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英知の罪

「足長おじさんってさあ、なんで最後の最後にならなきゃジュディーに会ってくれなかったんだろう。ジュディーは何度も会いたいって手紙で伝えたのにね」


 御国ちゃんはテーブルに頬杖をついた。


「ジュディーが気がつかなかっただけさ。本当は何回も彼女と会っている」


 僕はDaddy-Long-Legsの英文に目を通した。この程度なら辞書などなくても訳せる。


「でもさ、残酷だよ。孤児だったジュディーがどれだけ愛情に飢えていたか。そりゃ足長おじさんのおかげで大学に進学するという幸運に恵まれたんだけどさ。やっぱり期待しちゃうじゃない……こんな自分でも愛してもらえるのかもって」


 僕は視線を上げて御国ちゃんを見た。

 御国ちゃんはまた泣きそうな顔をして笑っている。


「ホームシックかい? なんだやたらと愛にこだわってるね」

「うん? まあ、ちょっとそうなのかも。お父さんやお母さんに……会いたいな」


 そう呟くと眠くなったのか、御国ちゃんはうとうとと船を漕ぎはじめた。そのうちテーブルにつっぷして静かな寝息を立てはじめた。幼子をみつめるような暖かく優しい気持ちが溢れた。愛おしい。今も昔も変わらず、僕は彼女を愛している。そんな自負があった。一生彼女を愛し守っていけたらどれだけいいだろう。

 

 頬に張り付いた髪に手を伸ばし、そっと払ってやる。不意に触れた色白の頬は思ったよりも柔らかく、鼻腔をくすぐる甘い香りがした。


 心臓が跳ねた。

 反射的に少し距離を置く。

 身体を突き抜ける衝撃。

 不意に目覚めた欲望という名のどす黒い感情を自分はどう制していいのかわからなかった。

 ああ、乗っ取られてゆく。

 そう思った。


 視界が彼女の足を捉えた。正座を崩した彼女のスカートの裾がみだれ、あられもなく白い太ももが剥きだしになっていた。


「あっ」

 僕は思わず小さく叫んでしまった。

 記憶がフラッシュバックする。

 消そうにも消せない罪の記憶の映像が断片的に意識に流れ込んでくる。


 木造の礼拝堂にあるキリストの磔刑像と赤いワンピースの少女。


 英知の手が、情けないほどに震えた。


「あ……ああ……」


――――僕はここにいちゃいけない。――――

 

 そう思ったら、涙が溢れて止まらなかった。

 僕には彼女を愛する資格なんてない。

 ふと両手を見つめる。

 ああ、そうだった。

 僕のこの罪に汚れた手では彼女に触れることは許されないのだ。


「ごめん。ごめん……ね。御国ちゃん」


 声にならない嗚咽とともに、僕は何度も御国ちゃんに謝っていた。

 涙の滴が数滴、御国ちゃんの頬を濡らした。


 僕は上着を取り足早に御国ちゃんの部屋を去った。


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