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【ネトコン13受賞】代筆令嬢リゼットはくじけない ~あなたの代筆はもうやめにします~【書籍化決定】  作者: 糸四季


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47通目【代筆者の誇り】

 


 公爵邸に移り、一週間が過ぎた頃。

 リゼットは用意された客間でララに手紙を書いていた。


 指南役の選定で出会った、ララ・モニク。三蹟のひとりラビヨンの弟子で、ララ自身も素晴らしい能筆者だ。

 彼女に手紙を書くのはこれが初めてではない。ワロキエ商会で再会したとき、取り乱したリゼットに親切にしてくれた彼女に、すでに一度お礼の手紙を送っている。

 ララからは本人の性格のまま、ツンツンとした文面でリゼットを心配する返事が届いた。いま書いているのはその手紙への返事である。



「そうだ。舞踏会、ララ様も参加されるか聞いてみよう」



 もし王宮のパーティーに参加したことがあるのなら、色々教えてほしいとも書いてみる。

 ララはツンツンしているがとても優しく面倒見の良い人なので、きっと「仕方ないわねぇ」と言いながらも親切に教えてくれるだろう。


 手紙には師がリゼットの手紙を見て褒めていたともあったので、そのお礼も綴る。あの三蹟のひとり、ラビヨンに褒めてもらえたなど、なんと光栄なことだろう。

 舞踏会で直接お礼が言えたらいいなと思いながら、ララの手紙を手に取りため息をつく。



「やっぱり、ララ様の筆跡ってなんて美しく艶やかなの……」



 何度読んでもうっとりしてしまうララの筆跡。大人の女性の魅力あふれる彼女の手紙は、早く大人になりたいリゼットにとって憧れずにはいられない。

 いつか自分も、と思っていると公爵家のメイドが来て、リゼットに来客だと知らせてくれた。


 案内された応接室には、スカーレットとともに、麗しい紳士が立っていた。

 ワロキエ商会のジーンだ。今日も浮世離れした美貌にモノクルを装着し、営業用の笑顔を貼り付けている。



「ごきげんよう、ジーンさん。先日は大変ご迷惑をおかけしました」

「とんでもない。元気なお姿を見られて良かったです。あの日の騒ぎを聞いたときはこのジーン、生きた心地がしませんでした」



 大げさに胸を押さえるジーンに笑ってしまう。



「あの日、ジーンさんのおかげでボヤ騒ぎで済んだのかもしれません」

「私の、ですか?」

「ええ。ジーンさんからいただいた、月光薔薇の夜蜜を、早速紅茶に入れて妖精さんに振舞ったのです。そうしたら、妖精さんが姿をちょっぴり現して火事を知らせてくれました!」

