【置いてけぼり】
TOブックス様より9/1書籍化予定です!
大幅に書き換え……修正いたしまして、なんとなろう版100話目で登場するキャラが、書籍1巻の1行目から登場します! 作者もびっくり!
そんなわけで、登場するキャラもリゼットの活躍っぷりもまったく違う、超~面白いものになっておりますので、ぜひ書籍版もお楽しみいただけますと嬉しいです^^
ルマニフィカ王国を代表する、とある能筆者が一通の手紙を読んでいた。
美しく、若々しい、才に溢れた筆跡に、能筆者の胸が震える。
「この手紙を書いた者を探し出せ……」
「差出人の名前はメリンダ・フェローとなっておりますが?」
向かいのソファーの男が、長い脚を組みかえて言う。
しかし能筆者は首を振った。
「この手紙を書いた代筆者がいる。私は、その者に会わなければならない」
その真剣な声音を聞いた男は立ち上がると、黙って頭を下げ、部屋を出ていった。
ひとりになり、能筆者はため息とともに呟く。「ようやく会える」、と。
***
『手紙のやり取りは、心のやり取りよ。だからこそ、手紙には人を幸せにする力があるの』
それが亡くなった母の、手紙をこよなく愛した母の、口ぐせだった。
薄暗い部屋に、万年筆が床に落ちる音が大きく響いた。
「痛……っ! はぁ、今日も書きすぎね」
腱鞘炎でしびれるように痛む右手をさすり、落ちた万年筆を拾う。
深い緑の万年筆は母の形見の品だ。手作りの一点もので、生前母がとても大事にしていた。
壊れていないか確認して、ほっと息をつく。
使いこまれた文机で、リゼット・フェローは手紙の返事を書いていた。
机には返事待ちの手紙が塔のように積まれている
手紙は読むのも書くのも大好きだ。それなのに、最近は手紙を書けば書くほど、自分の中の何か大事な部分が削られていくのを感じていた。
「あなたも素敵なお手紙なのに、書いた相手に読まれないなんて悲しいわね……」
それは手紙の差出人にというよりも、手紙自体に向けた言葉だった。
この手紙たちはすべて、リゼットではなく別の人物に届いたものだ。
継母メリンダ・フェローと、その連れ子でひとつ年上のジェシカ・フェロー。ふたりはリゼットの血の繋がらない家族である。
リゼットの実母はリゼットが七つの頃に病気で亡くなっている。
リゼットが七つの頃、病気で母が亡くなった後、子爵の父が後妻に迎えたのが裕福な商家の出のメリンダだ。
メリンダたちは貴族の社交には手紙のやり取りが必須と知ると、母譲りの美しい筆跡のリゼットに代筆を任せてきた。
ふたりはリゼットに代筆を任せるだけで、自分たちで手紙を読むことすらほとんどなかった。
『お前が手紙の中の重要な部分だけ教えてくれればいいわ。お茶会の誘いならその主催者と開催日時と場所、ドレスコードとかね』
『それは構いませんが、近況の部分なども覚えておかないと、実際にお会いしたときに困りませんか……?』
『リゼットは本当に世間知らずね! そんなもの、話を適当に合わせればいいのよ。いちいち手紙の相手全員の近況なんか覚えていられるわけないじゃない』
以前ふたりにこのように言われ、手紙を愛するリゼットはとても悲しかった。
だからリゼットはいつも、返事を書くときは目いっぱい真心をこめる。せっかく書いてくれた手紙を蔑ろにしている、という罪悪感から生まれた誠意でもあった。
しかし最近どんどんメリンダたち宛の手紙が増えて、その返事を一日中書く日が続き、腕に痛みが出るようになった。手が腫れて熱が出ることもある。
そうやってひとりぼっちで痛みに耐えながら書いていると、時々くじけてしまいそうになる。
インクが減ってきたことに気づきいたとき、ふと扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
リゼットはインク壺を持ってそろりと部屋を出た。階下を覗くと使用人が慌ただしく行き来している。
高く響く義母姉の笑い声を聞きながら階段を下りていくと、明るいロビーに人が集まっていた。
「あら。リゼット、手紙の返事は書き終わったの?」
華やかなドレスで着飾った継母がこちらに気づいて軽く睨んできた。
「いいえ、まだです」
「じゃあどうして部屋から出てきたの? 私たちが帰ってくるまでに終わらせておいてちょうだい」
「でも、手が痛くて今日はもう……」
出来ない、と言おうとしたリゼットにメリンダが顔を寄せて囁いた。
