第12章:起きても朝。
「……ん……」
窓辺に朝の光が差し込み、風に揺れるカーテンが部屋を優しく撫でていた。
ふとんの中でぴくりと動いた狼耳が、ぴくぴくと反応する。
ルナは眠たげに身じろぎし、もぞもぞと顔を出した。
「……あれ、もう朝……?」
そのまま、ふたたび眠気に引きずられるように顔を布団へ埋めた。
そして数分後──。
「ん……もう起きなきゃ、かぁ……」
のそのそと起き上がったルナが隣を見やると、そこには静かに椅子に腰かけたレイアの姿があった。
じっと、まっすぐにルナを見つめている。
「おはようございます、ルナ」
「……って、うわっ!? ずっと見てたの!?」
「はい。睡眠中の呼吸と体温の変化を観察していました」
「な、なんで!? 恥ずかしいじゃない!」
ルナは枕を顔に押し付けて、くぐもった声で唸った。
「観察対象の生理的変化を記録することは、任務の一環です」
「……任務任務って、もう……」
ふてくされたように布団を脱ぎ、寝癖のついた髪をくしゃくしゃとかき上げながら、
ルナは背伸びをひとつ。
「はぁ……レイア、髪……梳かしてくれる?」
「承知しました」
レイアは音もなく立ち上がり、櫛を手に取ってルナの背後へと回った。
朝の陽光に透ける桃銀の髪は、まるで絹糸のように光を返す。
櫛がそっと髪をすく。
たどたどしくも慎重なその手つきに、ルナは小さくくすりと笑った。
「ぎこちないけど……優しいのね、あなた」
「力加減に調整を要する部位です。特に耳の根元は繊細で、誤って引っ張ると──」
ガガガッ……
「わっ、ちょ、やめて! 耳、そこダメって何度言わせるのよ!」
「失礼しました。記録を再調整します」
ルナは顔を真っ赤にして肩をすくめたが、
その耳はぴくぴくと、どこか心地よさそうに揺れていた。
しばらくして、朝食の知らせがやってくる。
「姫様、レイア様。食堂が三たび冷める前に、ご案内いたしますよ」
現れたのは、侍女長のマルレーン。
長身で厳めしい顔立ちだが、ルナにとっては昔から頭の上がらない存在だった。
「マルおばさま、今日はあんまり怒らないでね?」
「朝食を二度も冷まさせたこと、帳簿に記録しておきますわ。お姫様」
「うっ……」
ルナがバツの悪そうに顔を逸らす隣で、レイアがすっと頭を下げる。
「ご案内、感謝します」
「──礼儀正しくてよろしい。将来が不安な姫様の代わりに、しっかりなさいませね」
「待って、将来が不安ってなに!? 私、ちゃんと姫やってるから!」
廊下に響くやり取りに、通りすがりの侍女たちがくすくすと笑っていた。
それはまるで、ひとつの家族のような温もりだった。
* * *
朝食を終えたあと、ルナは中庭のベンチに腰掛けていた。
白いティーカップを手に、隣にはレイアの姿。
まだ冷たさの残る朝の空気に、温かな紅茶の湯気がふわりと立ち昇る。
「なんだか……朝が楽しいって、久しぶりかも」
「それは、任務の成果と解釈してよいですか?」
「ううん。あなたのせいよ」
ルナはにやりと笑いながら、カップを傾ける。
「それは……良い意味と判断しても?」
「……さあ? それは、あなたが判断して」
レイアはしばらく黙ったあと、控えめに──しかし確かに、笑った。
この朝は、特別な出来事のない、いつもの朝。
城の一日が始まり、人々がそれぞれの持ち場へと動き出していく。
けれどその中に、誰かと共にいるという静かな温もりが、たしかにあった。
──小さな朝の記憶が、ふたりの心に静かに積もっていく。
まだ旅は始まってもいない。
けれどその歩幅は、もう揃いつつある。