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5通目【壊された鳥籠】

 


 スカーレットとの約束の日がやってきた。

 今朝はずいぶんと早く目が覚めたリゼットは、身だしなみを念入りに整え、荷物を何度も確かめたりと落ち着きなく過ごしていた。

 楽しみ過ぎてあまり眠れなかったのに、ちっとも眠気は訪れない。そわそわしながら、伯爵家からの遣いをいまかいまかと待っていたのだが――。


 もうそろそろ遣いが来るだろうと、部屋を出ようとしたとき。ガチャリと鍵のかけられる音がしてリゼットはハッとした。


(まさか……閉じこめられた!?)


 慌てて扉を開こうとしたが、やはり鍵がかけられていた。

 これまでも、継母の機嫌が悪いとき、代筆が終わるまで部屋から出てこないようにと、鍵をかけられたことは何度もあった。しかし今日は朝食の席で、父が「リゼットは伯爵家に呼ばれている」と継母たちにも話してくれていたのに。



「あ、開けてください! 誰か!」



 今日ばかりは、いつものようにおとなしく閉じこめられていることはできないと、リゼットは扉を叩き、叫んだ。

 誰でもいい。使用人でも、父の意向を聞いていれば開けてくれるかもしれない。


 しかし扉の向こうから聞こえてきたのは「ダメよ」という継母メリンダの声だった。



「お義母様! 開けてください! お父様には外出の許可をいただいているんです!」



 鍵は廊下側からかけられ、内側からは開けられないようになっている。元々使っていたリゼットの部屋に鍵はなかったが、継母たちがリゼットに代筆だけをさせ閉じこめる為に、この物置部屋にリゼットの部屋を移したのだ。

 小さな頃リゼットが使っていた日当たりの良い部屋は、いまは義姉ジェシカのものになっている。



「今日は部屋から出さないわよ。まったく、まだ私たち家族の代筆も終わってないくせに、何で他人の代筆なんか引き受けたんだか!」

「お義母様たちの手紙は自分で返事を書くように、お父様が今朝言っていたじゃないですか!」

「今更自分で書けるわけないじゃないの! 私たちの代筆が終わるまで部屋からは出られないと思いなさい! 食事も終わるまでなしよ!」

「お義母様!」



 カツカツと、母の靴音が遠ざかっていく。

 リゼットは固く閉ざされた扉の前に座りこみ、頭を抱えた。



「どうしよう。スカーレット様と約束したのに……」



 恐らく継母は、スカーレットが寄越すと言っていた迎えの馬車が来ても、リゼットは体調不良だ等と適当なことを言って追い返すだろう。

 家の使用人は基本継母の言いなりなので、彼女を止める者はいない。やはり彼女を止められるのは父だけなのだ。



「あんたって、本当にバカねぇ」



 不意に扉の向こうから義姉ジェシカの声が聞こえ、慌ててリゼットは扉にすがりついた。。



「お義姉様! 開けてください!」

「開けるわけないじゃない。おとなしくしていないから、こういうことになるのよ。身のほど知らずって知ってる? いつまで自分が恵まれた立場だと思ってるんだか」

「そんな……お願いします、お義姉様。私どうしても行かなくちゃいけないんです」

「知らないわよ。これに懲りたら、黙って私たちの代筆だけやることね」

「お義姉様!」



 ジェシカの笑い声も遠ざかっていき、部屋には静寂が訪れた。

 使用人たちの気配もない。皆、ここには近寄らないよう継母に言われているのだ。


 リゼットは唇を噛んだ。なぜ、こんなにも蔑ろにされなければならないのだろう。ここまでされなければならないことを、自分は何かしただろうか。

 この家に味方は誰もいない。継母たちはもちろん、使用人も、父だってそうだ。継母たちが反発することくらいわかるだろうに、父は何の対策もしてくれなかった。

 そんな風に誰もかれもを恨みたい気持ちになりかけて、リゼットは思い切り自分の両頬を叩いた。



「くじけちゃダメ、リゼット。そんなことより、ここから出る方法を考えなきゃ」



 継母たちに何を言われたとしても、あきらめたくはない。スカーレットとの約束は絶対に守る。彼女のためにも自分のためにも。そう決めたのだ。


 リゼットは早速動き始めた。部屋の窓からカーテンを外し、ベッドのシーツも外す。

 それを結んでも長さが足りなそうだったので、もったいないがそれらをハサミで切り裂いた。いくつかの紐にしてから、それらを固く結んで即席のロープを作る。

 体重をかけて結び目がほどけないか心配だが、少しでも耐えられればよしとした。もし途中でほどけたとしても、下は芝生なので何とかなる……はず。



「鞄は……持って降りるしかないか」



 先に降ろしてしまいたかったが、そこまでロープの長さはない。手紙を書くための大切な道具が入っているので、放り投げるのは論外だ。

 リゼットの筆記用具はすべて、亡くなった母から受け継いだもの。どれも年季が入っているが、丁寧に手入れをしてきた愛着のある宝物である。命よりも大切と言ってもいいくらいだ。



「最悪、手さえ怪我をしなければ代筆はできる!」



 とりあえず、そのもしもは考えないようにして作業を進める。

 ベッドの脚に即席のロープをくくりつけ、反対側は窓の外に垂らす。なんとか下に届く長さにはなった。あと必要なのは勇気と気合だ。



「よ、よし……。リゼット・フェロー、行きます!」



 震えながら窓枠に乗り上げ、ロープをグッと引っ張ってみる。古いベッドがギシリと軋み、リゼットの心臓も軋みそうになった。


 大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせ窓枠から外へと体を移そうとしたとき、扉の向こうが騒がしくなったのを感じた。

 継母だろうか。まさか、脱走しようとしていることに気づかれたのか。



「急がなきゃ……!」



 しかし焦ると余計にロープを握る手が震え、細い窓枠に乗せた腰が不安定になる。

 もし落ちたら、当たり所が悪ければ、と嫌な考えばかりが浮かぶ。何がなんでもこの鞄に詰めた道具だけは死守しなければ。


 リゼットが涙目になった時、突然部屋に強く扉を叩く音が響いた。

 続いてガチャガチャとノブが回される。誰かが言い合うような声も響いてきた。一体扉の向こうで何が起こっているのか。


 とにかく逃げなければ。リゼットが意を決してえいや!と外に身を投げ出そうとした瞬間、破裂するような音と同時に閉ざされていた扉が吹き飛んだ。


(う、嘘でしょ……!?)


 驚いたリゼットの目に飛びこんできたのは、あの厳しい顔をした軍人、ウィリアムだった。



「何をしている!?」



 ウィリアムはいままさに外に飛び出そうとしているリゼットを見ると、そう怒鳴り手を伸ばしてきた。



「え……あっ」



 その剣幕に動揺し、リゼットの体がぐらりと傾く。

 落ちる! と思った瞬間、長い腕にしっかりと抱き寄せられていた。

 



軍服最高ゥ!!! という同志はブクマ&☆☆☆☆☆評価をぽちっと!!

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