第13章:レイア、制服を着る
「……着用するのですか、これを?」
レイアは目を瞬かせることなく、手元の衣装を見つめていた。
それは淡い青に銀の刺繍が施された、可憐で気品ある制服。
王城の侍女たちが身につける装いに似てはいるが、仕立てや生地の質は明らかに格上である。
「そうよっ。私が特注したんだから!」
ルナはふふん、と胸を張り、得意げに笑った。
「だって、あなたはもう“私専属の侍女”なんだから。城の中を歩くなら、それらしい格好じゃないとダメでしょ? 目立ちすぎるのよ」
「すでに目立っていますが」
「そ、それは……! ちゃんと整えてから目立ってもらったほうがマシっていうか!」
「定義が不明瞭です」
レイアは制服を手に取り、布地を撫でた。
「……肌触りは、悪くありません」
「でしょ? ルナ様セレクトだもの!」
しばらくして。
部屋の奥から、制服に着替えたレイアが、足音ひとつなく姿を現した。
銀の髪と淡い青の布が溶け合い、精緻な刺繍がその姿に静謐な気配を添えている。
清楚な衣装に包まれたその佇まいには、無機質な美しさと、どこか儚げな気配が共存していた。
まるで――この世界の“空気”そのものを、少しずつ染め変えていくような。
彼女は、風景に紛れるのではない。
ただ、そこに立つだけで、場の輪郭ごと書き換えてしまうような――そんな存在だった。
「……どう?」
ルナは自然と声を潜め、制服姿のレイアを見つめる。
胸が、少しだけ高鳴っていた。
レイアは返答することなく、じっとルナを見返していた。
銀色の瞳が、曇りひとつなく真っすぐに。
それは感情というより、何かを正確に測定するような視線だった。
そして、ひと呼吸おいて、静かに口を開く。
「質問の意図が不明です。
……ただ、あなたの瞳孔が大きく拡張していることは観測しました」
「うっ……」
ルナは頬に熱を感じ、思わず視線を逸らした。
「そ、それはつまり……いいってことよ、たぶん!」
そして廊下。
制服姿のレイアが歩けば、その姿は否応なく人目を集めた。
「姫様の……あの子?」
「精霊……? あんな綺麗な人、見たことない……」
「レイア様……あれは反則……眩しすぎて、視界が溶けそう……」
噂は瞬く間に広がり、彼女の歩く先には、自然と視線の花道ができていく。
「……過剰反応。想定内です」
「ち、違うわよ!? これはいじめとかじゃなくて……あなたの、その、素質がすごすぎるのよ!」
「姫様の責任回避傾向……継続観測中」
レイアは相変わらず無表情のまま、静かに歩き続けていた。
「視線強度、平均の2.3倍。引き続き観測中」
「……わたしまで恥ずかしくなってきたわ……」
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午後の陽射しが、ほどよく陰る頃。
ふたりは中庭のテーブルに向かい合い、紅茶の香りに包まれていた。
制服に着替えてからのレイアは、どこか静かだった。
言葉の数が少しだけ減り、ふとした瞬間に、物思いに沈んでいるように見える。
ルナはティーカップをそっと置き、控えめに声をかけた。
「ねえ、やっぱり……嫌だった?」
「いいえ。ただ、城内で“装い”が意味を持つとは、初期解析にはありませんでした」
「服ってね、ただ“着る”だけじゃなくて……着ることで、その人の気持ちも変わるのよ。“なる”の」
「……現在の私は、“侍女”の気分、ということでしょうか」
「うーん、そうね。たぶん、“わたし専属の侍女”って感じかしら」
レイアはほんの一瞬だけ瞬きをしてから、すっと立ち上がる。
「では、次の任務を提示してください」
「えっ……じゃあ、紅茶のおかわりお願い」
レイアは無言でポットを手に取り、丁寧な所作で紅茶を注ぎ始めた。
「了解。任務、遂行中」
「……ありがとう、レイア」
そのとき――
レイアの口元が、気づけばわずかに、けれど確かに、やわらかく緩んでいた。
夜。
レイアは静かに記録ログを開いた。
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**記録ログ:本日付任務**
任務内容:衣装変更による心理的影響調査
観察対象:ルナ・ルクレティア姫
──発話回数:上昇
──笑顔率:上昇
──装いへの反応:肯定的
──接触時の距離:わずかに接近傾向
※自己観察ログ:
──“似合う”とは何を意味するのか。
──“可愛い”という評価は、データ化可能か。
──制服着用時の自身の感情変化:不明瞭。
結論:不明点、多数。
引き続き観察を継続する。
そしてレイアは、指先を一瞬止めてから、そっと一文を加えた。
> ……笑顔の“理由”が、少しだけ気になった。