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筆休め【青い翼】



リゼットが試着室に消えた瞬間、ウィリアムはデイヴィットの手にあるサイズ表を奪おうとした。

しかしすんでのところで避けられてしまい、デイヴィットを睨みつける。



「なぁにするのよウィリアム様?」

「見せろ」

「そんなのダメに決まってるじゃなーい。乙女の身体のサイズを勝手に見ようとするなんて、リゼットちゃんに嫌われちゃうわよ?」



もっともなことを言われ、ウィリアムはぐっと言葉を飲みこんだ。


やましい気持ちはもちろんないが、確かにリゼットに気持ち悪がられても仕方のないことをしようとした。

リゼットに「ウィリアム様の変態!」と罵られる場面を想像し、ひとり落ちこむ。



「……すまない」

「アタシに謝られてもねぇ? それで、ウィリアム様は何が知りたかったの?」



からかうような視線に、ウィリアムは咳ばらいをして「リゼットの足の大きさだ」と素直に答えた。

すぐにデイヴィットはピンときたようで、よけいににやにやとした顔で見られるのが鬱陶しい。



「なーるほどねぇ。じゃ、特別に教えてあげるわ。リゼットちゃんの足は37よ」



小声で囁かれ、ウィリアムは「恩に着る」とだけ言うと、『蝶の軍服』を足早に出た。

すぐに近くの靴専門店に飛びこみ、目を丸くした従業員を捕まえてショーウィンドウを指差した。



「あの青い靴の37サイズはあるか⁉」



***



無事購入を果たしたウィリアムは、少し迷った末に商品はロンダリエ公爵邸に送るよう伝えて素早く店をでた。


買った靴は、青いレースアップのハイヒール。『蝶の軍服』に入る前に、リゼットが目を奪われた様子で眺めていたものだ。

まるで恋でもしたかのような表情だったので、あれはよく女性が口にすると言う“一目惚れ”というやつなのだろう。

そのときウィリアムは『この靴を買ってやったらリゼットはどんな顔をするだろう』と思ってしまったのだ。



「柄にもないことをした……」



本当は帰り際にでも渡せばいいのだろう。女好きなヘンリーあたりがやりそうなことだ。

そう考えると余計にそのような振る舞いはらしくなさ過ぎて出来なかった。


一体何をやっているのか、と自分の行動の不可解さに嘆息しながら『蝶の軍服』に戻ろうとしたとき、通りの向こう側に見覚えのある人物の姿を見つけ、ウィリアムは目を細めそっと街灯の影に身を隠した。



(あれは、リゼットの義理の姉……?)



リゼットを邸に軟禁し、代筆の仕事を押し付けるなど嫌がらせの数々を行っていた女。

たしかジェシカと言ったか。スカーレットが“猿”と呼んだあの醜い性格の悪いリゼットの血の繋がらない家族が、これから舞踏会にでも行くのかという着飾った姿で街を歩いていた。


そしてその少し後ろに細身の男がついて歩いている。一瞬ジェシカの護衛か側仕えかと思ったが、それにしては身なりが良い。

だとしたら恋人か。あの女を愛する、趣味の悪い男がこの世に存在するのかと、ウィリアムは純粋に驚いた。



「あの男……どこかで見たことがあるな」



恐らく貴族だろうが、ウィリアムは付き合いが良いほうではないので社交の場で会ってもほとんど顔を覚えていない。

だとすると、軍の関係者か。それとも王宮で見かけることがあるか。



(……ああ、思い出した。近衛の若手のひとりだ。確か王太子宮に配属されていたはず)



王族に仕える近衛が、あんな常識のない女を恋人にしているとは、にわかには信じがたい。

いつか王族に迷惑をかけることになるのではないか。そうなったとき、血の繋がりはなくともリゼットが迷惑をこうむることになるかもしれない。

それを懸念したウィリアムは、あとであの近衛について調べておこうと決めた。

他にもあの義姉の身辺調査は念入りにしておくべきだろう。万が一にもスカーレットやリゼットに被害が及ぶことがないように。


リゼットは、家でどれだけ理不尽な扱いを受けていても、くじけず生きてきた芯の強い娘だ。

これまで苦労してきた分、リゼットにたくさんの幸せが訪れればいいと思っている。

スカーレットの影響がないとは言わないが、ウィリアム自身、リゼットの真っすぐさを好ましく感じていた。これからも変わらず、澄んだ心のままでいてほしい。

そのためにウィリアムが出来ることがあるのなら、喜んで協力しよう。そう思うくらいにはリゼットのことを気に入っていた。



(何というか、小動物を相手にしているような気持ちだったが……)



どこか自信がなさそうに見上げてくる大きな瞳。時々小刻みに震えては涙目になる姿。

美味しそうに食事を頬張る様子。好きなものを前にしたときの素早さと顔の輝き。

思い浮かべると、つい頬が緩んでしまう。



『私は子どもではありません!』



ムッとした顔でウィリアムにそう詰め寄ったリゼットは、真剣だった。

デビュタントを迎えていないことを気にしていないわけがないことくらい、少し考えればわかることだったのに、悪いことをしてしまったと反省している。

ウィリアムとしては、デビュタント前だから、守ってやらねばならない存在だという認識だったのだ。

だがそれは、リゼットに対して失礼な言い方だった。



(だから、青い靴はその詫びの品だと言えばいい)



ジェシカたちが見えなくなると、ウィリアムは靴の専門店に引き返した。



「すまない。先ほどの靴だが、やはり家にではなく、前に停まっているロンダリエの馬車に届けておいてくれ」



店主に伝えると、ウィリアムはようやく『蝶の軍服』に戻った。

まだリゼットは試着室の中のようで、間に合ったかと安堵する。



「ちょっとウィリアム様。何で手ぶらなのよ?」



靴をプレゼントする為に出て行ったんじゃないのかと、デイヴィットが責めるように聞いてくる。

ウィリアムが「黙っていろ」と言ったとき、ベルベットのカーテンが開かれリゼットが現れた。


深い緑のドレスに身を包み、髪も整えたリゼットが試着室から出てくると、急に店内が明るく華やかな舞踏会場になったように見えた。



「い、いかがでしょうか……?」



照れくさそうに少しうつむきながらこちらをうかがうリゼットは、小さな蕾がふんわりと花開くように愛らしさがある。


そのいじらしいまでの可憐さに、ウィリアムはしばし言葉を失うのだった。




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