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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第1章「あのとき恋をした声優が、今では俺の先輩声優です」
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第2話「現役高校生、声優やってます」

「え……?」


 勢いに任せて言葉を紡ぎ出そうと必死になっていたはずなのに、俺の勇気は一気に萎んでしまった。

 俺は最後まで言い切ることができなかった言葉を口の中へと押し込んで、呆然と立ち尽くす。

 そんな俺の異変に気づいた笹田さんは、ようやく自分がどういった過ちを犯したのか自覚したらしい。


「っ!」


 自分が、何を口にしたのかを自覚したときの笹田結奈さん。

 言葉を発することなく、その場に突っ立ったままの俺。

 微妙な空気が流れていたところに手を差し伸べてくれたのは、会場のスタッフでもなんでもなかった。 

 あのときの俺たち……あのときの笹田結奈さんを地獄に突き落としたのは、俺の背後に並んでいたオタク。俺の次に、笹田結奈さんからサインを貰う予定だった男。


「笹田結奈、サイン会場で暴言……」


 彼の呟きは、一瞬にして拡散された。

 そして、名も知らぬ彼の呟きは笹田結奈を炎上させるきっかけとなった。

 人気声優の座に昇りつつあった笹田結奈を、一瞬にして人気声優街道から突き落とした。


「おーい、本田坂(ほんださか)くーん」


 昼下がりの陽が、窓辺のグラスに反射して煌いている。

それを綺麗だなぁなんて、ぼんやりとしていたところに声がかかる。


「ちゃんと楽しんでるー?」

「もちろんです!」


 声優の笹田結奈(ささだゆいな)が起こした炎上事件。

 彼女に恋をしていた高校一年の春から年月は流れ、俺は事件当時の彼女と同じ高校三学年へと進級していた。


「もちろんです! って、相崎さん! 俺が注ぎます!」

「いや、酒じゃないんだから……」

「俺の仕事です! 俺がやります!」


 まだ学生の身でありながら、俺も声優としてデビューするという未来を迎えたばかり。

 目の前に座るのは、同じ現場で共演している先輩たちばかり。

 どこか場違いな気がして、せめてもの礼儀を尽くすためにグラスへと飲み物を注いでいく。


「はぁ、すみません……気が利かなくて……」

「そこまで気にすんなって」


 高校生の俺に配慮してくれた先輩声優が、昼間に食事会を開いてくれた。

 先輩たちとの食事会というものが初めてのため、起こるすべての出来事にいっぱいいっぱいで頭がぼーっとしていた。


「いえ、俺は新人声優ですから」


 高校一年の頃の苦い思い出に記憶が飛ぶなんて、もしかすると自分が思っている以上に場の空気に酔ってしまったのかもしれない。


「現役高校生も、あと数か月か」


 声優としての人生は始まったばかりなのに、こうして迎え入れてくれる先輩がいることに心が少しだけ軽くなるのを感じる。


「現役高校生声優って名乗れるうちに、活躍したいんですけどね」


 プロの声優が活躍する現場に立ったら、自分の年齢は関係なく社会人の仲間入りをしなければいけない。

 そんな風にマネージャーから指導されてはいるものの、デビューと同時に大人の振る舞いをしろとか言われても高校生の自分にはなかなか難しい。

 成人年齢を引き下げたところで、いきなり大人の世界に心を合わせることなんてできないんだって政治家たちに申してやりたい。


「あーいう場に、率先して入ってこい」


 向かい側に座る先輩声優が、俺の背中を軽く押すような言葉を投げかける。

 テーブルの向こうでは忙しい合間を縫って、昼間の食事会に参加してくれたベテラン声優さんたちが笑い声を上げていた。


「勇気が出ないです! まだ勇気が出ないです!」

「そんな遠慮してると、次々に若手に追い抜かれるぞー」

「うっ……」


 大人の世界。

 成人年齢が十八歳になったところで、高校三年が大人に混ざるには学ぶことが多すぎて辛い。


「和生くーん」


 グラスに注がれた、しゅわしゅわと泡立つ炭酸水。

 アルコールは口にしていないはずなのに、女性先輩の頬はほんのり赤くなり、目元もどこかとろんとしている。


「来年の春アニメで、主人公のライバル役やるんだってね~」

「って、大丈夫ですか!?」

「おめでとう~」


 さっきまで収録スタジオで凛とした演技を魅せてくれていたはずの先輩は、なぜか酔い潰れてしまっている。いつもの凛々しい芝居をする先輩の雰囲気は、炭酸飲料がどこかへ連れ去ってしまったようだ。


「って、大丈夫ですか?」

「おめでと~」


 炭酸で酔うなんて、先輩はちょっと変わっているのかもしれない。


「これで、我が事務所も安泰だよ! 安泰っ!」


炭酸水の勢いに乗っかった先輩声優は、俺の背中に衝撃を走らせる。

先輩の手のひらが、勢いよく振り下ろされた。


「俺、膝かけ借りてきます! あと、水とか冷たいおしぼりとか!」


 先輩声優の衣服を緩めるのはさすがに躊躇われたので、介抱役を女性二人に頼んで一旦この場を抜けることに成功する。


「はぁー……」


 冷たいおしぼりで炭酸酔いが覚めるかは分からないけれど、思い付く限りのクールダウン策を浮かべてみよう。このままではいろんな意味で身が持たない。


「女の人って狡いなぁ……」


 零れる独り言。

 女の人みんなが狡いってわけじゃないし、男だって決して褒められた生き物ではないけれど。


(女の人って、男が単純だってことをわかってなさすぎ)


 男を勘違いさせるようなことも、しないでほしい。

 恋愛感情がないんだったら、尚更。

 恋愛感情がないんだったら、必要以上に笑いかけないでほしい。


(男を勘違いさせるようなこと、言わないでほしい)


 男っていう生き物は単純だから。

 ちょっとの優しさ、ちょっとの笑顔がきっかけで恋が始まる。


(今度からは、もっと周囲に気を遣おう)


 初めての食事会に浮かれていたけれど、いきなり上手くコミュニケーションをとることはできない。

 上手く世間を渡っていく人たちもいるけど、俺にとっては難易度が高い付き合い方。

 だから食事の席で、闇のオタク時代を過ごしてきたことを思い出してしまったのかもしれない。


(こんなところで、へこんでられない……)


 子どもでいられたときを楽だとも思うけれど、早く大人にならないと俺は目標を達成することができない。

 高校三年は甘えてもいい年齢かもしれないけど、声優として仕事をさせてもらっている以上は子どものフリはできない。


(しっかりしろ! 俺! 俺は、笹田結奈さんを見返すって決めたんだから!)


戸辺(とべ)さんっ」


 照明の落ち着いた店内はグラスの音や笑い声が混ざり合っていて、まるで夜のような賑やかさが広がってるなぁなんて思っていたときのことだった。


「戸辺さんっ」


 ふと曲がり角の向こうから、聞き覚えのある声がした。

 何があっても聞き逃すことのない、笹田結奈さんそっくりな声が聞こえてきた。

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