえに妙な心の躍動と興奮を感じた。


 猫の邪魔にならぬように路地から不動を保って観察するに、猫たちはこちらに気付いているようである。


 輪を作っているわけでもなく、数匹がじゃれ合っていたりしているだけだったのだが、奥に居た黒猫がこちらを一瞥し「にゃお」と一鳴きすると猫たちが綺麗にこちらを見つめてきたのである。


 背筋が凍るほど、統率が取れた一連の動作に、軍隊じみていると素直な感想を抱いてしまうほどだ。


 逃げ出そうにも、突然動いては逆に猫たちも驚くだろうと思い、刺激しないようにそのままの状態で沈黙を守っていると猫たちは飽きたように、一匹、また一匹と視線を戻し、じゃれ始めたのである。


 一先ずは、猫たちに害になる人間ではないと判断されたことに安堵のため息を漏らしてしまう。


 今となっては、先ほど感じていた食欲もなりを潜めてしまっていた。


 どうにも不思議な光景であった。


 薄明かりの中でも、はっきりと異国の猫であろう長い長い体毛を持つ猫から、何処にでも居るような毎日近所から餌を貰っていると思われる野良の三毛猫まで様々な種類がいる。


 始めは特に奇妙とは思わなかったのだが、全体を見ると首を傾げては、これはこれはと感心する。


 この空き地に集った猫一同、どれも同じ種であろう猫同士が集まっている事に気付いたのだ。


 奇妙ではあるが、猫の集会と言われているほどなのだから、これはまさに今、会議でも行われているのではないかと思い至る。


 途端に、興奮し傍聴者という立場であるという気分になってきたのだ。


 これは、神妙にするのが一番ではないかと思い、静かにその場へと座り込んだ。


 猫たちはそんな行為を見るわけでもなく、寝そべったり毛づくろいを行っていたのだが、黒猫がまた「にゃお」と言うと猫たちは、黒猫を見つめたのであった。


 黒猫は凛々しい顔つきをしているようであった。


 生憎とこちらから一番奥にいるのでその黒い体毛ゆえに闇に紛れていてしまっている。


 それでも、光る二つの眼だけはしっかりと見る事ができ、あの黒猫がさしずめ議長様であると理解した。


 猫たちはにゃあにゃあ鳴く訳では無いが、それでも先ほどのようにじゃれあっている猫は一匹も居なかった。


 人間に解らないように会話をしているかもしれない。


 猫の集会からこちらまでは5mは離れているだろうし、そもそも常識に捕らわれてはこの集会を傍聴している意味は無いのかもしれないと思ってしまった。


 議題は何であろうか。


 そう勝手に考え始めてみると、近所の婆が最近、亡くなったのを思い出す。


 あの婆は大層に元気で日課として外へ出て散歩する91歳であった。


 思えば、あの婆は良く猫に餌を与えていた。


 そう考えてみれば、餌を与えてくれた心優しき老婆が突然、死んでしまった。


 さて、餌をどうするか。などといった話し合いではないかと考えてみる。


 その考えを他所に、猫たちがにゃあと鳴き出した。


 小さい声で、まさしく息を殺すかのような鳴き声が、どこか悲しくも耳に流れて来ては、きっと婆の死を悲しんでいるに違いないと思えてきた。


 そうこうしている内に、猫たちは話がまとまったようで一匹、また一匹とこちらを見つめては塀を登ってそのまま消え、屋根まで上っては消えていった。


 そうして、最後にあの黒猫だけが空き地に残されてはこちらを見つめていたのである。


 さて、どうするべきかと思いを巡らせると、黒猫がおもむろにこちらへ近寄ってきた。


 不用意に動くべきではないが、その黒猫がとてつもなく不気味で大きく見えたので、思わず禹逃げ出しそうに身体が僅かに揺れ動いてしまった。


 猫の一匹に怯えてしまっては面目も潰れてしまうと勝手ながらも思い、きっと黒いから闇夜に紛れて大きく見えるからだと言い聞かせていた。


 黒猫は目の前まで来るとこちらの事などまるで存在すらしていないかのように、一瞥もせずにそのまま、左手に進路をとって路地の闇に消えてしまった。


 暫くの間は呆けてしまったのだが、本来の目的を思い出して、足腰についている砂利などを手で払い落とすと進路を右手にとって路地を歩み始める。


 一体、何についての集会だったのかは解らないが、きっと答えは出たのだろう。


 婆の葬式の日。


 一匹の黒い猫が婆の家の軒でずっと寝転んでは「にゃあ」と鳴いていたという事を後日に聞かされた。


 あれ以来、あの場を何度となく、同じ時間に通り過ぎようと猫の集会に出くわすことは二度無く、あの黒猫とも出会う事は無かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫で小説作るのは珍しいですね。 [気になる点] 会話がない場合、すべた改行した方がいい気がします。 [一言] これからも楽しみにしてます。
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