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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第3章「新人声優、初めて主人公を任された現場で」
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3話「恋に落ちなければ、素直に先輩声優の優しさを受け取ることができたかもしれない」

「体は動かしてみた? 大きな声出してみた?」

笹田(ささだ)さんが来てくれたので、ちょっと落ち着きました」


 笹田結奈(ささだゆいな)が大嫌いと叫んだばかりなのに、大嫌いな相手がこんなにも優しくしてくれるという展開を迎える。

 あり得ない。

 だけど、これは現実。


「付き合ってくれて、本当にありがとうございます」

「遠慮しないの。和生(かずき)くんは一緒の作品に出演する仲間でしょ」

「……ありがとうございます。凄く助けられてます」


 そう言って、笹田さんはミネラルウォーターの入ったペットボトルを俺に差し出してくれる。


「本当はね、和生くんが水嫌いなのは知っているんだけど……」

「いや、めちゃくちゃ嬉しいです」


 俺のことを()()()()()と称した笹田結奈さんが、後輩声優()の好き嫌いに関する情報を知っている。

 数年前まではファンと声優って関係で、俺のことなんて眼中にも入れてもらえない。

 そんな環境を生きてきたはずだったのに、今では同業者同士なんて、あり得ない。

 だけど、これも現実。


「私も水って……美味しくないと思う」

「笹田さんも、ですか?」

「メーカーさんが工夫してくれているおかげで、随分救いの多い世の中になったとは思うけど」

「好んでは飲まない」


 一言一句違えることなく、二人で同じことを言葉にする。

 一言一句違えることなくってところに奇跡的なものを感じたせいか、二人で一緒に笑った。

 綺麗な笑顔で人を魅了できる笹田さんは凄く素敵な先輩で、俺が声優ではなく声優のファンって立場だったら再び惚れ直していると思う。


(俺も、あんな風に笑うことができたらなー……)


 いつも笑っているよねって言われることはあるけど、俺の笑顔ってものは恐らくぎこちない。

 笹田さんの輝きある笑顔とは違って、俺の笑顔は多分きっと錆びついてしまっている。


「少しは落ち着いた?」

「……はい」


 俺に与えられた、声優の俺に与えられた使命を思い出す。

 キャラクターの人生を生きる。

 自分の中の覚悟が崩れないように、俺は何度も何度も自分に言い聞かせる。


「難しい世界だと思う。声だけで、作品を作り上げるって」

「……難しすぎます」

「ふふふ、凄いよね。プロの声優さんたちは」


 自分は住む世界が違う、みたいな言い方をしないでほしい。

 笹田さんはそんなつもりないのかもしれないけれど、俺は笹田さん自身が世界の線引きをしているようでならない。


(自分はもうプロの領域には戻れないみたいな言い方しなくても……)


