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29通目【思いの程度】

 


「……私は、帰りません」



 喉がふるえ、声をしぼり出すのに苦労した。

 シャルルが信じられないと目を見開く様を間近で見てしまう。



「リゼット……どうしてしまったんだ? 君はもっと優しい子だったはずだ。何が君をそんな風にしてしまったんだい?」



 肩を揺さぶられ、リゼットはシャルルの手から逃げようとしたが、力が強すぎて腕を振りほどけない。

 ウィリアムと比べれば細身に見えても、シャルルも王族を守る近衛騎士なのだ。



「わかった、ハロウズ伯爵に何か言われてるんだな? 理不尽な命令をされているんだろう? それともアンベール子爵に脅されているのか?」



 シャルルの口からウィリアムの名前が出るとは思っていなかったリゼットは、まじまじと幼なじみの顔を見上げた。



「な、なぜウィリアム様のことを……」

「ウィリアム? 名前で呼べと言われてるのか? そうか、アンベール子爵か。そいつに言われて、僕の手紙にも返事を書けずにいたんだな? なぁ、そうなんだろう?」

「手紙……? 一体何のことですか」



 わけがわからないことをまくしたてるシャルルに、恐怖を感じ始めたリゼットだが、なぜかシャルルは妙に嬉しそうな顔をした。



「ああ、やっぱり! リゼットは知らなかったんだな! だから僕の手紙にも返事が出来なかったんだ!」

「シャルルお兄様の、手紙? 私に?」

「そうだよ! リゼットが心配で、何通も書いたんだ。なのに返事が一向にないなんて、おかしいと思ったんだ。リゼットが僕の手紙を無視するはずがないだろう? ハロウズ女伯かアンベール子爵が、僕の手紙を君に渡さず握り潰していたんだよ! 君を自分の都合の良い手駒にするために!」



 嬉々として語るシャルルの目が普通ではないように感じて、リゼットは震えた。

 シャルルがおかしい。もっと穏やかで落ち着いた、貴公子らしい幼なじみだったのに、一体どうしてしまったのか。



「シャルルお兄様、おふたりはそのような方ではありません。手紙は何か行き違いがあったか、スカーレット様に事情があって……」

「リゼットは、僕より女伯を信用するのか? 元王女だから? 母親の知り合いだから? でも僕は君の幼なじみだよ? なのに君は僕の気持ちを踏みにじって女伯の手を取るのか!」

「や、やめてお兄様! 離してくださいっ」

「離したら君はまたどこかに逃げるんだろう!? そもそも、どうして王宮にいるんだ? 近いのは王女宮……まさか女伯と来てるのか?」

「違います! 離してく――」

「帰るぞリゼット。子爵邸が嫌なら僕の邸に行く。大丈夫だから、僕が君を守る。君は何もしなくていいんだ。代筆だって、そんなことする必要はない。君は僕に手紙を書いてくれるだけでいいんだよ」



 ダメだ、シャルルにはまったくリゼットの言葉が届かない。

 彼の中ではすでにスカーレットやウィリアムは悪者になっていて、リゼットがその被害者だと思いこんでいる。



「シャルルお兄様、お願い! 私の話を聞いてください!」

「心配するなリゼット。僕の大切なお姫様は、昔からずっと君だけだ。これからもね」

「……お兄様」



 一瞬、シャルルが昔の彼のような純粋な笑顔になった気がして、リゼットの胸が苦しくなったとき、駆けてくる足音が聞こえた。



「その手を離せ!」



 低くうなるような声とともにシャルルが勢いよく横に吹き飛ぶ。

 長い脚でシャルルを蹴り飛ばしたのは、



「ウィリアム様!」



 走ってきたのか、いつも横に流すようにセットしている髪を乱したウィリアム。

 険しい表情でシャルルを睨みつける横顔は、まさに軍神バランディールに見えた。



「リゼット」



 こちらを見て一瞬で表情を和らげたウィリアムに抱きしめられる。

 肩口で安堵の息をもらすウィリアムに、リゼットはこみ上げてくる何かを感じながら、広い背中を抱きしめ返した。



「すまない。遅くなった」

「いいえ! 私、うっかり王女宮を出てしまって」

「いいんだ。遅くなった私が悪い。怪我はないか?」

「僕が、リゼットに怪我をさせるわけがない……!」



 シャルルが腕を押さえながら起き上がる。

 軍神の蹴りは強烈だったので、骨が折れていてもおかしくない。

 幼なじみが心配になる自分と、ウィリアムが来てくれたことに心底ほっとしている自分がいて、リゼットは心がぐちゃぐちゃだ。



「嫌がるリゼットを、無理やりどこかへ連れていこうとしていたように見えたが?」

「僕はリゼットの幼なじみ、シャルル・デュシャンだ。どこかの貴族からリゼットを取り返し、自分の邸で保護しようとしていただけだ」

「どこかの貴族……? それは我が祖母、スカーレットのことを言っているのか?」

「……やはり、あなたがアンベール子爵か。リゼットを返してもらおう。その子は僕のレディだ」



 シャルルはそう言って、剣の柄に手をかけた。

 まさか、こんなところで剣を抜く気だろうか。リゼットは思わずウィリアムの服をぎゅっと握りしめた。



「婚約者でも何でもない、ただの幼なじみだろう。それに周りは貴殿のレディは、ジェシカ・フェローだと思っているようだが」



 ウィリアムはリゼットを立たせると、自分の背中に隠すようにした。

 広い背中に守られながら、リゼットはウィリアムも自身の剣に手をかけるのを見てしまう。



「彼女は僕にとって、リゼットの義理の姉でしかない」

「だがリゼットのことより、あの性悪な義姉を大事にしていた。幼なじみなら、リゼットの置かれていた環境に気が付かないはずがないが、貴殿は見て見ぬふりをしていたんだろう」

「違う! リゼットを守るためだ! あの家の中でリゼットがこれ以上悪い状況にならないために、僕はずっと考えて動いていた!」



 シャルルの叫びに、リゼットは動揺する。



(本当に? シャルルお兄様は、私のことを考えてくれていた……?)



夜にも更新予定です!

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― 新着の感想 ―
にげてー リゼット目線でもここまで気持ち悪かったんだな…
 現状を知っていて親にも相談せず、やけに気の長いこと(出世)考えていた。それは『見てみぬふり』以外のなんでもない。
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