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33通目【心の準備】

 


 あれからシャルルにすぐに謝罪と感謝の手紙をしたためた。


 何も言わずに家を出て、その後も報せず心配をかけたことを詫びることからはじめ、これまで気にかけてくれていたことに礼を伝えた。そしてこれからは自立を目指しスカーレットの元でがんばりたいと、自分の気持ちを偽ることなく文字にした。


 シャルルからの返事はない。

 もしかしたら読まれていないのかもしれないし、想いが伝わらなかったのかもしれない。

 手紙に返事がないのは悲しいが、シャルルもこの悲しさと寂しさ、それから焦燥感に似たものを感じていたはずだ。

 だからくじけず手紙を出し続けようと思う。



「リゼット。お前に手紙が届いたよ」



 そう言ってスカーレットはリゼットのために用意してくれた部屋を訪れた。

 スカーレットが注文した家具や寝具は驚くほど迅速に届けられ、リゼットの部屋はすっかりリゼットの好むもので隅から隅まで整えられている。

 深い緑に赤と配色は重厚だが、刺繍は繊細でさりげなく、華美にならず落ち着いた雰囲気だ。

 家具はリゼットの母の形見でもある文机に合わせた木材で揃えられ、どこを見てもうっとりできる夢のような部屋になった。


『好きなものを選び、好きなものに囲まれて生活する楽しさを知るべきだ』


 スカーレットの言葉を、この部屋で紅茶を飲んだり、本を読んだり、眠りにつくとき何度も思い出す。

 自分の人生を彩り、豊かにし、活力を得るためにとても大切なことなのだな、と。



「私に、手紙ですか」



 シャルルからかと思い思わず立ち上がったリゼットだったが、スカーレットの穏やかな表情を見ると違うようだ。

 ほっとしたような、むしろ不安が増したような、複雑な気持ちになりながらスカーレットを迎え入れる。



「ありがとうございます、スカーレット様。一体どなたからのお手紙でしょう? あっ! 王女様からでしょうか。もしや私がおかしな催促をしてしまったから、こんなに早く書かせてしまった……?」

「何ひとりで勝手に青ざめているんだい。レオンティーヌからではないよ」



 スカーレットの侍女から受け取った手紙は二通。

 どちらも確かにリゼット・フェロー宛になっており、その事実にリゼットは感動で震えた。


 家を出てスカーレットの邸で暮らすようになり、リゼットの生活は一変した。

 外から部屋に鍵をかけられることはなくなり、食事も抜かれるどころかティータイムには美味しいお菓子まで食べさせてもらえる。シーツは色あせボロボロだったのが、いまは毎日ピンと張った美しいものに交換され、新聞まで読ませてもらえたりする。


 その中でも一番嬉しいのは、こうして手紙がきちんと届くようになったことだ。

 自分からも手紙が送れるようになり、外とのつながりが持てるようになった。

 いままでは手紙を出すよう使用人に頼んでも継母に握り潰されていたようだが、これからは送るのも受け取るのも、スカーレットの執事がすべて手配してくれることになったのだ。


 自分宛てに届いた手紙を読むことができる。それだけで、リゼットはこの世の春を感じるのだった。



「ボネ伯爵夫人……この前死者の祝日にお会いした方ですね! わぁ、本当にお手紙を書いてくださったんだ……」



 スカーレットの友人で、リゼットの母のことも知っていた夫人だ。リゼットの境遇にとても同情し、力になると言ってくれたふくよかで品のある女性を思い出す。



「我が家の自慢のリラがとっても綺麗に咲いたので、スカーレット様とぜひ見にいらっしゃらない? だって……ふふ。ボネ伯爵夫人のお庭にはリラがあるのね。スカーレット様、ボネ夫人からお誘いのお手紙いです!」

「良かったじゃないか。夫人の庭はとても美しいんだ。リゼットもきっと見惚れてしまうだろうね」

「それほど美しいのですね。とっても楽しみです」



 お呼ばれなんて初めてのことで、リゼットはわくわくした。

 スカーレットはボネ夫人と貴族夫人のお手本のような素晴らしい女性だと褒めた。

 リゼットにとって理想の貴族夫人はスカーレットだが、お手本はたくさんあっていいのだと知り、しっかり勉強させてもらおうと意気込む。



「あら? こっちはモンシン男爵……ヘンリー様からのお手紙です!」

「ああ、タルデュー侯爵のところの。レオンティーヌの近衛騎士だったね」



 そしてウィリアムの親友こと、ヘンリー・ユベール卿だ。

 ウィリアムと同僚だと言っていたが、実際は彼は軍所属ではなく、王女殿下付きの近衛騎士だった。


 ヘンリーの手紙には、先日は余計なことを言って危険な目に遭わせてしまったと謝罪する言葉が綴られていた。

 彼のせいではないのに、とリゼットは申し訳ない気持ちになる。

 だがさすが社交的な騎士の手紙は、こちらが暗い気持ちを引きずらないよう、すかさず明るい話題に移る。



「デビュタントの際は私の名前を思い出していただければ? まぁ、ふふふ。手紙にまで冗談を書いて笑わせようとしてくれるなんて、本当に楽しい方です」

「誰が楽しい方だって?」

「ひゃっ! ウィリアム様⁉」



 突然ソファーの後ろから手元をのぞきこんできたのは、今日も凛々しい軍服姿のウィリアムだ。

 黙って入ってきたら驚くのでやめてほしいと言えば、ノックはしたとしれっと言う。どうやら侍女が対応して通していたらしい。

 最近ウィリアムがこの部屋の住人のように自由に出入りしているので、侍女もここがリゼットの部屋だということを忘れてしまうようだ。



「ウィリアムもリゼットに手紙のひとつ出してみたらどうだい」

「私が? 毎日のように顔を合わせているのに、何を書けと?」

「もしかして、ウィリアム様は手紙があまりお好きではないのでしょうか? スカーレット様から、ウィリアム様に手紙の書き方を基礎から教えてやってほしいとお話があったのですが……」

「必要ない。軍人が持つのはペンではなく剣、もしくは銃だ。手紙など書けなくとも生活に支障はない」

「……苦手なんですね」



 若干憐れむような声になってしまい、じろりと睨まれた。

 だがちっとも怖くはない。ウィリアムは簡単に扉を壊したり、軽々とリゼットを抱き上げるような強い軍人かもしれないが、落ち着いていて理性的な紳士でもある。

 リゼットはスカーレットと同じくらい、ウィリアムを信頼するようになっていた。



「もし手紙に興味を持たれることがあれば、言ってくださいね。私でよければいくらでもお教えいたしますので!」

「そうだな。その時は代わりに私がロープ昇降の訓練をつけてやろう。窓から落ちなくて済むようにな」

「うぐ……それはご遠慮したいです」



 いつぞやの話を掘り返され、リゼットは口ごもりウィリアムをじとりと睨み返した。


もう一話更新予定です!

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