54通目【ダンスと出会い】
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「デュシャン卿と踊りたかったか? 幼なじみだしな。しかし残念ながら、今宵は躍らせてはやれないのだ」
「はあ……」
「アンベール子爵がな、妹に身分による立ち入り区域の分割を進言したのだ」
「立ち入り区域の分割、ですか? ウィリアム様が?」
リゼットは初耳だったが、ウィリアムがこの縦長の聖樹の間を上下に分け、聖樹に近い区域を王族、上位貴族、またはそれに準ずる者のみ立ち入りを許可するよう王女に提案したらしい。
それ以外の下位貴族には聖樹から遠い区域を当て、ダンスホールも同様に上下で分けることになったそうだ。
上位の者が下の区域へ移動することは可能だが、下位の者が上へ移動することは出来ないという。
「つまりこの近くには上位貴族しかいない。ちなみに今回上位とされたのは、王家と公爵家、侯爵家、それに準ずる者だ。リゼット嬢のような上位貴族の後ろ盾を持つゲストなどだな」
ルークやララも、同じくゲストという扱いらしい。
三蹟は王家からも尊ばれる特別な存在。その弟子もまた丁重に扱われるのだそうだ。
「リゼット嬢の家は今回下位に当たる。舞踏会に参加はしているが、近くに来ることは出来ない。安心するといい」
「ありがとうございます。そうですか、家族が来ているのですね……」
この広い聖樹の間のどこかに、ジェシカたちがいる。もしかしたらいまも、どこかからリゼットを見ているかもしれない。
想像すると背筋がぞわりとしたが、顔には出ないよう努めた。
「伯爵位を下位貴族に入れるのはどうかと思ったが、アンベール子爵が譲らなかった。何が何でも、デュシャン卿をリゼット嬢に近づけたくなかったのだろう。万が一にも卿がそなたにダンスを申しこむことがないようにしたかったわけだ」
シャルル自身は騎士爵だが、父親はデュシャン伯爵だ。宮廷舞踏会には伯爵家の者として参加することになるだろう。
聞けば休憩のために軽い食事が用意された部屋も、大広間と同じようにきっちり上位下位で別れているそうだ。本当に徹底している。
「デビュタントを迎えたレディに対し、過保護なことだ。まぁそういうわけで、リゼット嬢とダンスを踊らせてやれないのなら、せめて踊る姿くらいは見せてやりたいと思ってな」
「どういう意味でしょう?」
「デュシャン卿には近衛としてそばに控えてもらうことにした。……ほら、あそこにいるぞ」
くるりと王太子がターンしたことで、彼の肩越しに聖樹が見えた。
その下に、白い騎士服の男性が数名立っている。そのうちのひとりがシャルルだった。
幼なじみはこちらを見ていた。感情の読み取れない顔で、ただ真っすぐに視線を送ってくる。
王太子の護衛なのだから、シャルルとその周囲を見守っているのだろう。わかっていても、彼の視線が自分へと向けられているような気がして落ち着かない気分になった。
「卿はいま、どんな気持ちでいるのだろうな?」
「……殿下こそ、いまどのようなお気持ちなのですか?」
つい責めるような言い方をしてしまい、ハッとする。
相手は王太子殿下。一介の令嬢でしかないリゼットが、このように生意気な口をきいて良い相手ではない。
しかしアンリは気にした様子もなく、むしろ機嫌よさげに笑ってみせた。
「私か? 私はいま、すこぶる愉快だ」
「……そのようで」
頭の中の小さなレオンティーヌがまた「そこで足を踏んで!」と訴えていたが、結局最後までアンリに振り回されて終わってしまった。
「ゆっくり楽しんでくれ」
王太子スマイルでそう言うと、アンリは軽やかな足取りで去っていく。すぐに貴族たちに囲まれてその姿は見えなくなった。
数時間は踊っていたような疲労感でいっぱいなリゼットに、次のダンスの相手であるルークが「大丈夫か?」と気遣ってくれた。
「王太子殿下のお相手は、さすがに荷が勝ち過ぎたな」
「はい……私には殿下が何を考えていらっしゃるのか、さっぱりわかりません」
「師がおっしゃっていた。考えるだけムダな相手は存在する、と」
三蹟がひとりカヴェニャークは、実はとても心配性で平和主義でもあるのだとか。
そのカヴェニャークが、王太子アンリを危険人物とみなしているという。出来るだけ関わらないようにと強く言われているらしく、リゼットは然もありなんとうなずいた。
「あの方が次期国王だと思うと、とても不安な気持ちになるのは僕だけだろうか」
「奇遇ですね。私もです」
アンリが国王になった暁には、国民すべてが彼の玩具の駒になるのではないかと考えてしまう。
そこまでの人ではない。きっと即位すれば悪い癖を出すことなく落ち着くはず。そう思うのは、ただの願望でしかないだろうか。
「まぁ、僕らが国の未来を憂いても仕方ない。君は今日を全力で楽しむといい。デビュタント、おめでとう」
「ありがとうございます、ルーク様!」
「僕はあまりダンスが得意ではなくて、すまない。君ははじめての舞踏会とは思えないくらい上手だな。正直驚いた」
「まぁ、本当ですか? 実は先ほどから、ルーク様の足を踏まないよう必死なのです」
「大丈夫だ。ラビヨンの弟子にはすでに何回も踏まれている。僕らはどうやら、器用なのは手だけのようだ」
ララもダンスは不得手らしい。三蹟の弟子たちはそろって足は不器用だとわかり、リゼットはほっとしながら笑った。
いつの間にか、シャルルのことは気にならなくなっていた。
ルークとも踊り終えてウィリアムたちの元に戻ると、相変わらず遠巻きにされている冷え冷えとした空気を放つ軍神が待っていた。
「ウィリアム様、どうでしたでしょうか? 私、踊れていましたか?」
「まぁ、上出来だ。……王太子殿下とは何を話していたんだ?」
「あー……その、ウィリアム様が、私が安全に踊れるよう取り計らってくださったことを聞きました」
お礼を言うと、なぜか渋い顔をされる。
スカーレットが代わりに教えてくれたのだが、どうやらウィリアムは、ジェシカやシャルルが舞踏会には参加できないようにしたかったらしい。
さすがにそれはやり過ぎだとアンリに阻まれたそうで、まだそのことを不満に思っているのだという。
ウィリアムの気遣いが嬉しい反面、いつまでも甘えてはいられないなという気持ちもわいてくる。
デビュタントを済ませた自分はもう一人前だ。ウィリアムやスカーレットに心配をかけないよう、自分自身で気を付け、自分で自分を守れる力をつけていかなければ。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
立派なレディとして気を引き締めたリゼットに、声がかけられた。
振り返ると、ふんわりとした薄水色のドレスを身にまとう、同い年くらいの令嬢がそこにいた。
「突然申し訳ありません。先ほどのダンスが素敵だったので、思わず声をおかけしてしまいました。私、フォートリエ侯爵の孫娘、イネスと申します」
「えっあっ。ありがとうございます。私はリゼット・フェローと申します」
「もし、よろしければなのですが、休憩室で少しお話しいたしませんか? デザートや飲み物もありましたので、座っておしゃべりできると嬉しいのですが……」
「わ、私とですか? 本当に?」
驚きながら、リゼットはスカーレットを振り返る。
お友だちになれそうな予感に胸が躍るが、まずはシャペロンであるスカーレットの了承を得なければ。ならない。
ダンスの相手も友人も、それがデビューしたての娘にふさわしい相手かどうか、右も左もわからない本人に代わり見極めるのもシャペロンの務めなのだそうだ。
王太子は煽っていくスタイル




