第7話「現役声優が暮らす森村荘」
「お疲れ様です」
森村荘の住人専用リビングキッチンへと向かうと、食器が触れ合う音が聞こえてくる。
「おかえりぃ、和くん」
リビングに足を踏み入れると、小針事務所所属の女性声優新堂十色さんが夜食の準備をしてくれていた。
「和くんは、お茶漬け食べる?」
「いただきたいのですが……笹田さんのお夜食を先に作らせてください」
「は~い」
十色さんはグラビアモデルかって思わせるくらいプロポーション抜群なお姉様で、十八歳以上がプレイできるゲームの業界を中心に活躍中。
夜食の準備してもらっていること自体が、なんだか特別感のある贅沢を経験しているような気さえしてきてしまう。
「また泣いてたの、笹田さん」
黒髪の癖っ毛に黒縁の眼鏡、おまけに物凄い猫背が特徴的なアテンドプロモーション所属の東明大翔。
「今日も素晴らしい作品に巡り合えて、スタジオで大号泣してきたらしい」
「へえ……」」
見た目だけは人気声優とは程遠い位置にいるけれど、俺と同い年にして既にアニメ作品の主人公を何度も経験している売れっ子声優。
ただ、事務所の方針なのかなんなのか、大翔は作品関連のイベントには出席しないことが多い。
「俺も、大翔みたいな生き方したかった……」
「何?」
声優の笹田結奈さんに恋をしていた、高校一年のときの自分を思い起こすような外見と容姿をしている大翔。
「なんで、その見た目で仕事が入るんだよー……」
「芝居が上手いから?」
「その言葉に、返す言葉もないんだけど……」
最短ルートで声優を目指すには、どうしたらいいか。
新人声優業界を研究しまくって、自分の容姿と近しい人物がいるのなら自分が変わらなきゃいけないと思った。
大翔は同い年の高校三年といっても、先にデビューしている先輩声優であることに変わりはない。
似たり寄ったりの容姿の新人男性声優は二人もいらないと判断した俺は、垢抜けるという言葉通りの人生を歩み始めた。
「あー……髪染めるの、面倒……」
よほど奇抜な髪色でなければ、髪を染めることを許可してくれている高校に通っているのは助かった。
そのおかげで、笹田さんには俺が《《あなたに恋していたオタク》》だと気づかれていない。
けど、お洒落に無縁な生活を送ってきた俺からすると、髪の色を維持するってだけでも苦労を伴うことに溜め息を漏らす。
「今から、白髪染めの練習だと思ったら?」
「俺は、白髪が似合うお年寄りになりたいと思うよ」
辛辣な言葉を口にしながら、大翔は手にしている台本に夢中になっている。
なんの作品かなぁとか覗き込みたい気持ちはあっても、守秘義務が関わってくる仕事のため、好奇心を必死に抑え込んだ。
「もっと仕事したい……」
「和生くんは新人の中でも、仕事多い方でしょ」
「もっと仕事がしたいんだって! 稼ぎたい! 有名になりたい!」
同い年の大翔はメイン級の役を次々に獲得していて、アニメ・声優ファンの間で彼の知名度はぐんぐん上昇中。
人前に出なくても信頼を勝ち取っている大翔の演技力に憧れを抱いたところで、欲しい表現力は手に入らない。
「和くんみたいにお金を稼ぎたいって宣言できる新人くんも、なかなか貴重だとは思うけどねぇ」
「それ、表に出るときには、絶対口に出しちゃいけないやつですよね……」
「あら? 稼ぎたいって気持ちから共感を得るパターンを、和くんが見出してみたらどうかなぁ」
「他人事のような返し、ありがとうございます」
パンケーキを作りながら、リビングで台本を読み込んでいる大翔と十色さんを少しだけ視界に入れる。
(今は現役高校生ってところが珍しいかもだけど……)
現役高校生声優も、あと数か月で終わりを迎える。
若さだけでは食べていけないってことを見据えているからこそ、ほんの少し苦しくなる。
もっと希望を持った生き方をしたいけど、自分は自分に希望を与える側の人間になれないから辛い。
「初めての食事会デビューはどうだった?」
夜食の準備を放り投げてしまった十色さんに代わって、ダイニングテーブルの上にお茶漬けやおにぎりを並べる。
大翔はおにぎりが出てくるのを待っていたらしく、俺に話題を振るのと同時におにぎりの乗っていた皿へと手を伸ばした。
「楽しかったけど……疲れた。正直」
「それにしては上機嫌って感じの顔だよ、和生くん」
笹田さんの相手役を担当することなんて一旦は端に置いておきたい話題のはずなのに、喜びの感情を隠せなくなってしまっている自分にがっかりする。
失恋相手の恋人役を担当で着て嬉しいとか、そんなことを思うなんて異常だ。
「そんなに俺って、顔に出やすい?」
「和生くんは、多分素直なんだと思うよ」
「ありがとう?」
「なんで疑問系」
こじれてしまった関係を修復したいと思っていたって、一度こじれてしまったものなんて修復しない方がいいに決まっている。
「和生くんは声優なんだから、感情表現豊かな方が得じゃない?」
「楽しんでるだろ?」
「いやー、森村荘に住んでいるとネタが尽きなくていいよねー」
「大翔! ネタにすんなよ! 頼むから!」
俺が笹田結奈さんと知り合いという関係に発展できたことに喜びを感じていたって、肝心の笹田さんは俺のことは一切覚えていない。
笹田結奈さんを見返すための気力が生まれてくるのはいいけど、いつか気持ち悪いの再来が起きてしまったらってことを考えると、さすがの俺でも怖くなってくる。
「先輩の女性声優さんたちと、あんなハプニングやこんなハプニングがあったりしたら教えてほしいな~」
「俺なんかより、大翔の方が打ち上げとかの経験回数が多いだろ」
「俺、そういう場では大きな猫をかぶっているから」
自分で自分のことを猫かぶりだと自覚しているってところは、ある意味かっこいい生き方をしているのかもしれない。
世渡り上手というか、この業界で食べていくための知恵というか。




