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月姫の涙とアンドロイド  作者: ゆの
第一部:空より落ちて、月に触れるまで
15/24

第15章(幕間):とけてゆく月・前編




 ──この方は、きっと、ずっとひとりだったのだろう。




そんなふうに思うのは、

メイドとしてあってはならぬ驕りだろうか。


けれど、城の隅々を知り尽くしたこの耳と目には、

姫さまの寂しさは、もう何度も映ってしまっていた。




     *





午後の陽差しが、中庭のベンチに柔らかく落ちていた。


私は一人、静かにその場に佇んでいた。

ルナ姫さまが飲み残された紅茶のカップを、そっと手に取る。


表面には、ふたひらの花びらが浮かんでいた。

風に遊ばれるように、ゆらゆらと、ただ静かに漂っている。


 


「……また、少し残されたのですね」


 


思わず、口元に笑みが浮かんだ。

それは心の奥からじんわりと湧いてきた、

あたたかくて──少しだけ、切ないもの。


「でも、最近の姫さまは……

少しだけ、以前のように明るくなられた気がします」


 


口にしてしまった自分に、少しだけ胸が痛む。

侍女が主の心情に踏み込むなど、本来は許されることではないのに。


それでも、私は思う。


この小さな“残し”にこそ──

姫さまの「らしさ」が、そっと宿っているのだと。


空になった大きめのティーポットを、そっとワゴンにのせる。


今ごろ、きっと──

お腹をちゃぷちゃぷ鳴らしながら、

剣術の稽古に励んでおられることでしょう。




     *





姫さまが、以前より静かになったのは──

魔術学校に通われていた頃のこと。


ルナ姫さまが、下級生の教室に侵入し、魔法を行使して相手にケガをさせたという。

相手は──リリスさまの同級生だったと、わたくしは聞いています。


詳しいことは何も仰られなかったけれど、

あれから姫さまは、明るさをなくしていったのです。


そして今、リリスさまが魔術学校に通い続けておられることを──

姫さまはどんなお気持ちで、見ておられるのでしょう……

考えるたび、胸が、きゅうと締めつけられます。


けれど、心のどこかで、ずっと思っていた。


──このまま、あの方は凍ったままではないかと。




     *


 


 それを変えたのは、あの不思議な御方──レイアさまでした。


冷たい瞳に、無機質な声。

けれど、なぜか姫さまは彼女を怖れなかったのです。


むしろ──

それが、心地よい“隙間”のように思えたのかもしれません。


少しずつ、姫さまは笑うようになられました。

ふとした瞬間に、昔のような無邪気さが、

ふっと戻ってくるのです。


そして今。こうして花びらを浮かべた紅茶を、

また“飲み残す”ようになられた。


それは決して、傲慢でも怠惰でもありません。


わたくしには、こう思えてなりません──

ルナ姫さまは、「まだ終わらせたくない」

そう願っておられるのだと。


日々に、ほんの少しだけ、希望が戻ってきた。

……そう感じられるのです。




     *




 静かな独白は、コトリと響く陶器の音で終わった。


 ミレーヌは現実へと戻り、紅茶のカップと小皿をワゴンへと丁寧に載せていく。

 それらを乗せたまま、調理場へ向かう廊下を進む足音は、やはり静かだった。




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