「妖精が火事を? 本当ですか?」

「本当らしい。リゼットについている妖精は、リゼットがよほど大切なようだ」



 驚くジーンにスカーレットが言い、リゼットはそうだといいなとはにかむ。

 これまで存在を知らずにいた分、リゼットも妖精を大切にしていきたい。



「そうですか……。おふたりのお役に立てたようで光栄です」

「はい! ジーンさん、本当にありがとうございました!」

「私からも礼を言うよ。大切な邸を失わずに済んだ。ありがとう」



 リゼットとスカーレットからの感謝に、ジーンは「もったいないお言葉です」と胸に手を当て優雅に礼を取る。

 さらりとジーンの絹糸のような髪が揺れる様子は美しく、いま彼の背中から妖精の羽が生えても驚かないななどと考えた。



「本日は、ご注文いただいた品が完成いたしましたので、お持ちしました」



 そう言うと、ジーンはグローブをはめた手でジュエリーケースのような小さなビロード張りの箱を開いてみせた。

 そこに入っていたのは宝石の輝く指輪……ではなく、シグネットリングだ。


 あのボヤ騒ぎがあった日に、いくつかのデザイン案を受け取っていたリゼットの印章。公爵邸に来てから選んだデザインをワロキエ商会に伝えたのだが、たった三日前のことだ。



「も、もう完成したのですか?」

「はい。当商会の職人が全力で仕上げました。どうぞ手にとってお確かめください」



 箱ごと受け取り、リゼットはまず色々な角度からリングを眺めた。

 不思議な色をしているが、一体何の素材で出来ているのだろう。一見金色に見えるが、よく見ると緑がかっていて、角度によってその濃さも変わる。



「とある翡翠色の湖の底でのみ採れる、スティラピスという岩石を加工した金属で出来ています。妖精が好む金属と言われており、柔らかく加工に向いているのが特徴です」

「スティラピス……綺麗ですね」

「そういえば、昔スカーレット様が原石をご購入されたと記憶しておりますが」



 同席していたスカーレットにジーンが話を振ると、スカーレットは軽く肩をすくめてみせた。



「ああ。趣味でいくつかね」

「そうなのですか? いつか見せていただけるでしょうか……?」

「私の邸に戻ったら、すぐにでも見せてやろう」



 スカーレットは他にも、妖精にまつわる逸話があるような石や宝石を集めているらしい。

 本当かどうかもわからないものも揃っているが、趣味だからそれでいいのだそうだ。リゼットは伯爵邸に帰る楽しみがひとつ増えたことが嬉しかった。

 自分に寄り添ってくれているという妖精も、好ましい石を見て喜んでくれるといいなと思う。


 印章の部分のデザインは、リゼットが想像していた以上に細かく彫られていた。

 妖精の羽のステンドグラスのような模様の部分と、スカーレットをイメージした小さなバラの部分。どちらの彫りも繊細でうっとりため息をついてしまう。



「た、試しに押してみてもいいでしょうか?」

「どうぞ。こちらをお使いください」



 ジーンはサッとインク台と紙を出し、インクを拭う布巾まで用意してくれた。

 ありがたくそれらを使わせてもらい、ドキドキしながら出来たばかりの印章を押印してみる。ゆっくりとリングを離すと、繊細な彫りが見事にそのまま表現されていた。

 インクの微かなにじみまで計算され尽くした彫りだったようで、リゼットはその出来栄えに感動する。



「すごい……見てください、スカーレット様! こんなに素敵な印章が!」

「ああ……」



 印が押されたほうの紙をスカーレットに見せると、彼女は目を丸くしていた。

 そこでハッと気づく。スカーレットのシグネットであるバラをデザインに入れたことを、いまのいままで秘密にしていたのだ。



「あ……じ、実は、ジーンさんにお願いして、デザインにバラを追加したのです。スカーレット様をびっくりさせたくて……」

「私を驚かせようと?」

「はい。スカーレット様の代筆者になれたことは、私にとって思いがけない幸運だったのと同時に、誇りなのです。だからスカーレット様のシグネットであるバラをどうしても入れたくて……っ⁉」



 もしかして失礼だっただろうかと、途中から不安になったリゼットを、スカーレットが細い腕で強く引き寄せた。

 ふわりと香るバラの匂いに包まれて驚くリゼットに「まったく……」とスカーレットが優しい声で囁いた。



「お前は、何でこんなに可愛いのだろうね」

「スカーレット様……」

「嬉しいよ。ありがとう。私の可愛い代筆者」



 そんな愛に満ちた言葉をかけられて、リゼットは胸の奥から熱いものが込みあげてきた。


 ダメだ、いま泣いたらスカーレットのドレスを濡らしてしまう。そう思うのに離れられない。

 だからリゼットはいまだけ、ちょっとだけ、と甘えてスカーレットの肩口で愛を与えられる喜びを嚙みしめるのだった。




いつも嬉しい感想を本当にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
1話から読み返してスカーレットの鮮やかな救世主っぷりを目の当たりにし… お父さんの初手も読み返してセリーヌに一体何がと改めて思い… 直接対決に期待が募ります
 麗しく尊い師弟愛…(´;ω;`)
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