第5章:ぴたり、ふたり
王都の門をくぐった瞬間、街がざわついた。
「姫様……?」
「お連れの方は……? 見たことのない服……魔道士?」
街路の両側、露店の陰、建物の窓。至るところから好奇の視線が降ってくる。
その全てが、ルナではなく、彼女の隣を歩く銀色の少女に向けられていた。
レイアはそれには無反応だった。
淡い青光を放つ瞳が、すでにすべてを記録し終えている。建築、言語、匂い、音、そして――人々の姿。
「姫様、お戻りですか!」
「飛獣の飼育舎をご案内いたします!」
厩舎にヴェルナを預けると、ルナは軽く汗をぬぐった。
「ふう。こうして街中に入るのも久しぶり。私が一人で歩くと、皆ちょっとそわそわするのよね。……あ、今日は“ふたり”だったわ」
と、ルナが横を向く。
レイアは静かに頷いた。
「王都、記録完了。情報断片を整理中です」
「そう……ね。いろいろ変な国でしょ?」
レイアは、少しだけ考えるような間を置いてから言った。
「一つ、気づいたことがあります」
「ん?」
「この街には、“女性”しかいません」
「……っ」
「すべての個体、外見・骨格・声帯構造から見て女性型。生殖構造の統一率が99.6%。男性と推定される個体は、ほぼゼロ」
「ま、待って……そういうの、全部スキャンしてたの?」
「視認情報からの外部推定です。非接触。礼節を意識しています」
「いや、礼儀の問題じゃないのよ……!」
ルナは顔をしかめながら苦笑し、そして視線を外す。
2人は、城へ向かう石畳の小道へと入っていた。
この辺りまで来ると人通りは少なく、静けさと日差しが心地よく降り注いでいる。
レイアがふいに、まっすぐな声で尋ねた。
「この国では、どうやって子どもが生まれるのですか?」
「――~~~~~~っっっ!!」
ルナの耳がビクンと跳ね、尾がびしっと直立した。
「な、な、なな……なんで急にそんなこと聞くの!?」
「論理的な疑問です。性差の欠如と出生率は重大な観察項目です」
「そ、そういうことはね、さらっと聞いちゃダメなのよ!? 王女様に聞くことじゃないでしょ!」
「ですがあなたは観察対象です」
「うわああもううるさい! ……いい? これだけ言っておくけど、うちの国では、赤ちゃんはね――」
ルナは一拍置いて、空を指差した。
「――月が授けてくださるのよっ!」
「月。天体由来の生殖……?」
「違う違うそうじゃない! そっちの意味じゃなくて!」
顔を真っ赤にしたルナが、慌てて手を振った。
「えっと……“強く願えば、月が応えてくれる”っていう伝承があるの。魔力と、祈りと、想い……そのへんが混ざって、ふわっと……たぶん、なんか……できるのよ、赤ちゃんが!」
「論理的なプロセスが曖昧すぎます」
「うるさいっ!」
ルナは前を向いて早足になった。レイアはその歩幅に合わせてすっと並ぶ。
二人の影が、石畳の上に“ぴたり”と並ぶ。
「……そういう話、興味あるの?」
「ありません。ただ、観察としては重要です」
「うぅ……なら、私を観察するなら、もう少し優しくしてほしいな……」
「わかりました。観察対象に対する心理的配慮を学習します」
「……素直すぎて逆にイライラする……!」
それでも、ルナは笑っていた。
ほんの少しだけ火照った頬を隠すように、風が髪を揺らしていく。
遠く、王城の尖塔が光っていた。
あと少しで、ふたりは日常の内側へ入っていく。
だが“日常”の形は、すでに変わり始めていた。
レイアが記録したのは、ただの街の姿ではない。
その隣で歩く姫の耳の震え、尾の揺れ、そして――時折、顔を赤らめるその仕草。
“感情”という未知の記号が、ほんのすこしずつ、彼女の中に残り始めていた。