34通目【筆不精の軍神】
手紙とは本当に素敵な文化なのでウィリアムにも好きになってもらいたいとは思ったけれど、押し付けは良くないとぐっと我慢する。
リゼットにとっての手紙が、ウィリアムにとっては剣術や戦術に当たるのかもしれない。
多方面に興味のあるリゼットではあるが、戦いについてはあまり強く気持ちが動かないので、お互い様で終わらせるべきなのだろう。
「軍の方は手紙を書かれない方が多いのですか?」
「そうだな。筆不精な人間が多い印象だ。妻や婚約者からの手紙の返事に苦悩する奴も少なくない」
「そうなのですね。では、近衛の方のほうが筆まめなのかもしれないですね」
シャルルは違ったけれど、と苦い記憶を思い出しながらリゼットが言うと、ウィリアムは眉間のしわを更に深くさせた。
「……なぜ近衛が筆まめだと?」
「ヘンリー様が早速お手紙をくださったので、そういうものなのかなと」
「あいつか……」
ウィリアムは目元を押さえてため息をつく。
ヘンリーの手紙については話さないほうが良かっただろうか。
「いいか、ヘンリーのように、誰にでも簡単に手紙を送る男はいる。しかもひとりに送るような誠実さはない。手当たり次第にだ」
「て、手当たり次第……?」
「またあいつから手紙が届くようなら、読まずに燃やせ」
それはさすがにどうだろう、と苦笑いするリゼットに、ウィリアムは「呪いの手紙だと思って燃やせ」と念押ししてきた。
本人の人柄のまま、楽しい手紙だったのだが、それを呪いの手紙と評するとは。だが仲が良いからこそ言えることなのかなと思うと、何だか微笑ましかった。
ウィリアムが素直にそれを認めることは、きっとないのだろうけれど。
「それで、あいつは手紙で何と?」
「ああ。お会いしたときにもおっしゃっていた冗談を、手紙にも書いてくださいました。デビュタントの際は名前を思い出してほしいって」
「思い出さなくていい。あいつの名はいますぐ忘れろ」
「ええ? うふふ。ウィリアム様ったら、本当にヘンリー様と仲良しなんですね」
遠慮なくものを言い合えるような友人がいないリゼットは、ふたりの関係をうらやましく思ったのだが、ウィリアムは心底嫌そうな顔で「勘弁してくれ」と首を振る。
「そういうことじゃない。あいつは悪い男だから返事を書く必要はないと言ってるんだ」
「ヘンリー様は悪い人なのですか? 近衛騎士様なのに」
「悪人ではないが、悪い男だ。とりあえず、近衛から手紙が来ても返事は不要だ」
「でも……マナー違反になりませんか?」
ウィリアムは「ならない」と真顔で言い切ったので、よくわからないがそういうものかと一応うなずいたリゼットだったが。
スカーレットが笑いをかみ殺すような顔で、金属で出来た扇でウィリアムのお尻を無言で叩くのを目撃してしまった。
「困った孫だね。リゼット、手紙の返事はお前の好きにしていいんだよ」
「はぁ。良いのでしょうか?」
「お前に届いた手紙だからね。それよりデビュタントだね。伯爵夫人から茶会の誘いもあったし、リゼットを夜会に招待したいという手紙も来はじめるだろう。その前にデビュタントは済ませておきたい」
デビュタント。その言葉にリゼットはぴんと背筋を伸ばす。
何度かウィリアムにダンスの練習相手をしてもらってきたが、とうとうその成果を披露するときが来るのか。
期待と不安がないまぜになったような気持ちでウィリアムを見ると、彼もまたこちらを見ていて目が合った。
フッと微笑むウィリアムがあまりにも格好良くて、リゼットは心臓をわしづかみされた気分で胸を押さえる。
(軍神様の笑顔はずるいです……)
くすぐったいような、息苦しいような。
ウィリアムの魅力はとにかく心臓に悪いのだ。
「……リゼット。私はこのあと王宮に出向き、レオンティーヌと話しをしてくる」
「王女様とですか? それはもしかして私のことを……?」
「というより、リゼットが参殿する際の警備についてだね。他にもまぁ、色々と」
それならば自分もお供したほうがいいのでは、と言おうとしたが、先に邸で待っているよう言われてしまう。
一緒に出かけられるかと思ったので、少しがっかりした。
「ウィリアム。お前もおいで」
「私もですか……」
「まだレオンティーヌが苦手かい。いい加減に慣れたらどうだ。今日は警備の配置について、お前に意見をもらいたいんだよ」
ウィリアムは渋々、本当に渋々といった様子で「わかりました」とため息をついた。
あの天使のようなレオンティーヌが苦手な人がいるのか、とリゼットは少し驚いた。嫌そうなウィリアムの様子がなんだかおかしくて笑ってしまい、軍神様に睨まれる。
「あの、でしたら私、図書館に行ってきても良いでしょうか。ヘルツデン語を少し勉強しておきたくて。あと、ワロキエ商会にも行きたいなと思っていたのです。印章のデザインを用意してくれるという話だったので、そろそろかなと……」
「図書館と、ワロキエか……」
ウィリアムが難しい顔をする。王宮であんなことがあったので、心配してくれているのだろう。
だがシャルルは現在まだ謹慎中なので、街中で遭遇することはまずないので安心してほしい。
「行っておいで」
「お祖母様、しかし」
「ウィリアム。お前もこの子を家に閉じこめるつもりかい?」
スカーレットの厳しい言葉に、ウィリアムはぐっと押し黙る。
その様子に、リゼットはそっとウィリアムの袖をつかんだ。ウィリアムに閉じこめる気など微塵もないことはよくわかっているので、そんな顔はしないでほしい。
「当然、うちの護衛をひとりつける。ウィリアムも公爵家の騎士を連れてきているんだろう? そいつをリゼットにつけたらいい」
「……わかりました。リゼット。絶対に護衛のそばを離れないようにするんだ。彼らにもよく言っておく」
「はい、もちろんです! 心配してくださって、ありがとうございます」
「まったくだ。お前はそんなに心配性だったかい? 図書館もワロキエ商会も、身分のしっかりしている者しか入れないし、そんな場所でおかしな真似をしでかす奴はいないだろう」
楽しんでおいで、とスカーレットに言ってもらい、リゼットは笑顔でうなずいた。
これでスカーレットには内緒でワロキエ商会に行くというミッションが達成できそうだと、こっそり安堵する。
印章にスカーレットの要素を入れられることが楽しみすぎて、自分が危険に遭うかもしれないなどという考えは、頭の隅に追いやられてしまうのだった。




