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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第1章「あのとき恋をした声優が、今では俺の先輩声優です」
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第4話「黒歴史を作った元想い人は、なぜか俺に優しくしてきます」

(なんで、俺の気持ちを揺さぶるんだろ)


 二年前に受けた傷なんて、声優とファンという関係性の中で受けた傷に過ぎない。

 失恋と呼べるほど立派な経験ではないけど、これはもう両想いだろって思い込んだ相手からの()()()()()という言葉。

 未だに思い返すだけで、心がきしきしと痛み出す。


(もしかして笹田さん、わざとやってるのかも)


 実は俺の正体に気づいていて、笹田結奈さんも俺に対しての復讐を目論んでいるのかもしれない。

 炎上きっかけになったオタクへの復讐。確信犯。

 それなら、彼女の行動すべてに納得できる。


(絶対に、笹田さんを見返せるような人気声優になる)


 慣れない仕事と学業の両立が睡眠不足を招いて、ちょっと感傷的になってしまっただけのこと。


(人気声優になって、笹田結奈さんよりも稼ぎまくる)


 そして、あのとき()()()()()と暴言を吐かれたオタクは、笹田さんより稼ぎのある声優になったんだって、彼女を見返してみせる。


「コネ作ったら、笹田さんの出演本数、超えられます?」


 声優の仕事を通して、彼女の収入を超えてみせる。

 そう意気込んで声優業界に飛び込んだはずだけど、現実は三年も先に活躍している笹田結奈さんの収入を越えるっていうのは想像以上に厳しいと気づかされる。


「超えてみせて」

「簡単に言わないでくださいよ……」


 女性声優業界は新人が入る余地があるのに、男性声優はいつまで経っても新人が現れないってことを言われたりもする。

 それだけ現役で活躍している男性声優たちが、新人の仕事を奪いに来るほど大きな強敵として立ちはだかる。


(笹田さん、来年の春、どれくらい仕事あるんだろ)


頼りない足取りの男を部屋の前へと座らせ、やっと自分の肩が重みから解放される。


「中に人、います?」


 平生を装いながら、襖向こうに誰かがいるか確認する。


「うん。あ、ここまで運んでもらえたら大丈夫。あとは私たちの責任だから」


 笹田結奈さんは、いっつも笑みを絶やさない女性だった。

 そこが、可愛いわけですけど。

 そこに、惚れ込んだわけですけど。


「あ、そうだ! 和生くん」


 俺の正体を知っていても知らなくても、こんなにも可愛らしい笑みを向けてくれるなんて反則だと思う。

 元笹田結奈オタクから言わせてもらうと、彼女から笑顔を向けられただけで心が大きな喜びを咲かせていくから困り果ててしまう。


「どうかしました?」


 襖の横に男を寝そべらせると、笹田結奈さんは満面の笑みを浮かべて俺を見ていた。

 そんなに嬉しいことがありましたかと尋ねたくなるくらい綺麗な笑顔で、元想い人だったということを加味したとしても、彼女の笑顔は驚くほど美しい。


「今、放送してる『REV(レヴ)』のトーヤ役! 今週の回、とても素敵だったよ」


 艶やかな顔で、にっこりと笑ってくれる彼女の表情。

 俺の実績を、自分のことのように喜んでくれる彼女の声に泣きたくなる


「『四月坂の君』に出演していたときは、和生くんだって分からなくて……」


 神様って奴は、神様って存在は、本気の本気で意地悪だと思う。


「あ、『クライシスムーン』のレスティ役! 期待してるからねっ」


 笹田結奈さんの口からは、俺が携わらせてもらった作品の名前が次々に出てくる。


(本当、もう、その口を閉じてほしい……)


 これ以上、俺を喜ばせるなんて、最高の復讐方法だと思う。


「この間、雑誌で発表あったよね? 春の新番組! 和生くんの名前が二番目にあって、スゴク嬉しくなっちゃった!」


 第一線で活躍してきた笹田さんは、声優という職業を選んだ自分にとっては憧れの存在。

 先輩からの言葉を素直に受け取れば心が温まるのに、心の奥底で過去に受けた傷が引っかかる。


(俺がファンのままだったら、こんなにも綺麗に笑ってくれない)


 自分は、理想通りに口角を上げることができているか。

 眉をひそめたりしていないかってことばかりが気になって、ほんの少し視線が店の床へと向く。


「和生くんの名前を見かける機会が増えて、森村荘の同期としてはものすごく嬉しいの」

「……たかが入居日が一緒ってだけですよ」

「偶然が重なるって、すごいと思わない?」


 その問いに対して、ことばを蒼真は返すことができなかった。

 自分の中にある不安みたいなものが、笹田さんの言葉を素直に受け取ることを拒んでしまう。


「ゆいなちー、大丈夫ー?」


 天からの助けは、この泥酔している男性ではなかった。

 襖を開けて、部屋の中から廊下の様子を窺う女性。

 この人こそ、俺を助けてくれた女神様。


「俺、もう行きます。荷物持ってくれて、ありがとうございました」


 笹田結奈さんから解放されるべく、俺はここから立ち去ろうとした。

 こっちもこっちで、炭酸で酔い潰れた先輩たちが待っている。


「ああ! 本田坂和生(ほんださきずき)くんじゃないですか!」


不意に声をかけられ、足が止まった。


「え、あ、はい」


 廊下の様子を覗きに来てくれた女性は、顔見知りだっただろうか。

 早くこの場を立ち去りたいという気持ちから、その女性の顔を確認しなかった。

 俺の名前を知っているってことは、もしかすると知り合いだったのかもしれない。


「すみません、俺どこでお会いしたか覚えていなくて」

「あ、お会いするのは初めてですよー」


 アイドル声優を思い起こすような可愛らしい特徴的な声をしていても、どこの誰かは存じ上げず。

 大きな薄い桃色のリボンで髪をまとめているその女性は、ぱっちりした瞳で俺を見た。


(きら)カノの原作じゃなくて、イラストの方を担当している甘塚陽菜里(あまつかひなり)ですっ!」


 嫌カノ。

 嫌いなカノジョを好きになる三つの法則。

 ライトノベルが原作のそのアニメに、俺はモブキャラクターの声で参加させてもらっている。

 原作者の先生はスタジオに来たことあるけど、イラストレーターの方にお会いするのは初めてだった。

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