 過去に、笹田結奈を炎上させた。

 そんな過去の出来事は、俺の心臓を傷つけるために再登場。

 心臓というよりは、良心っていうのかもしれないけど……。


「俺も、笹田さんと同じ舞台に立ちたいです」


 同じ、声優って職業で食べていっている同士だから。

 生きる世界が違うような言い方、しないでほしい。


「俺が尊敬している笹田結奈像を、これからも追いかけさせてください」


 言葉選びのセンスとか、そういうのはぶっちゃけ良いとは言い切れない。

 だけど、笹田結奈さんに伝えたい言葉がある。気持ちがある。

 笹田さんからすればまだまだの俺だとしても、諦めないで伝えたいことがある。


「……言っている意味……伝わってますか?」

「さあ……どうかな」


 意地悪そうに口を歪めているのに、笹田さんの笑顔は凄く美しかった。

 彼女の存在が、今の自分の世界もも過去の自分の世界も彩っていくのを感じる。


「ですよね! すみません、なんかもっと自分の気持ちを上手く表す言葉が見つかれば良かったんですけど……」


 伝えたい。伝えたい。難しいけれど、伝えたい。

 もっと語彙力とかがあったら良かったのか。

 もっと経験豊富な人間関係を築いていれば良かったのか。

 そんな後悔ばかりが頭を過ぎるけど、こればっかりはどうしようもない。


「和生くんは」

「本当にごめんなさい! 意味分からないこと言いました!」

「凄く優しい」


 年上相手に気を遣わせるとか、もう最悪だ。

 声優業界で考えるのなら笹田結奈さんは先輩で、先輩に励まされる後輩って構図は分からなくもない。

 けど、自分が理想としていた方向に物事が進ませることができなかった自分にはかなりがっかりしてしまう。


「炎上声優と仲良くしてくれる人は、とっても優しいと思うの」


 ただのファンをやっていた俺には、考えられないほどの優しさを笹田結奈さんに注いでもらっている。

 それなのに、俺が声優笹田結奈さんにできることなんて限られている。


(それが、悔しい……)


 彼女を炎上させて、彼女の人生を変えるほどのことをしたっていうのに、俺は今日も先輩声優笹田結奈さんに助けてもらってばかり。


「ほら、笑顔、笑顔。笑って、和生くん」


 笹田さんどころか、仕事場にいかにも落ち込んでいますなんて顔を持ちこめるわけがない。

 心配してもらえるのはありがたいことだけど、俺は笹田さんに心配してもらうために仕事に行くわけではない。


「私への励ましなんて、あと数年早いんだから」


 笹田結奈さんという女性(ひと)は、どうしてここまで自分のことを大切に扱うことができないのかなって思う。

 自分のことはどうでもいい、他人のことを優先できればそれでいい。

 そういう考えはそういう考えで凄く素敵だとは思うけど、もっと自分のことを大切にしてほしい。


「本気の和生くんなら、大丈夫」


 笹田さんは、人に話を聞いてもらうための術を知っているんだと思う。

 私は絶対にあなたの味方だよって言っているような気がする笹田さんの喋り方と、自分が発する言葉への想いの込め方を俺は見習いたい。


「あなたの仕事には、ちゃんと愛がこもっているから大丈夫」


 愛。

 愛。

 愛。

 声優という職業に関わるようになってから、この言葉をよく耳にする。

 愛という言葉と接しているうちに、だんだんと意味のようなものは理解できるようになった。

 でも、自分が愛を持った行動をできるかって言われたら自信が持てない。


「愛って言葉を使うと、ちょっと重すぎちゃうのかもしれないけど」


 自分の芝居に愛が籠もっているって自信を持たなきゃいけないのは分かっているけど、頭で理解するのと実際に行動へ移すのとでは訳が違う。


「和生くんの中で、大切な人とか、大切なものとか、譲りたくないものとか、譲れないものとか……そういうものに思い当たるものがあれば、それは愛だから。その愛を持って、和生くんの元に巡ってきた作品を大切にしてね」


 笹田結奈さんは、いつだって抜群の笑顔で俺たちを元気づけてくれる。


「これからの声優人生、楽しいことがいっぱいだといいよね」


 世間を大炎上させた笹田結奈さんは、今ではこんなにも綺麗な笑みを浮かべられるようになっていた。

 また俺のことを(とりこ)にしてしまいそうな優しさをくれるものだから、意地でも仕事をやり遂げてみせたいって気力が湧いてくる。


「俺……!」

「うん」


 笹田結奈さん。

 あのとき()()()()()と言った奴に対して、励ましを与えてみてどうでした?

 笹田さんは、きっと何も感じていないと思う。

 それなのに今の俺は、それはもう特大すぎるくらい大きな勇気をもらうことができた。


「スタジオに戻ります!」


 俺は笹田結奈さんの仕事量を超えるってことで頭がいっぱいなのに、笹田結奈さんは抱えている仕事プラスたった数分程度で後輩をこんなにも元気にさせてしまう。

 あのとき俺を傷つけたあなたにこんなにも助けてもらったら、俺が笹田結奈を見返すために頑張っている毎日はなんだったんだって思う。

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