81通目【王都の文具店】
王都でショッピングどころか、ひとりでの外出すらほとんどしたことがないリゼットのために、ララがお気に入りの文具店を案内してくれることになった。
何でも聞いてちょうだいと、胸を張ったララは三人兄弟の末っ子で、ずっと妹がほしかったのだという。
「お姉さんぶりたいんだろう。すまないが、付き合ってやってくれ」
はりきって案内をするララを見て言ったのは、カヴェニャークの弟子であるルークだ。
ララからの手紙には、せっかくだから三蹟の弟子で集まって会わないかとあった。ル
ークが来るかはわからないけど、とも書いてあったが、待ち合わせ場所にいちばんに来ていたのがルークだ。意外に律儀で付き合いの良いタイプらしい。
ちなみに待ち合わせの時間に少々遅刻してきたのがララだ。
髪のカールが決まらなかったのだという理由がララらしい。きっちり完璧にしていないと次に行けないようだ。
そんなふたりは集まって早々にケンカを始めた。
『遅刻はいただけない』『男のくせに数分くらい待てないの?』『性別は関係あるのか?』『女は身支度に時間がかかるのよ!』と、こんな感じだ。
ぶつかることは多いが、お互いを嫌っているわけではないらしいことはもうわかっているので、リゼットはふたりの口論はコミニュケーションのひとつなのだなと思っている。
「まずは、レターセットと言えばここ! ティエリー文具店でしょう!」
ロイヤルストリートからは二本ほど外れた通りに、ララのお気に入りの店はあった。
この辺りは中小規模の商会が軒を連ねる通りで、ロイヤルストリートほど敷居は高くない、しかし質の良い商品をそろえる店が多いのだそうだ。
「君は本当にこの店が好きだな」
「レターセット好きなら当然よ。リゼット、ティエリー文具店は毎月新商品を出してくれる素晴らしいお店なの。お抱えデザイナーのセンスも抜群なんだから」
「まぁ、毎月新しい商品が? それではお店に通ってしまうのも当然ですね!」
石壁にミントグリーンの可愛らしいドアの店は、中に入ると文房具好きたちを悶絶させた。
等間隔にずらりと壁に並べられたインク瓶は、グラデーションを描きまるでアートのようだ。
奥のショーケースにはシンプルなものからデザイン性の高いものまで、様々な万年筆が宝飾品のように飾られている。
そしていちばん目立つ中央のテーブルには、驚くほどの種類のレターセットが配置されていた。ララの話していた通り、低めの棚には『今月の新作』として三つのレターセットが並んでいる。
「ウィステリア(藤)の薄紫、とても綺麗ですね!」
ウィステリアはルマニフィカではとてもポピュラーな花で、庭木に植えられていることが多く、よく塀から歩道にはみ出たウィステリアを見かける。
そんなウィステリアのカーテンの下には大抵『ご自由にどうぞ。あなたのお庭にも美しいカーテンを』などと書かれた札とともに、ウィステリアの種がカゴ一杯に置かれていたりするほどだ。
「このもこもこしたのは……ああ。羊の毛刈りね? そういえばそんな時期だわ」
少し変わった不規則な縁の白いレターセットは羊を表していたらしい。
封筒はもこもことしていて、中の便せんはつるんとしているのは、毛を刈る前と後なのだろう。
「こっちはカエルか。面白いが、いつ使うんだ……?」
デフォルメされたカエルの顔が封筒で、中に入れる便せんにはオタマジャクシからカエルになる過程が描かれていた。
ルークが難しい顔で「共食いか……?」と呟いているのが面白い。
「すごい。見ていて全然飽きませんね!」
「でしょう? もう一店、ミュッセ商会もレターセット好きなら欠かせないお店なんだけど、そっちは王室御用達でとんでもなく高級だから、気軽には入れないのよね。私も師匠と一緒のときにしかまだ行ったことがないのよ」
