第6章:銀と桃、街をゆく
王城へと続く道――
……のはずだったが、ふたりの足は、いつのまにか脇道に逸れていた。
「せっかくだから、名物のおやつくらい食べて帰らない?」
ルナがにっこり笑う。
その尾はくるんと弧を描き、耳がぴょこぴょこと陽気に跳ねていた。
「目的地変更……了解。記録、開始」
レイアはいつも通り無表情に頷くが、どこか迷子の猫のように、きょろきょろと周囲を見回している。
城下の市場通りは、今日も賑やかだった。
香ばしい香りと、魔法の湯気を立てる焼き菓子の屋台。
楽器を奏でる吟遊詩人、浮遊するランプで飾られた占い師、そして――
「ここ! 月影シュトラールっていうの。砂糖と蜂蜜でカリカリに焼いたお菓子なんだけど……ふふ、中は秘密」
ルナが袋を差し出すと、レイアはためらいなく一つ取って、口元へ。
ぱりっ。
「……」
「どう? おいしい? 微妙?」
「……あたたかい」
「へ?」
「口腔温度、上昇。糖分と油脂の構成、記録。……それと」
ほんの一瞬――
レイアの唇の端が、かすかに、持ち上がった。
それを見逃すルナではない。
「いまっ、笑った!? 今の、絶対笑ったでしょ! 可愛い~~っ!!」
「……反応過多」
「だってっ、いまのは反則級の破壊力だったもん!」
「“おいしい”という感情は、この国では肯定的なもの?」
「うん! すごく大事!」
「理解。再現可能な感情として記録します」
「……再現って言い方やめてぇぇぇ……」
わちゃわちゃとじゃれるふたりの様子に、好奇の視線が近づいてきた。
「ねぇねぇお姉ちゃん、この人……お耳ついてないの?」
「ほんとだ! 尾っぽもない! へんなのー!」
子どもたちだった。
ルナの耳がぴくっ、と跳ねる。
「こ、こらっ、失礼でしょ!?」
「だって気になっちゃうもん!」
そう言いながら、ひとりの子がルナの尾にそっと手を伸ばす――その瞬間。
**ぺしっ。**
白い指が、迷いなくそれをはらった。
「接触、禁止です。姫の尾部は……感情器官です」
「えっ、ご、ごめんなさい……!」
子どもたちは一瞬固まり、ばつが悪そうに小走りで逃げていった。
ルナはぽかんとした顔で、レイアを見る。
「……ありがと。でも、ちょっとびっくりしたわ」
「反射です。観察対象の器官保護行動。……無意識に実行されました」
「ふふ。なんだかんだ言って、守ってくれたのね」
「自覚はありません」
「いいの。今のは――言葉じゃなくて、ちゃんと“気持ち”で伝わったから」
そう言って、ルナはほんの少し、笑った。
レイアは何も言わず、その笑顔を見つめた。
記録。記録。
けれど心のどこかに、“説明できない反応”が、じんわりと残った。
やがてふたりは、城門の前まで戻ってくる。
西に傾いた陽が、城の塔を黄金色に染めていた。
「レイア。また街に出ようね」
「“また”とは?」
「また今度ってこと。次は……夜の屋台とか、どう?」
「夜間活動、可能。あなたの好みに登録しました」
「……なんか照れる言い方ね、それ」
ふたりの影が、桃と銀の色を重ねながら、城の中へと消えていく。
ほんの短い時間だったけれど――
“ふたりで過ごした”という、確かな記録が、
今、レイアの中にそっと刻まれていた。