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月姫の涙とアンドロイド  作者: ゆの
第一部:空より落ちて、月に触れるまで
17/24

第16章:ふたりの手、ひとつの髪





 陽の傾き始めた午後


ルナの私室には、まだ微かに甘い紅茶の香りが残っていた。


 レイアは椅子の脇に控え、ルナはその前で小さくため息をついている。


「ん……そろそろ、毛先が絡まってきたかしら」


 指先で金の髪をつまんで、軽く引っ張る。


「レイア」

「はい」

「髪、梳いてくれる?」


 その問いに、レイアは頷いた。すぐに木櫛を手に取り、ルナの後ろへ回る。


 ──が。


「ガガガッ……」

「きゃっ!? な、なに、ちょっと、痛い……!」


 櫛が毛先に引っかかり、機械的な手つきで引かれたルナの身体がびくりと揺れた。


「レイア、お願いだから、梳く時はもう少しやさしくして……痛いのよ、これ」

「すみません。手加減の加減に失敗しました」

「……今の、わたしじゃなくて櫛が怒ってた音でしょ」


 ちょうどそのとき、扉をノックする音。


「ルナ姫さま、失礼いたします。マルレーンにございます」


 レイアがすっと扉を開けると、侍女長マルレーンと、ミレーヌが並んで立っていた。


「姫さま、おくつろぎのところ恐れ入ります。本日はご報告と、承認を賜りたく」


 マルレーンが一歩前に出ると、ミレーヌが深く頭を下げた。


「ミレーヌを、ルナ姫さまの専属メイドに任じたく存じます。

  今後はより近くで姫さまをお支えする役目を担わせたく……」


 ルナは目をぱちくりとさせたあと、やわらかく微笑んだ。


「そう──やっとなのね。うれしいわ、ミレーヌ。これからもよろしくね」


「もったいないお言葉にございます……」


 ミレーヌの耳がわずかに揺れた。


「ありがとうございます。では、私はこれにて。

  今後はミレーヌがより近くで姫さまをお支えいたしますゆえ」


「ありがとう、マルレーン」


 マルレーンがルナに一礼し、退出すると、静かな空気が流れる。





 ルナは少し考えるようにミレーヌの方へ向き直ると、ふわっと笑った。


「じゃあ、ミレーヌ。髪、梳いてもらってもいいかしら?」

「は、はい!」


 ミレーヌが櫛を手に取る。

まるでそれが指先に馴染んでいたかのように、やさしく滑らせていく。


 ルナはうっとりと目を細めた。


「……うん、上手。すごく気持ちいいわ」


 レイアがその様子を、じっと観察していた。


「……手首の角度と、圧力の調整がポイントでしょうか」


「ふふっ、もう1本ありますので一緒にやりましょう!」


 ミレーヌがブラシを渡すと、レイアはまじめな顔で受け取り、ゆっくりと櫛を通し始めた。


 最初はぎこちなかったが、数度でスムーズになっていく。


「……学習完了です」

「ふぁぁ……ふたりに髪……梳いてもらうのって気持ちいい……なんて贅沢なの……」


ルナは目を閉じて、ふにゃふにゃした顔をしていた。まるで陽だまりの猫のように。


 窓から差し込む陽の光が、その髪を金糸のように照らし出していた。


「日差しが暖かいなぁ……明日は3人でピクニックにいきましょう」


「はい、準備はお任せください!」


ルナの素敵なお誘いに、レイアは無言のまま微かに頷き、

 ミレーヌは満面の笑みで元気よく声を出した。


その午後に特別な出来事はなかったけれど──

 ただ、ふたりの手が梳いてくれた温もりは、ルナの胸に、そっとやさしく残った。




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