表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月姫の涙とアンドロイド  作者: ゆの
第一部:空より落ちて、月に触れるまで
13/24

第13章:レイア、制服を着る



「……着用するのですか、これを?」


レイアは目を瞬かせることなく、手元の衣装を見つめていた。

それは淡い青に銀の刺繍が施された、可憐で気品ある制服。

王城の侍女たちが身につける装いに似てはいるが、仕立てや生地の質は明らかに格上である。


「そうよっ。私が特注したんだから!」


ルナはふふん、と胸を張り、得意げに笑った。


「だって、あなたはもう“私専属の侍女”なんだから。城の中を歩くなら、それらしい格好じゃないとダメでしょ? 目立ちすぎるのよ」


「すでに目立っていますが」


「そ、それは……! ちゃんと整えてから目立ってもらったほうがマシっていうか!」


「定義が不明瞭です」


レイアは制服を手に取り、布地を撫でた。


「……肌触りは、悪くありません」


「でしょ? ルナ様セレクトだもの!」


 


しばらくして。


部屋の奥から、制服に着替えたレイアが、足音ひとつなく姿を現した。


銀の髪と淡い青の布が溶け合い、精緻な刺繍がその姿に静謐な気配を添えている。


清楚な衣装に包まれたその佇まいには、無機質な美しさと、どこか儚げな気配が共存していた。

まるで――この世界の“空気”そのものを、少しずつ染め変えていくような。


彼女は、風景に紛れるのではない。

ただ、そこに立つだけで、場の輪郭ごと書き換えてしまうような――そんな存在だった。



「……どう?」


ルナは自然と声を潜め、制服姿のレイアを見つめる。

胸が、少しだけ高鳴っていた。


レイアは返答することなく、じっとルナを見返していた。

銀色の瞳が、曇りひとつなく真っすぐに。

それは感情というより、何かを正確に測定するような視線だった。


そして、ひと呼吸おいて、静かに口を開く。


「質問の意図が不明です。

……ただ、あなたの瞳孔が大きく拡張していることは観測しました」


「うっ……」


ルナは頬に熱を感じ、思わず視線を逸らした。


「そ、それはつまり……いいってことよ、たぶん!」


 


そして廊下。

制服姿のレイアが歩けば、その姿は否応なく人目を集めた。


「姫様の……あの子?」


「精霊……? あんな綺麗な人、見たことない……」


「レイア様……あれは反則……眩しすぎて、視界が溶けそう……」


噂は瞬く間に広がり、彼女の歩く先には、自然と視線の花道ができていく。


「……過剰反応。想定内です」


「ち、違うわよ!? これはいじめとかじゃなくて……あなたの、その、素質がすごすぎるのよ!」


「姫様の責任回避傾向……継続観測中」



レイアは相変わらず無表情のまま、静かに歩き続けていた。


「視線強度、平均の2.3倍。引き続き観測中」


「……わたしまで恥ずかしくなってきたわ……」



--

 


午後の陽射しが、ほどよく陰る頃。



ふたりは中庭のテーブルに向かい合い、紅茶の香りに包まれていた。


制服に着替えてからのレイアは、どこか静かだった。

言葉の数が少しだけ減り、ふとした瞬間に、物思いに沈んでいるように見える。


ルナはティーカップをそっと置き、控えめに声をかけた。


「ねえ、やっぱり……嫌だった?」


「いいえ。ただ、城内で“装い”が意味を持つとは、初期解析にはありませんでした」


「服ってね、ただ“着る”だけじゃなくて……着ることで、その人の気持ちも変わるのよ。“なる”の」


「……現在の私は、“侍女”の気分、ということでしょうか」


「うーん、そうね。たぶん、“わたし専属の侍女”って感じかしら」


レイアはほんの一瞬だけ瞬きをしてから、すっと立ち上がる。


「では、次の任務を提示してください」


「えっ……じゃあ、紅茶のおかわりお願い」


レイアは無言でポットを手に取り、丁寧な所作で紅茶を注ぎ始めた。


「了解。任務、遂行中」


「……ありがとう、レイア」


そのとき――

レイアの口元が、気づけばわずかに、けれど確かに、やわらかく緩んでいた。


 




 


夜。

レイアは静かに記録ログを開いた。


---


**記録ログ:本日付任務**


任務内容:衣装変更による心理的影響調査

観察対象:ルナ・ルクレティア姫

──発話回数:上昇

──笑顔率:上昇

──装いへの反応:肯定的

──接触時の距離:わずかに接近傾向


※自己観察ログ:

──“似合う”とは何を意味するのか。

──“可愛い”という評価は、データ化可能か。

──制服着用時の自身の感情変化:不明瞭。


結論:不明点、多数。

引き続き観察を継続する。


 


そしてレイアは、指先を一瞬止めてから、そっと一文を加えた。


> ……笑顔の“理由”が、少しだけ気になった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