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子供劇

英知君は復活(きょう)祭を待たずに東京へ行ってしまった。

それは多分あたしのせい。

どこか麻痺した罪悪感とともに、少しほっとしているあたしはかなり最悪な人間だと思う。

なんてことを考えながら、あたしは重い足取りで、三太が出演する子供劇の会場に向かった。公民館とはいえ、舞台を備えた本格な造りで、ちゃんとライトや音響も完備されている。

あたしは前から3列目の中央に、どっかりと陣取った。

受付でもらったプログラムの目を通す。

演目は『たいせつなきみ』。

この物語はもともとマックス・ルケードというひとが書いた絵本を子供劇用にアレンジしたものであるらしい。


客の入りは上々で、開演の10分前にはほぼ満席の状態だった。

やがて客席の明かりが消え、開演のブザーとともに幕が上がる。

メルヘンチックな音楽と共に、カラフルな衣装に身を包んだ子供たちが舞台に登場する。


『あるところに、ウィミックという木彫りの人形たちが暮らしていました。このウィミックの人形たちはみんなエリというとても腕のいい木彫り職人によって作られたのですが、実はこのウィミックの村のみんなが、今とっても夢中になっていることがあります。

それは…-――――』


ナレーションのあとで上手から、愛らしいピンクのドレスを着た女の子が登場する。

「やあ、君はとても可愛いね。最新のファッションに身を包み、みんなの憧れの的だ。

そんな君にこそ、この星のシールが相応しい」

そういってウィミックの村人たちが次々に彼女を賞賛し、金色の星の形をしたシールを彼女に貼り付けていった。


すると今度は下手から、メガネをかけて、分厚い本を読みながら、また別のウィミックが登場する。

「やあ、君は我々の村で一番頭の良いウィミックではないか!」

村人たちが、次々に彼を賞賛する。

「そんな君にこそ、この星のシールが相応しい」

そいって今度は彼に星のシールを貼り付けていく。

星のシールを貼り付けてもらったウィミックは誇らしげに、エヘンと胸を張る。

そして今度は互いに、自分が何枚の星のシールをもっているかを自慢しあった。

そこに、灰色の醜いシールをたくさんつけた、三太扮するパンチロネが登場する。

「あ…あの…」

「なんだお前は。風体のぱっとしない奴だな」

ウィミックの村人がじろじろとパンチロネを見つめる。

「あっ見てみろよ、こいつ星のシールをひとつも持っていないぞ!」

そして、皆がパンチロネをあざ笑う。

「わ…笑わないでくれよ、だけど僕だって星のシールが欲しいんだ」

「そうかよ、じゃあお前も何か皆があっと驚くすごいことをやってみな!」

そのとき、隣にいたウィミックが勢い良く手を上げる。

「はい、はい、はーい!実はわたくし、とっても足がはやくて、駆けっこなら誰にも負けたことがありませーん!なので、あなたわたくしと駆けっこの勝負をしなさい、そしてもしあなたが勝ったら、この星のシールをあげましょう」

「う…うん、わかったよ」

「そお、じゃあこの岩からスタートして、あそこの木がゴールね。よーい、どん」


しかしパンチロネはスタート地点で転んでしまう。

「あいたた…」

「おやまあ、あなたという人はなんとドジなのでしょう」

「お前、なんにもできないんだな。あきれちゃうぜ」

「うふふ、そんなあなたには星のシールより、この灰色のだめ印シールがお似合いだわ」

皆は笑いながら、容赦なくパンチロネに灰色のシールをはりつけていった。


『皆に笑われ、バカにされ、パンチロネはとても悲しい気持ちになりました

そんなある日、パンチロネはある少女と出会います。

不思議なことにこの少女には星のシールも灰色のシールもなにひとつついていないのです』


「ねえ、君の名前は?」

そんな少女に興味をもったパンチロネが彼女の名前を尋ねた。

「ルシアよ」

「ねえ、ルシアどうして君にはシールが一枚もついていないんだい?どうしたら君みたいになれるんだろうか?」


「その答えが知りたければ、あなたは丘の上に住んでいるエリに会ってみるといいわ。エリはわたしたちウィミックを作ってくれたのよ」


『パンチロネはエリに会いたいと強く思いました。しかし…』


「エリはちゃんと僕に会ってくれるだろうか。こんな灰色のシールだらけの僕が会いにいったら、がっかりしちゃうんじゃないだろうか」

パンチロネはとても悲しく重い足取りで、丘の上のエリの家を目指した。

しかし、エリはパンチロネが自分に会いにやってきたのを知り、家を飛び出して迎えに行き、パンチロネをしっかりと抱きしめた。


「ああ、よく来たね。パンチロネ」

エリがよく見ると、パンチロネには灰色の醜いシールがたくさん貼られている。

「しかし、お前さんこれは一体どうしたんだ?」

パンチロネはウィミックの村で皆が夢中になっている、シールのことを話した。

「だけど、僕はとっても駄目なウィミックで何をしてもドジばかりなんだ。そして皆にこのシールを貼り付けられたってわけさ」

「それは、お前さんつらい思いをたくさんしたね。でも、これだけは知っていてくれ、たとえお前さんがどんな姿をしておっても、わしはお前さんを愛しておる」

パンチロネが目を輝かせる。

「エリ…それは本当?僕はこんなにもたくさん灰色シールを貼り付けられた、ダメウィミックなんだよ?こんな僕を、エリは本当に愛してくれるの?」

「ああ、勿論だよパンチロネ。わしはお前の灰色のシールなんかちっとも気にならない。お前さんはわしのたいせつな作品なんじゃ。そのままでかけがえのない存在なんじゃよ」

「やったあ!」

『エリにそういってもらったパンチロネが飛び上がって喜んだ拍子に、パンチロネに張り付いていた灰色のシールが一枚剥がれ落ちました』


劇が終わり子供たち全員が舞台の中央に出てきて歌を歌いはじめた。


『君は愛されるため生まれた 君の存在は愛で満ちている

君は愛されるため生まれた 君の存在は愛で満ちている


永遠の神の愛は 我らの出会いの中で 実を結ぶ 

君の存在が 私にはどれほど大きな喜びでしょう


君は愛されるため生まれた 今もその愛に満ちている

君は愛されるため生まれた 今もその愛に満ちている』


三太が顔を真っ赤にして、半ば怒鳴るように一生懸命に歌っている。

それはなぜだか心に染み入る光景だった。


――――パンチロネはあたしだ――――

そう思ったら、涙が溢れて止まらなかった。

 あたしは人目をはばからずにその場に泣き伏した。


――――本当の愛が欲しい――――

ひりつくほどにそう願う自分に気がついた。

あたしは両親には、きちんと愛されて育ったという自覚がある。

友達関係もそれなりに上手くやってる自信がある。

だけど、それはあたしが必死で演じている嘘のあたし。

あたしはあたしの本当の醜さを知っている。

そんなあたしを誰にも見せられなくて、本当は心が凍えてる。


愛されたいという強烈な欲求と、こんな自分に愛される資格などないという葛藤が心を裂く。


「ねぇ、神様。本当の愛って…なに?」


誰もいなくなった公民館の客席であたしは膝を抱えてむせび泣いた。


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