エピローグ:新御堂筋の微風(そよかぜ)
エピローグ:新御堂筋の微風
スカイビルの激闘から数週間。
大阪には、何事もなかったかのように「時速60キロ」の平穏が戻っていた。
「……本線、車両ID:OSK-3392。速度81キロを検知。……精算を開始します」
新御堂筋の側道。最新型AIドローン『ハヤブサII』が捉えた映像を、パトカーのモニターで確認しながら、佐藤健太郎は慣れた手つきで赤色灯を回した。
サイレンの音が、ビルの谷間に心地よく響く。
「……あーあ。せっかくいい天気なのに、また精算かよ」
佐藤はパトカーを路肩に止め、ターゲットの白い軽自動車に歩み寄った。
運転席から出てきたのは、都会の喧騒には少し不釣り合いな、柔らかい雰囲気を持った二十代半ばの女性だった。
「……ごめんなさい……。あの、急いどったもんで……道もよう分からんで……」
少し聞き慣れない、東北地方の温かい訛り。
彼女は困り果てたように、潤んだ瞳で佐藤を見上げた。
「……21キロオーバーです、お姉さん。……大阪のAIは、訛りじゃ許してくれないんですよ。……ほら、ここに指紋を。……ルールは、ルールですからね」
佐藤は努めて厳格な声を出すが、その鼻の下は、自分でも制御不能なほどに伸びきっていた。
町田由美がインカム越しに冷たく突っ込む。
『……佐藤巡査長。心拍数が急上昇しています。AIが「職務中の動揺」としてログに残していますよ。……鼻の下、畳んでください』
「……う、うるせえな! 精算中だ!」
佐藤は照れ隠しに端末を操作し、反則金の処理を終えた。
女性は「お世話かけました……」と小さく頭を下げ、車に戻ろうとした。
だが、彼女はふと思い出したように足を止め、バッグから一枚のショップカードを取り出して佐藤に手渡した。
「……これ、私が来週から始めるカフェの名刺です。……あの、道教えてもらったお礼に……コーヒー、一杯サービスしますから」
そこには、手書きの電話番号が添えられていた。
佐藤は固まった。
ハヤブサIIが空からその様子を克明に記録し、イザナギのサーバーには「未知の非公認コミュニケーション」としてデータが蓄積されていく。
「……あ、ああ。……気が向いたらな。……安全運転、頼みますよ」
軽自動車が走り去るのを、佐藤はいつまでも、デレデレとした顔で見送っていた。
ウエスティンの新庁舎から、サミエルの呆れた声が無線に流れる。
『……佐藤。……精算完了なら、さっさと巡回に戻れ。……そのカフェの場所、俺にも共有しておけよ』
『……管理官まで、何言ってるんですか!』
由美の怒鳴り声と、ハルエの笑い声、そしてノックさんの「ええやん、ええやん!」という天の声が、新御堂筋の青空に溶けていく。
AIが管理し、人間がそれ以上に「人間」を謳歌する街。
2031年、大阪。
今日も、騒がしくも美しい「精算」の時間が流れていた。
おわり。




