第8話「声優同士が暮らすって楽でもあるけど、苦しくもある」
「俺も打ち上げに呼んでもらえるくらい仕事したい……」
「真面目だね」
俺のことを褒めているようで、肩をゆったりと下げて、どうでもよさそうな態度をとる大翔。
「だって、こういうところでコネは生まれるんじゃん!」
「俺は打ち上げに参加するくらいなら、その分、仕事をしたい」
大翔は十色さんが作ったおにぎりを口に含みながら、何かの台本を読み進めていく。
食べ物を口にしながらも、こうしてきちんと会話もしている。更に台本を読み込む作業にも手を抜かない。彼の頭の中は、今日も休み知らず。
「大翔と共演できるようになりたいなー……」
「あはは、気持ち悪いけど、そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
食事中に仕事をするのは行儀が悪いって言う人もいるだろうけど、大翔からすれば食べ物を口にする時間すら惜しいということ。
「いつ仕事がなくなっても可笑しくない世界だからね」
大翔にとっては台本を読むことを休んでまで、食事をする必要はないということなのだと思う。
だけど、休まなかったら休まないでいずれ体は使い物にならなくなってしまう。
食事をしなかったらしなかったで、生きていくことさえできなくなる。
必要最低限だけ休んで、あとは延々と芝居のことを考えていたい。同い年の彼は出会ったときから、そんな姿勢を崩さない。
「声優志望者の多さには驚かされるよなー……本当に……」
「和くんの影が薄くなっていくねぇ」
俺の思考が暗くなっていきそうになると、十色さんが明るい声を発して俺のことを元気づけようとしてくれる。
「ひま咲かの主人公とヒロインを託したいのに、そんなんだと託せるものも託せなくなるんだけど」
「嘘っ! ひま咲かって、あのひま咲か?」
エロゲーを中心に活躍している十色さんは、まるで宝物を発見したときのように輝きに満ちた表情で関心を示してきた。
「和生くんが主人公のボイスと、笹田さんが産休の方の代理を務めるって発表があったんですよ」
「あー……それはちょっと荷が重いわねぇ」
大翔が振ってきた話題に十色さんが乗っかると、恐らく話は留まることを知らなくなる。
俺は笹田結奈さんに関わる話をなるべく避けたいけれど、この二人はまるで俺の元恋心すべてを悟っているかのように会話を進めていく。
「森村荘からカップルが誕生かぁ」
「十色さん、違います……。音声ドラマの仕事です……」
あー、ヤバい。
十色さんがからかっているって分かっていても、そのからかいの材料となっているすべてが嬉しすぎる。
笹田結奈さんへの元恋心を悟られてはいけない状況だというのに、顔が自然と綻んでいきそうで非常に困る。
「主人公役を新人声優にしたんだねぇ」
「新人声優が主人公の音声ドラマなんて、どこに需要があるって感じですけどね」
大翔が酷いことを言っているかのように感じる、この場面。
だけど、俺は落ち込むことも何することもなく、淡々と現実を受け入れた。
「だよなー……。下手くそだって叩かれるのがオチだよなー……」
「収録はまだなんでしょ? 大丈夫、希望はあると思うよぉ」
十色さんが一生懸命励ましてくれるけれど、人気作品の主人公を務めるのが俺って時点で世間がどう騒いでいるか想像ができてしまう。
それくらい、大人気作品の『ひま咲か』に、自分は出演することになったということ。
「俺は、俺に与えられた役の人生をまっとうするだけ……」
アイドル業界を舞台にしたゲームが大量生産されている昨今、キャラクターの数だけ新人声優がいると言っても過言ではないくらい新人声優戦国時代。
「ひま咲かユーザーのみなさんの信頼を裏切らない芝居……頑張ってきます」
出演しているアイドルゲームくらいしか仕事がないのに、芝居が上手くなるはずもない。芝居の経験値が上昇するわけがない。
そんな人たちで溢れ返っている若手声優業界だから、世間の誰もが、新人声優には期待をしていない。
「あー、もう! 和くんはかっこいいなぁー! 将来有望の和くんが主人公をやれば、ひま咲かは安泰だよぉ~」
笹田結奈を見返すために、声の役者を続けるって決めた。
いつまでも作品を支持してくれている方々の期待を裏切っていたら、俺は声優業界に必要とされなくなってしまう。
だから、一日でも早く信頼というものを勝ち取りにいかないといけない。
「ひま咲かは神ゲーよねぇ」
作品を受け取る側の人間は、スタッフの人たちがどれだけの時間を費やして作品を製作したかってことは一切知らない。
出演者や製作側が、ひま咲かという作品にどれだけのものを注ぎ込んできたかなんて知るはずもない。
「全年齢の移植版ですら、ギャルゲー界の国宝って言われていますね」
そういう陰の努力を知られないように、陰で頑張ってます感を隠しきって、作品を提供することがプロの仕事だと思っている。
作品を受け取ってくれる人たちには、そういう製作云々の過程はいらない。
この作品にどれだけの愛情を注いで、どれだけの時間をかけて製作しましたとか言っても、作品を受け取る側が駄作と判断すればそれまで。
ただ純粋に、作品を楽しんでもらえるかどうかが勝負の世界。
「久々にキターって感じよねぇ」
こんなに努力したのに、こんなに時間を注ぎ込んだのに、世間の評価はこんなものか。
こっちはこんなに努力したんだぞ。こんなに時間を費やしたんだぞ。
そんなのはすべて、言い訳にしかならない。
作品を通して満足できたかできないか。
俺たちが生計を立てている世界は、そういう世界。
(そんなに評価が高い作品の主人公役……か……)
全年齢対象の作品しか出演していない、大翔までもがプレイ済みのひま咲か。
人生で初めていただいた指名の仕事が、こんなにも世の中の人々を魅了している作品だってことを実感させられる。
「だからこそ……」
「そうよねぇ」
全員が全員、無言になった。
さっきまでの話の盛り上がりはどこにいったと思うけど、誰もが次に提供すべき話題を理解しているからこそ全員が黙り込んだのだと思う。
大翔なんて、もう完全にアウェイな世界へ思考を切り替えている。
ひま咲かに話題を誘導したのは大翔じゃなかっただろうか。