「昨日、ダビ伯爵夫人に感謝されたわ。お前が私の代わりに書いた手紙を読んで、旦那様と仲直り出来たそうよ」
「そう、ですか。それは良かったです」
「私とジェシカから手紙をもらうと、良いことがあるって社交界では噂になってるの。お前の代筆を待っている人たちがいる。わかるわね、リゼット?」
これは確認ではなく、命令だ。
リゼットは反論を諦め「わかりました」と引き受けるしかない。逆らえば、食事を抜かれたり、部屋に閉じこめられたりするのだから。
「これから、お出かけですか?」
「見たらわかるでしょ。舞踏会よ、舞踏会!」
小ばかにするように言ったのは、義姉のジェシカだ。こちらも派手なドレスと大ぶりな宝飾品で飾り立てている。
そのジェシカの隣には、柔和な笑顔の美青年が立っていた。
「やあ、リゼット。良い夜だね」
「シャルルお兄様! いらしてたんですね」
シャルル・デュシャン。伯爵家の次男で、リゼットの二つ年上で十八歳になる幼なじみだ。
王国で近衛騎士隊に所属しているシャルルだが、騎士というよりまるで王子様のようなルックスで、いまもっとも令嬢たちの間で人気のある未婚の男性らしい。
らしい、と言うのはその情報が義姉への手紙の内容から知ったものだからだ。
ジェシカ宛に「ぜひシャルル様を紹介してほしい」というような手紙が数えきれないほど来ているのである。
「どうしたの、リゼット。何だか顔色が悪いね?」
「えー? そう? いつも通りじゃない? リゼットは部屋から全然出てこないから、不健康な顔色になるのよ」
無邪気そうな笑顔で言う義姉に、シャルルは納得したようにうなずいた。
「それは一理あるな。リゼット、手紙や本を読むのもいいけど、たまには外に出て日の光を浴びたほうがいい」
「……ええ。そうですね」
「ねぇ、シャルル。もう行きましょ。舞踏会に遅れちゃうわ」
「そうだな。じゃあリゼット、またな」
大きな手でポンポンとリゼットの頭を撫でて、シャルルは義姉をエスコートし継母と笑顔で会話しながら子爵邸を出て行った。
集まっていた使用人もパラパラと解散していき、ロビーにひとりになったリゼットは小さなため息を落とした。
「やっぱり“リゼットは行かないのか?”とは、聞いてくれないのね……」
リゼットはまだ、舞踏会に行ったことがない。
貴族の令嬢は十六歳の年に舞踏会でデビュタントを済ませるのが習わし。リゼットは今年その十六歳になったのだが、いまだ舞踏会への参加を許されていない。
淑女教育がまだ済んでいないから、とメリンダに止められていた。
社交界に特別な憧れがあるわけではない。
手紙を書いたり本を読むことのほうがリゼットにとっては幸せなので、舞踏会に行けないことが悲しいのではなかった。
悲しいのは、自分という存在が誰の中にもないように感じることだ。
こんなにたくさんの手紙を読んでいても、その中にリゼット宛の手紙は一通もない。代筆のために邸にこもってばかりのリゼットには、手紙を出す相手もいない。
代筆も好きだが、たまには自分の名前で誰かと手紙のやり取りもしたい。世界で自分がひとりぼっちのようで、とても寂しいのだ
幼なじみのシャルルも、いまだデビュタントを迎えられずにいるリゼットを疑問に思うことがない。だから義姉をエスコートし、リゼットをひとり邸に置いていく。
「シャルルお兄様の幼なじみは、私なのになぁ……」
シャルルが貴族の子弟が通う寄宿制の学校に入るまでは、よく邸に遊びに来てくれた。
だがシャルルの入学後にリゼットの母が亡くなり、継母たちが来てから自然と伯爵家とは疎遠になってしまった。
シャルルが卒業して子爵邸に顔を出すようになっても、ジェシカがすぐにシャルルを連れて行ってしまう。
「本当は、シャルルお兄様にダンスの練習相手になってほしかったけれど……」
恐らく、それが叶うことはないだろう。
仕方ないのだ、とリゼットは自分に言い聞かせ、グイっと上を向いた。
「大丈夫、私には手紙があるじゃない。さあ、インクを足してお返事の続きを書かなくちゃ!」
そう気合を入れて備品庫に向かおうとしたリゼットの耳に、外から馬の蹄と車輪の音が聞こえてきた。
メリンダたちの乗った馬車が戻ってきたのだろうか?
エントランスの扉を開けて外を伺ったリゼットは、目の前に停まった豪奢な馬車から、それに見合う豪奢な男が降りてきたので驚いた。
「君が、リゼット・フェローか?」




