第4章:狼耳、ぴくり
王都への帰路。
森の木々が道を開くように風に揺れ、鳥のさえずりが高く低く響いていた。
ヴェルナの背に乗ったルナとレイアの影が、地面に並んで長く伸びている。
――まさか、本当に城に連れて帰ることになるなんて。
ルナは、自分の決断に驚きながらも、内心ウキウキしていた。
横目でちらりとレイアを盗み見る。
飛獣の背でも一糸乱れぬ姿勢、長い銀の髪が風にそよいでも表情一つ動かさない。
「ねぇレイア、怖くないの? この高さ」
「問題ありません。重力制御装置は解除済み、落下しても修復可能です」
「……なんか、すごく物騒な安心のしかたね」
ぽそっと呟いたルナの耳が、ぴくりと動いた。
その動きに、レイアの目が反応する。
すっと視線が、ルナの横顔から耳元へとスライドした。
「……何?」
「いえ。観察反応です。耳部の動き、感情と連動。構造としては動物に近い。非常に興味深い」
「っ!? ちょ、ちょっと……!」
ルナはばっ!と手で耳を押さえた。
頬が赤くなる。尻尾もばさりと乱れる。
「耳をそんな風に見ないでよ、変態! むしろ観察されてるのは私の方じゃない!」
「その通りです。私はあなたの観察者ですので」
真顔で返すレイアに、ルナは言葉を失った。
「……あのね、そういう時は否定しなさいよ」
「了解しました。次回から、変態ではありませんと否定します」
「そこじゃないのよ!!」
ヴェルナの背でわちゃわちゃと騒ぐルナに、レイアはふと小さく首をかしげた。
「あなたの反応は、予測とずれています。論理的ではありません」
「そりゃそうよ。私は論理じゃなくて、感情で生きてるの」
「感情。……それは、あなたにとって不可欠なもの?」
「そうね。きっとそれが、私たち獣人の“心”ってやつ」
その言葉に、レイアは小さく「記録」と呟いた。
王都が見えてきた。
白い石畳の道、背の高い鐘楼、城門の向こうにはルナの暮らす日常が広がっている。
そこへ、レイアという異質な存在が、今まさに連れ込まれようとしていた。
「レイア。あなた、正直なところ……この国、どう見える?」
「未発展地域。機械技術は皆無。だが、魔力反応値は高い。住民種別:獣人系統が大多数。人間種、少数・不在」
「……やっぱり、わかるのね」
「はい。人間がいない国。あなたの言っていた“侵略”という言葉、意味が理解できました」
「……なら、なおさら、嘘はやめてね」
レイアが、目を瞬かせる。
「あなたが何者でもいい。私にとっては、“空から降ってきたかわいい女の子”よ。でも、誰かがあなたを“人間の兵器”とか“スパイ”とか言い出したら……」
ルナの声が少しだけ低くなる。
「……私は、あなたを守れないかもしれない」
それは、覚悟でもあり、恐れでもあった。
レイアはその言葉に、ほんのわずか、遅れて応答した。
「了解しました。――ですが、私はあなたを“記録対象”としか見ていません」
「ふふん、そっちの方が安心するわ」
ルナは笑ってみせたが、胸の奥は少しだけ、ちくりと痛んでいた。
やがて、城門が開かれる。
見慣れた朝の景色に、見慣れない銀の来訪者が並ぶその姿は、城の者たちに静かな衝撃を与えた。
レイアの視線が、建物や人々を次々にスキャンしていく。
誰も気づかないその記録の中に――ルナの、ふわふわと揺れる耳も、尾も、しっかり刻まれていた。
記録される日常の始まり。
姫とアンドロイド、正反対のふたりの旅が、まだ“日常”という仮面を被ったまま、静かに動き出す。