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上京

春の復活祭の子供劇で大泣きしたあたしは、夏くらいから教会に行かなくなった。

受験生という身分を逆手にとった、『塾通い』っていうのが、親への大義名分だったけど、本当はそんなに切羽詰ったものじゃない。

塾が終われば普通に友達と買い物したり、カラオケも行ってる。

ただ、復活祭以降、時折どうしょうもなく心がスースーすることがある。

本当はもっと前からあったのかもしれないけど、だから友達とつるんで、はしゃいで、適当にごまかしてる。


秋口にはちゃっかりと推薦で進路を決めた私は、卒業式を終えると東京で一人暮らしをすることになった。

欲しかったのは誰にも干渉されない自由。

あたしを戒める、化石みたいな思想もしきたりもいらない。

あたしの人生はあたしのもの、だから好きに生きる。


な~んてかっこいいこといっても、所詮出所は親のお金なんだけどね。

そしていよいよ明日は旅立ちの日。

大きな期待に胸を膨らませつつ、あたしは幸せな眠りについた。

翌日の昼過ぎにお父さんが車で駅まで送ってくれた。

「がんばれ!お父さんはいつでもお前の味方だ」

普段は無口なお父さんが、そういって暖かく大きな手で頭をくしゃっと撫でてくれた。

一瞬泣きそうになって、あたしは故意に強がっておどけてみせた。


東京駅に着いたときには、もう日が暮れて、小雨が降っていた。

春とはいえ、まだ肌寒い。

ポケットから乗車券を取り出し、改札を抜ける。

地下鉄の切符を買おうを財布を捜したが、見当たらない。

財布の中には新居の鍵や、銀行のカードなんかも入っている。

あたしは一瞬頭が真っ白になって、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

雑踏の中で視界が歪む。

極度の緊張のあまり気分が悪くなって、あたしはその場にしゃがみこんで泣いてしまった。


「どうしました?気分でも悪いのですか?」

親切そうな青年がひとり、そんなあたしに声をかけてくれた。

あたしは涙を拭い顔を上げる。

「御国ちゃん?」

青年は驚愕の表情を浮かべた。

あたしは青年にしがみつき思いっきり泣いた。

「うわっ、ちょっと御国ちゃん」

雑踏の中でいきなり抱きつかれ、英知君は赤面し腰を抜かしそうになってる。


「…君は昔から、そんな感じだよ」

事情を話しあたしが少し落ち着いたところで、英知君は盛大にため息をついた。

「とりあえず、警察と駅のほうに紛失届けを提出して、今日は君はビジネスホテルにでも泊まりなよ。お金は僕が払うから」

「やだっ、ひとりは嫌!お願い英知君一緒にいて」

あたしはむんずと英知君の服の裾を握って離さなかった。

とりあえず不安で、誰かに一緒にいてほしかった。

英知君はポケットから携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。

東京駅から地下鉄に乗って、着いた先は英知君が通う日本有数の名門大学の学生寮。

この大学、偏差値はエライことになってる。

ただし向かった先は女子寮だった。

「すまない、真理(まり)

英知君は部屋の主に頭を下げる。

真理と呼ばれたあたしより少し年上っぽい女の子は、にこにこと暖かく微笑んでいる。

どこか、感じがあたしのお母さんに似ていた。

「大変だったのね」

飾らない部屋着に化粧っ気のない素っピンの彼女だが、なぜだか傍にいるだけで安心できる雰囲気があった。

「夕飯まだでしょ?英知君も食べていきなよ。まあ冷蔵庫にあるあり合わせのものだけど」

彼女があり合わせの材料で作った即席の焼きうどんは、なぜだか感涙するほど美味しかった。

こんな非常事態なんだけど、優しく暖かく、それはなぜだか幸せな時間だった。

みんなで他愛ない話をして、お互いに笑いあって。彼らの優しさに触れると何を気負うことなく素の自分でいられて。

あたしはそんな真理さんが大好きになった。

真理さんは英知君の彼女なんだろうか?英知君は「真理」なんて呼び捨てにしていたし。

なんてことが頭の片隅に過ぎったが、なんとなく聞き出せなかった。

寮の門限が迫る頃、

「明日の朝また迎えにくるよ」

と言って英知君は男子寮へと戻っていった。

「あの、見ず知らずのあたしによくしてくださって、本当にありがとうございます」

真理さんと二人きりになって、あたしはおずおずと真理さんにお礼をいった。

「えっと…やだなあ。あんまり気をつかわないでよ、御国ちゃん。あなたこそ今日は大変な目にあったんだから、ゆっくりと体と心を癒してね」

真理さんは自分のベッドをあたしに貸してくれて、自分は床に布団を敷いて横になった。


その夜あたしは夢を見た。

今よりも少し大人になった英知君が、真理さんと手をつないで二人で歩いている。

あたしは少し離れたところでそれを見ていて、声をかけたいけれど声が出ない。

二人はどんどんあたしから離れていって、ひとりぼっちのあたしはなんだか悲しくなって泣いていた。

「英知君~、真理さ~ん…うえっ、ひっく…遠くにいっちゃいやだよぅ…」

「はいは~い、もう大丈夫よ。御国ちゃん」

気がついたとき、なんとあたしは真理さんの布団の中で抱きしめられていたのである。

「かわいそうに怖い夢を見たんだね、御国ちゃん」

真理さんはあたしの頭を優しく撫でてくれた。

意識が覚醒し、あたしは布団の中で赤面した。

18にもなってあたしはなんという失態を…。


翌日、警察から連絡があり、あたしが落とした財布は奇跡的に見つかり、事態は事無きを得た。


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