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27通目【抗いがたい欲】

 


 王女の笑顔の問いかけに、リゼットは『いや、ふたりとも納得できるわけがない』と揉める未来を予想したが、ルークとララはどこかすっきりしたような顔で礼を取った。



「丁寧にご説明いただき感謝いたします」

「選ばれなかったことは残念ではございますが、王女殿下のご判断に賛同いたします」



 ギョッとしてリゼットはふたりと王女を交互に見る。

 これはつまり、リゼットが王女の指南役兼代筆となることを、他の候補者が認めたということなのか。


 驚きながらも喜びかけたリゼットだったが、そのときふと頭に浮かんだことに、喜びがしおしおとしぼんでいく。



「あの、大変光栄なのですが、私――」

「何よ、まだ何かあるっていうの? 王女殿下の決定よ!」

「でも、その、もしかしたら私だけ、不正をしてしまったかもしれなくて」

「は? 不正だと?」



 ララとルークが顔を見合わせる。

 ふたりに申し訳なくて、リゼットは力なくうつむいた。



「不正というか、反則というか、ズルというか……。先ほど、王女殿下が私が婚姻を祝福したとおっしゃっていましたが、もしかしたら私のその、特殊な力? が発動してしまったかもしれなくて。それが影響しているのだとしたら、やっぱり私の不正に当たるのではないかと――」

「ねぇ。それって妖精の力のことを言っているのかしら?」



 ララの問いかけに、リゼットは目を丸くした。

 驚いたが、そうか、三蹟の弟子なら妖精の力について知っていて当然かもしれないと思い至る。



「だとしたら、いらない心配だ。僕もラビヨンの弟子も、それぞれ妖精の力を持っている」

「えっ」

「王女殿下への手紙にもそれは書いたわ。むしろあなたが書かなかったことが驚きよ」

「えぇ……」



 驚きというよりあきれた表情のララに言われ、リゼットはほっと胸を撫でおろした。

 三蹟の弟子もそれぞれ妖精の力を宿しているのか。どんな力なのだろう。王女への手紙の内容に関係しているのなら、ふたりともその力を使いこなしているにちがいない。


 ふたりに話しを聞いてみたいし、手紙のやり取りもしてみたい。

 リゼットがそわそわし始めると、王女はパンと軽く手を叩いた。



「皆さんご納得いただけたようで何よりです。他に何かご質問はございますか? ご意見がある場合も伺いましょう。どんなものにも私は誠意を持ってお答えすることを約束します」

「いいえ、王女殿下。殿下の決定に異はございません」

「僕も、殿下の決定に従います」

「あ、あのぅ……」



 頭を下げるふたりを見て、リゼットは気まずく思いながらもそろりと手を挙げた。

 予想外だったのか、王女が大きな目をぱちりと瞬く。



「……フェローさん?」

「はい! リゼット・フェローです!」

「もしかして、まだ納得がいきませんか?」

「いいい、いえ! 意見ではなく、質問というか何というか……その、お返事はいただけるのでしょうか?」

「え?」

「王女様から、お手紙のお返事をいただけるのかなと……」



 応接室がしんと静まり返った。

 王女もルークもララも、そして侍女たちまで唖然とした顔をリゼットに向け、固まっている。

 やはりここで口にして良いセリフではなかったらしい。



「あ、あなたね……」

「君って……」

「も、申し訳ありません! さすがに図々しいですよね! 王女殿下だけでなく、ララさんとルークさんともお手紙をやり取りしたいなぁなんて考えていたのですが、図々しいですよね⁉」



 図々しいと口にしながらも、一応ララとルークにも確認を取るリゼットに、ふたりは完全にあきれ顔で、言葉を失っている。

 しかしここで言っておかないと、ふたりと今後会える保証はないのだ。リゼットは真剣なのである。



「ふふふ……あはははは!」



 また突然、王女が王女らしからぬ豪快な笑いを響かせた。

 侍女たちに動揺した様子はない。どうやらこの笑い方は通常のものらしい。



「はぁ……なるほど。フェローさんは手紙が本当にお好きなのですね。納得しました」



 納得とは一体……とリゼットは戸惑ったが、なぜかルークもララも王女に同意するように苦笑いしている。

 戸惑いは深まるばかりだが、それよりも先ほどの王女の意外に豪快な笑い方が気になる。



(スカーレット様の笑い方にそっくりだった。さすが大叔母と大姪なのだわ)



