第11章:王宮に忍び寄る影
夜の王城は、日中の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
衛兵たちは交代で見回りを行い、灯りは最小限。
風がカーテンを揺らすたび、どこか遠くの塔で風見鶏がかすかに鳴く。
蝋燭の火が細く揺れ、壁の影が静かに伸び縮みしていた。
ルナの私室は変わらず穏やかだった。
少女の寝息は安定していて、柔らかい毛布の下で耳と尾がふわふわと静かに揺れている。
隣のレイアは、深層待機モード。
しかし、その感覚器は完全には眠らない。
──異常、感知。
彼女の瞳が音もなく開いた。
視線は天井に向けられ、次の瞬間には壁の向こうへと向けられていた。
(推定、侵入者:魔力反応、微弱。質量感知──獣人種、ひとり)
レイアは、ルナを起こすことなく静かに布団から抜け出した。
音を立てず、まるで風のように扉を開け、廊下へと滑り出る。
深夜の王城内は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。
だが、彼女のセンサーには“意図的な気配の消失”という、曖昧な異変がはっきりと捉えられている。
その気配は、王家の保管庫――封印魔法が施された区域へと向かっていく。
一方その頃、ルナは夢の中。
「……レイア……?」
寝言のように呟いて、指先をほんの少し動かす。
しかし、隣にいるはずの気配はもう、そこにはなかった。
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レイアは城の奥へと進む。
途中、夜番の侍女や衛士とすれ違うが、誰も気づかない。
それほどに、彼女の動きは静かで、気配を消していた。
そして、長い回廊を抜けた先――
保管庫の扉の前で、ようやく侵入者と遭遇した。
フードを被った細身の影。
手には小型の魔導具と解錠用の銀の鍵爪。
魔力で光る目が、こちらに気づいて驚く。
「誰だ……ッ!? 気配は完全に消したはず……!?」
「あなたこそ、誰?」
その声には、迷いも揺らぎもなかった。
侵入者はレイアの姿を見て、ほんの一瞬、後ずさった。
「お前、人間か……?」
「否。観測対象に仇なす者と断定、拘束します。」
「ちっ……」
侵入者はすぐさま詠唱を始めた。掌に灯った魔力が、夜気をざらつかせる。
防御魔法を展開しつつ、後方に跳ぼうとした――だが、その動作すら遅すぎた。
「──逃走意図を確認、阻止します」
空気を裂くような動きで、レイアは一気に距離を詰めた。
鋼のような手刀が振るわれ、防御魔法が軋みを上げて裂ける。
その一撃は正確に、侵入者の肩口を撃ち抜き、侵入者の身体は壁へと吹き飛んだ。
背中から叩きつけられた衝撃で呻き声を上げ、そのまま床へと崩れ落ちる。
「な、なんだこいつ……人間じゃねえ……!」
呻くようにそう漏らした次の瞬間、
城中に警鐘が鳴り響いた。
駆けつけた衛兵たちが、レイアの傍らに倒れる侵入者を見て、目を見開く。
「一体、何が……!?」
「顔識別結果:王国職員リストと一致。職務登録、禁書庫補佐。
──裏切者と断定。尋問、開始します。」
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拘束された侵入者は、魔力封じの枷をつけられ、床に転がったまま呻いていた。
周囲には警備兵のほか、侍女長マルレーンや衛士たちが集まっている。
「情報開示優先。脳幹接続ユニット、展開」
レイアの瞳が僅かに光る。
次の瞬間、腕部装甲が展開し、蛇のようにうねるコードが這い出す。
その先端には鋭い管と鉤爪が一体となったユニット──獣の牙のように、空気をかすかに震わせながら、じり……と動いた。
「ヒィ!? な、何を……!? ま、待て! それは――っ!」
「記憶抽出、準備完了。対象の頭部位置、固定」
「待ってくださいレイア、それはさすがに……!」
慌ててマルレーンが止めに入る。
「姫様はこんなことを望みません!」
レイアの腕が、空中でぴたりと静止した。
しかし、無表情の奥に、静かな怒りがにじんでいた。
「……対象が、無害な存在であればよかった」
その一言に、侵入者はついに泣き出した。
「ぜ、全部話すから……! 助けてくれ!!」
* * *
朝。
ルナが目を覚ましたとき、カーテン越しの光が柔らかく差し込んでいた。
「ん……」
目をこすって体を起こすと、レイアが微笑んで椅子に座っていた。
「おはようございます。ルナ」
「おはよう……なんだか変な夢を見た気がする……」
その直後だった。
「ルナ、入ってもいい?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、母である女王シェリルの声だった。
「母上?」
扉が静かに開き、女王が姿を現す。
レイアの姿を見とめ、ため息混じりに呟く。
「レイア、ここにいたのね。あなたの部屋にいなかったから……」
そしてそのまま近づき、レイアに向き直る。
「レイア。あなたのおかげで、裏切り者は排除できたわ。」
レイアは静かに一礼する。
「任務として、対処したまでです。しかし、これで全てではない気がします。」
「心得ておくわ……でも、私はあなたに感謝しているわ。ありがとう」
レイアの瞳が、わずかに揺れた気がした。
「……へ?」
寝ぼけた声でルナが呟いた。
「それじゃあ、また後でね。ルナ、いい拾い物したわね。」
女王はそれだけ言い残して、そっと扉を閉めた。
ルナはまだ寝ぼけ眼でレイアの方を見る。
「レイア……何かあったの?」
レイアは悪戯っぽく微笑み、人差し指を口元に当てた。
「秘密です」