表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月姫の涙とアンドロイド  作者: ゆの
第一部:空より落ちて、月に触れるまで
12/24

第12章:起きても朝。





「……ん……」





窓辺に朝の光が差し込み、風に揺れるカーテンが部屋を優しく撫でていた。



ふとんの中でぴくりと動いた狼耳が、ぴくぴくと反応する。



ルナは眠たげに身じろぎし、もぞもぞと顔を出した。



「……あれ、もう朝……?」



そのまま、ふたたび眠気に引きずられるように顔を布団へ埋めた。









そして数分後──。




「ん……もう起きなきゃ、かぁ……」




のそのそと起き上がったルナが隣を見やると、そこには静かに椅子に腰かけたレイアの姿があった。



じっと、まっすぐにルナを見つめている。



「おはようございます、ルナ」


「……って、うわっ!? ずっと見てたの!?」


「はい。睡眠中の呼吸と体温の変化を観察していました」


「な、なんで!? 恥ずかしいじゃない!」


ルナは枕を顔に押し付けて、くぐもった声で唸った。


観察対象(ルナ)生理的変化(ねぞう)を記録することは、任務の一環です」


「……任務任務って、もう……」


ふてくされたように布団を脱ぎ、寝癖のついた髪をくしゃくしゃとかき上げながら、

ルナは背伸びをひとつ。


「はぁ……レイア、髪……梳かしてくれる?」


「承知しました」


レイアは音もなく立ち上がり、櫛を手に取ってルナの背後へと回った。

朝の陽光に透ける桃銀の髪は、まるで絹糸のように光を返す。


櫛がそっと髪をすく。

たどたどしくも慎重なその手つきに、ルナは小さくくすりと笑った。


「ぎこちないけど……優しいのね、あなた」


「力加減に調整を要する部位です。特に耳の根元は繊細で、誤って引っ張ると──」


ガガガッ……


「わっ、ちょ、やめて! 耳、そこダメって何度言わせるのよ!」


「失礼しました。記録を再調整します」


ルナは顔を真っ赤にして肩をすくめたが、

その耳はぴくぴくと、どこか心地よさそうに揺れていた。


しばらくして、朝食の知らせがやってくる。


「姫様、レイア様。食堂が三たび冷める前に、ご案内いたしますよ」


現れたのは、侍女長のマルレーン。

長身で厳めしい顔立ちだが、ルナにとっては昔から頭の上がらない存在だった。


「マルおばさま、今日はあんまり怒らないでね?」


「朝食を二度も冷まさせたこと、帳簿に記録しておきますわ。お姫様」


「うっ……」


ルナがバツの悪そうに顔を逸らす隣で、レイアがすっと頭を下げる。


「ご案内、感謝します」


「──礼儀正しくてよろしい。将来が不安な姫様の代わりに、しっかりなさいませね」


「待って、将来が不安ってなに!? 私、ちゃんと姫やってるから!」


廊下に響くやり取りに、通りすがりの侍女たちがくすくすと笑っていた。

それはまるで、ひとつの家族のような温もりだった。



* * *



朝食を終えたあと、ルナは中庭のベンチに腰掛けていた。

白いティーカップを手に、隣にはレイアの姿。



まだ冷たさの残る朝の空気に、温かな紅茶の湯気がふわりと立ち昇る。



「なんだか……朝が楽しいって、久しぶりかも」



「それは、任務の成果と解釈してよいですか?」


「ううん。あなたのせいよ」



ルナはにやりと笑いながら、カップを傾ける。



「それは……良い意味と判断しても?」


「……さあ? それは、あなたが判断して」




レイアはしばらく黙ったあと、控えめに──しかし確かに、笑った。



この朝は、特別な出来事のない、いつもの朝。

城の一日が始まり、人々がそれぞれの持ち場へと動き出していく。

けれどその中に、誰かと共にいるという静かな温もりが、たしかにあった。


──小さな朝の記憶が、ふたりの心に静かに積もっていく。


まだ旅は始まってもいない。

けれどその歩幅は、もう揃いつつある。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