「僕も師匠と一緒に行ったが、常連からの紹介が必須で、予約もかなり先まで埋まっていると聞くな」
「そ、そんなにすごいお店なのですか? 王女宮で一度商談に立ち会わせていただいたのですが、たしかに洗練されたデザインのものばかりでした」
そしてお値段的にも飛びぬけていた。王族かとんでもない富豪のような、選ばれた者だけが利用できる店だと確信したくらい、ゼロの数が多かったと記憶している。
「王女殿下とミュッセ商会の商談に立ち会ったの⁉ それってすごいことよ!」
「えっ」
「貴重な経験だな。どんな商品が用意されていたんだ? 商会側には誰が来ていた?」
「えっと、商品についてはお話ししていいのかわかりませんが……商会長がいらっしゃいました」
「ミュッセ商会長と会ったの⁉」
「どんな方だった!? 人前に姿は現さないことで有名なんだぞ!」
ものすごい勢いでふたりから詰め寄られ、リゼットは目を白黒させる。
人前に姿を現さない? あの商会長が? と頭の中でミュッセ商会長の姿を思い浮かべる。
アナ=マリア・ミュッセと名乗った彼女は、黒のひっつめ髪で地味な装いだが、鋭い眼光を眼鏡で隠した、ただならぬ雰囲気の女性だった。
「でも、とても気さくな方でしたよ……?」
「気さく!? 気さくって⁉」
「一緒に商品開発をしませんかとおっしゃってくれて……」
「はぁ⁉ 商品開発!?」
ララの悲鳴にも似た声に、さすがに店員の目が険しくなったので、リゼットとルークでララをさらうように急いで店を出た。
「ちょっと、商品開発って何!?」
「落ち着け。公道で騒ぐなど品位が疑われる」
「別に私は誰に疑われても構わないわよっ」
「そういう問題ではないだろう」
また言い合いに発展しそうだったので、リゼットは慌ててふたりの間に割って入る。
いまのララの興奮具合だと、コミニュケーションの範囲で終わりそうにないと思ったのだ。
「あの! 商品開発の話は、恐らく社交辞令だと思うので、次のお店に行きましょう!」
「社交辞令? ミュッセの商会長が?」
「わ、わたし、万年筆も見てみたかったのです! おすすめのお店はございますか?」
商品開発については『近いうちに改めて』と商会長が言っていただけで、社交辞令か本気なのかははっきりしていない。
敷居が高すぎてリゼットから商会に伺うことはできないので、向こうからの接触待ちの状態。つまり嘘はついていないのである。
何とかララが落ち着いてくれたので、今度はルークの案内で彼の行きつけの万年筆専門店に案内してもらった。
「シアマ万年筆店で取り扱っているペンは安価なものから高価なものまで様々だが、どれもほど良い重みで飾り気がなく、質で勝負している本物だ」
「シアマの万年筆は使いやすいわよね。その分遊びが足りないけれど」
「シアマに遊びは必要ない。何年先も変わらない使い心地を保証する信頼性こそがシアマだ」
「いかにも、あんたらしいわ」
左右対称の店構えに、左右対称の店内配置。
きっちりと等間隔で並べられたショーケースに、指紋ひとつなく磨かれたガラス。値札の統一性まで完璧で、たしかにシアマ万年筆店はルークのイメージともよく合っていた。
さすが専門店だけあって、万年筆の種類が驚くほど豊富だ。他国から輸入もしているようで、この辺りでは見ない民族柄の透かし彫り飾りがついたものもある。
「まあ! 名前や、日付も刻印することができるのですね……。そうだ、もし良ければ、記念に三人でおそろいの万年筆を持ちませんか?」
せっかく三蹟の弟子として出会い、こんな風に出かけられる仲になったのだ。
この喜びを何かの形に残せたら、と提案したのだが、なぜかふたりの表情が同じように固まった。
皆様優しいお言葉ありがとうございます! 優しくされてしまうとがんばっちゃうちょろ作者です。