表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月姫の涙とアンドロイド  作者: ゆの
第一部:空より落ちて、月に触れるまで
10/24

第10章:夜の帳と、ふたりの距離感





王城の西塔──ルナの私室には、どこか子供っぽさが残っていた。




窓を開ければ心地よい風が吹き抜け、壁には冒険譚の挿絵、棚には図鑑や詩集。

窓際の机には、本人が描いたらしい拙い絵がいくつも並んでいた。


王女の部屋としては少し砕けた印象だったが、それがむしろ“彼女らしさ”を際立たせていた。





──唐突に部屋のドアが開く。





「さ、入って入って。今日からあなたは、うちの子みたいなものだから」


ルナは当然のようにドアを開け、レイアを招き入れた。


「了解」


レイアは部屋をひととおりスキャンすると、淡々と口を開いた。


「構造、家具配置、魔力の残滓、異常なし」


「いや、そういう確認じゃなくて……ああ、もういいわ」



ルナはベッドの端に腰をかけ、大きめのぬいぐるみを抱きしめていた。

既に陽は落ちて、窓の外には星がまたたき、部屋にはほんのりとランプの灯が揺れている。


「ねえ、レイア。それでね──」


ルナがぽつりと呟くように話しかけた。


「あなたの“本当の目的”って、結局何なの?」


レイアは少しだけ目を伏せた。


「……観測任務です」


「やっぱり、それなのね」


「──でも」


その言葉に、ルナは小さく目を見開いた。


「今は、ルナの保護、および周辺環境の安全確保が、任務の比重を占めつつあります」


「……それって、つまり……私を守ってくれるってこと?」


「はい。優先順位、第一位:ルナの安全」


嬉しさが一気に身体へと広がり、ルナの耳と尻尾がふわっと跳ねた。


「ふふっ、なんだか頼もしいわね」


ぬいぐるみを抱きしめたまま、ルナは照れくさそうに微笑む。


「そういえばね……」


ふと、彼女の目が懐かしげに細められる。


「初めてマルレーンが侍女として来た日、あの人ったらいきなり“姫様の下着はどこですか”って聞いてきて──」


──夜の帳が、ふたりを静かに包み込んでいく。



--



「さて、そろそろ寝ましょうか」


そう言ってルナがパジャマ姿になると、レイアが静かに問うた。


「質問。私はどこで待機すべきですか?」


「え? ここに決まってるじゃない」


ルナは不思議そうな顔でベッドをぽんぽん叩いた。



「この部屋に、予備の寝具は確認できません。つまり“同衾”ですか?」


「……えっ?」



同衾(どうきん)。対象と密着し、夜間の防御効率と情報収集の継続性を高める任務形態です」


「ま、待って! ちょ、ちょっと待ってね!? それ、何の任務!?」


レイアの淡々とした声に、ルナの耳と尾が一気に跳ね上がった。


「わ、私はただ……隣に寝てほしいだけで! なのに密着って……くっついて寝るのはまだ早いというか……!」


「接触と精神安定に因果関係があるのですか?」


「も、もういいっ! あなたはそこで立ってなさいっ!」


頬を真っ赤にして布団に潜り込んだルナの尾が、ふるふると揺れていた。


そのまま数分が過ぎた。


部屋は静まり、ランプの灯りだけが揺れている。


「……なんで本当に立ってるのよ、なんか逆に寝にくいのよ……」


「では、横になります」


レイアはすっと布団の端に滑り込み、静音機能でも使ったかのように、音ひとつ立てずに布団へと収まった。


手を伸ばせば、触れる事ができる絶妙な距離感──


しかし、レイアの目はぱっちりと開いたままだった。


「……本当に寝る気、あるの?」


「睡眠機能、起動。……ルナの脈拍、安定確認」


「……お医者さんじゃないのよ、あなたは」


ルナは笑いながら、そっと目を閉じた。


「誰かと寝るなんて、本当に久しぶり……」


意識を手放しそうになる中でルナはひとりこちる。


本当なら、“誰かと一緒に眠る”なんてこと、姫である自分にはあり得ないことだった。

でも――今、この時間が、なんだか特別で、心地よくて。


「……おやすみ、レイア」


「……おやすみなさい、“姫”」


呼び名に、ほんの少しだけ柔らかさが混じっていた気がした。


その夜、ルナは夢を見た。

森の中、銀の光が差し込むなか、誰かと手をつないで歩く夢。


それが誰かは分からなかったけれど、

つないだ手が温かくて、少しだけくすぐったかった。


レイアは浅い待機状態──“深層起動”のまま、ルナの寝顔を見つめていた。


──この行為に、任務とは異なる――未定義の価値が、あるのかもしれない。


ふたりの距離はほんの少しだけ、近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