66通目【自信と決意】
いつぞやの外交官たちが、額を合わせるようにして手紙を覗きこんでいる。
王女宮生活五日目。今朝届いたヘルツデン王太子の手紙を確認しに、外交官たちが王女の執務室を訪れていた。
あれこれ話し合った彼らは、興奮した様子で「これは間違いございません」とリゼットたちを振り向いた。
「フェロー女史のおっしゃっていた通り、ヘルツデンの王太子殿下は古い習わしを手紙に用いられていたようでございます」
「さすがフェロー女史ですね」
「素晴らしいことです」
前回会ったときの呼び方はリゼット嬢だったのが、フェロー女史に変わっている。何だか認めてもらえたようで、面映ゆい。
外交官たちから手紙と、その翻訳を書いた紙を受け取り、レオンティーヌはじっくりと読み比べている。
前回リゼットがヘルツデン語で手紙の代筆をしたからか、ヘルツデンの王太子もヘルツデン語で返事をくれたのだ。
翻訳だけを読むのではなく、実際の手紙と照らし合わせている王女が素敵だと思う。婚約者からの手紙を心待ちにしていたのだろう。
(いまならレオンティーヌ様のお気持ちが、ちょっとわかってしまうわ)
リゼットの頭に浮かぶのは、筆不精の軍神の姿だ。
筆不精なりに、リゼットの質問や話題に丁寧に答えようとしてくれるウィリアムからの手紙は、リゼットの一番の楽しみなのである。
「本当だわ……。“我が国の文化に寄り添おうとしてくれる、貴女の心が好ましい”ですって」
「良かったですね、レオンティーヌ様!」
「リゼット先生のおかげです。先生が古い習わしについて提案してくださったから、ヨハネス殿下に喜んでいただけました」
本当に嬉しそうなレオンティーヌの笑顔に、リゼットも幸せな気持ちになる。
今回のことはしっかりと記録に残しておかなければ。そう言って、後日リゼットに外務部に来てほしいと頼むと彼らは本宮へと戻っていった。
何やら代筆とは関係のない仕事のように感じるが、自分が役に立てるのならいいか。
そんな気持ちでいたリゼットを、レオンティーヌが心配そうに見た。
「リゼット先生。今回のことだけなら構いませんが、頻繁に外務部に呼び出されるようならお気をつけくださいね。お兄様が何か企まないとも限りません」
「はっ! そ、そうですね。今回だけと条件を付けさせていただこうと思います。そこまで考えが至りませんでした」
「……やっぱり、心配だわ。私がヘルツデンに嫁いだあと、リゼット先生をお兄様から守れる方がいらっしゃらないと。こうなったら一日も早く、アンベール子爵にプロポーズをしていただかなくては」
「レ、レオンティーヌ様。私とウィリアム様はそのような関係では……」
「まだ、そのような関係でないことが問題なのです! いずれなるのだから、早まっても何も問題はございませんでしょう?」
王女は迷いなく言い切っているが、言っていることがめちゃくちゃだ。いずれそういう関係になると決まっているわけではないのに、問題ありまくりである。
よくわからないがレオンティーヌが興奮しながら意気込んでいるところに、噂のウィリアムが王女宮を訪れたのは、タイミングが良いのか悪いのか。
応接間まで移動したリゼットについてきた王女は、部屋に通されたウィリアムに向かって開口一番「男を見せてくださいね!」と指を突きつけた。
困惑するウィリアムに、レオンティーヌはなおも続ける。
「早くしないと、お兄様だけではなくどんどん邪魔者が現れるのは間違いありません。リゼット先生はこんなにも優秀で真っすぐで愛らしい方なのですもの。すでに外務部の方々はリゼット先生に夢中ですし、宮廷で評判になるのも時間の問題――」
「レ、レオンティーヌ様! 国王陛下とのご会談のお時間では?」
慌ててリゼットが止めると、侍女たちにも促され、レオンティーヌは渋々父王に会いに向かった。
部屋を出るとき「私が壁になれるのは、この国にいる間だけですよ」とウィリアムに釘をさすかのようなセリフを残して。
「……一体、何があったんだ? また王太子殿下が干渉してきたのか」
「いえ! 先ほどヘルツデンの王太子殿下からお手紙が届いたので、興奮されていただけかと思います。そんなことより、何か御用でしょうか?」
「ああ。お祖母様からこれを預かってきた」
「スカーレット様から、手紙……ですか?」
「以前出した手紙の返事がきたそうだ。リゼットにも読ませてやってほしいと」
ウィリアムが胸元から出したのは、柔らかなペールピンクの手紙だった。そこに柔らかなタッチで白い鳩が描かれている。
「もしかして、ミギス出身のご友人からのお手紙でしょうか? 初孫が生まれるとおっしゃっていた」
「よくわかったな。その通りだ。無事生まれたらしい」
「それは良かったです! 白い鳩はミギスでは幸福の象徴とされているので、ピンときたのです」
「白い鳩が? そうなのか。ルマニフィカでは幸福の象徴といえば青い蝶だが、国によって違うのだな」
さすがよく知っている、と褒められリゼットは誇らしい気持ちになる。
以前は褒められても恐縮してばかりだった気がするが、デビュタントを終えてからは誉め言葉をありがたく受け止められるようになった。
どうして受け止められるようになったか、自分でもよくわかっていない。特に自分の能力が向上したということはないのだが、ここに来て色々経験し、自信のようなものがついたのだろうか。
「赤ん坊は少し早く生まれたそうだが、リゼットの代筆のおかげか、問題なく育っているとのことだ」
「心配されているとのことでしたものね。このまま健康に大きくなってほしいですね」
妖精の祝福がどれほどの効果を発揮したかはわからないが、少しでも役に立てたのなら嬉しい。
喜ぶリゼットにうなずいて返すと、ウィリアムはもう一通手紙を差し出してきた。
「これは私から。直接渡すのは、少々むず痒いな……」
「ありがとうございます! 手渡しでいただけるのも、とっても嬉しいです!」
ほくほくと受け取り、リゼットは二通の手紙を抱きしめた。
毎日手紙がもらえて、書くこともできて、こんなに幸せでいいのだろうか。
「……リゼットと手紙のやり取りをしてよくわかった」
「え?」
「君は素晴らしい仕事をしている。心配は尽きないが、応援している」
ウィリアムはそう言うと、リゼットの頬に手を伸ばす。
しかし降れる直前、頬から肩へとその行き先は変わっていた。労うようにぽんぽんとリゼットの肩を叩くと、ウィリアムは「では、また」とマントを翻し去っていった。
素晴らしい仕事。ウィリアムにそんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。何せ筆不精な軍神様なのだ。祖母であるスカーレットのすごさだって、いまいち理解していないように見受けられることが多々ある。
そんなウィリアムに応援してもらえたのだ。頑張りたい。もっともっと。
リゼットは指南役に用意された部屋に戻ると、文机に置いたままだった手紙を手に取った。
昨日シャルルから届いた手紙だ。すでに封は切っており、内容も確認している。
『リゼットに直接、謝りたいことがある。少しだけでも会えないだろうか』
この手紙にどう返事をしていいのか迷っていた。だが、このままにしておいて良いとは思えない。
シャルルのためにも、自分のためにも。
前に進むために、リゼットは便せんを取り出し、ペンを持つのだった。
早まるなリゼット―――!! と思った方は、ブクマ&☆☆☆☆☆評価をぽちっとよろしくお願いいたしますー!