 バラとミモザ、ふたりの印象はふたりの好きな花のイメージにぴたりと合うくらい、対照的と言ってもいい。ここにきてそんな印象が正反対なふたりの笑い声の共通点に気づき、リゼットは何だか嬉しくなった。

 しかしそのリゼットも、最近笑い方がスカーレットに似てきたなとウィリアムに思われているのだが、本人は知る由もないのであった。



 ***



「フェローさん……いえ、フェロー先生。これからどうぞよろしくお願いしますね」



 王女に手を差し出されたリゼットはその手を取り、そっと額を寄せた。



「もったいないお言葉です。誠心誠意、殿下のお手伝いをさせていただきます」



 これでリゼットはレオンティーヌ王女に仕えることが決まった。

 仕えると言っても侍女ではなく、指南役。つまり教師のような立ち位置なので、王女宮に属するわけではない。

 今後はスカーレットの邸から、王女のスケジュールに合わせて通うことになる。恐らく三日に一度程度になるだろうとのことだった。


 応接室を辞して、ふわふわと足元が浮いたような心地で廊下を歩く。

 そこかしこに活けられた花瓶から、ミモザが香りさらにリゼットを夢見心地にした。



(先に帰ったララさんとルークさんにも手紙を送る許可をいただいたし、王女様も返事を出すと言ってくださったし……なんて良い日なのかしら)



 これで父も認めてくれるはず。

 スカーレットも喜んでくれると考えたら、このまま空も飛べてしまいそうだ。そう幸せにひたっていると「リゼット嬢?」と声をかけられた。

 振り返ると、死者の祝日で会ったウィリアムの友人、ヘンリーが立っていた。


 近衛騎士の制服を着て王女宮にいるということは、彼は王女付き近衛騎士だったらしい。

 幼なじみのシャルルは王太子付きのはず。ふたりが違う配属だったことに、なぜかリゼットはほっとしていた。



「ヘンリー様、ごきげんよう」

「やっぱりリゼット嬢だった。今日の王女殿下の指南役選定、リゼット嬢も出ていたんでしょう? おめでとうございます」



 気障な仕草で手の甲にキスをされ、リゼットは目をぱちくりさせた。



「なぜ私が指南役になったことをご存じなのですか?」



 つい先ほど決まったばかりのことなのに。

 するとヘンリーは、先に帰っていった候補者たちの会話が聞こえたのだと言う。



「候補者らしき男女が、リゼット嬢のことを話していたんですよ。リゼットを年下だと思い侮っていた、とか。初心を思い出させてくれた、とか。我こそはと、そればかり考えていた自分が恥ずかしいとかね」

「ルークさんたちが……?」

「あと、リゼットは将来必ず三蹟になるだろう、とも言ってたな。随分べた褒めで、ライバルにここまで言わせるなんて、リゼット嬢はすごい人だったんだなと感心しましたよ」



 惚れ直してしまいました、と冗談めかして言うヘンリーに、リゼットは笑ってしまう。

 相変わらず、人を明るくする才能がある。



「今日はお祝いですね。そうだ、王女宮の前の回廊を降りた先にある庭園が、いま一番見ごろでオススメですよ。良ければ見て帰ってください」

「まぁ、ありがとうございます! 見に行ってみますね」



 ヘンリーに礼を言い、うきうきと王女宮を出たリゼットだったが、回廊を降りようとしたところではたと気づく。

 そういえば、ウィリアムに王女宮で待たせてもらうよう言われていたのだった。



(迎えに来ると言ってくださっていたのに、先に出てきてしまったわ……)



 王女宮を振り返る。衛兵が立つ入口は固く閉ざされ、もう一度サインをして入らせてもらおうという気概はわかなかった。


 回廊から見える庭園にいれば、ウィリアムも見つけてくれるだろう。こちらからも気が付きやすい。

 そう思い、リゼットはヘンリーにオススメされた庭園を見るべく、回廊を降りてしまった。




感想に誤字報告、ブクマ&☆☆☆☆☆評価ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
嫌な予感しかない(T◇T)
シャルルくんとは一度ゆっくり話した方がいいよね
やばい やばい 悪者が来ちゃう〜
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