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2 故郷

 しばらく列車に揺られていると、やがて列車は一つ目の駅に停車した。


 コンクリートと古いベンチだけの平べったいプラットフォームで、特に何の面白みもない駅だった。


 そう、前方に大きく広がる海を眺望できることを除いては。


 僕はただただ、目の前に広がる大海原に圧倒されていた。


 青く、深く、壮大で、何もかもを呑み込んでしまうように寛大で、しかし、それはあまりに厳格で。その圧倒的な存在を、既存の適当な言葉で表すことなど、不可能だと思った。


 

 僕の数メートル横にいる少女もまた、僕と同じように、その大きな存在に吸い込まれているように、ただただ立ち尽くしていた。



 僕は錆びたベンチに腰掛けて、改めてどこまでも広がる海原に目をやった。


 波が岩を打つ音、深い青、磯の匂いと、潮風のざらつき。


 全身の感覚器官を大海に奪われたような、そんな状態だった。


 今まさに、僕は海のうねりに全身を呑み込まれているのだ。


 


 発車のベルが鳴り、車内に戻った頃には、むせ返るほどの海の匂いが服に染み付いていた。この世界の色々をごちゃまぜにしたような、雑多で濃厚な匂い。

 

 列車は、錆びついた音を立てながら駅を出発した。


 僕は車窓越しの海を前に、ズボンのポケットの中をまさぐった。

 硬い感触を指先に感じ、それを取り出す。その正体は、螺旋状に巻かれた三角錐の形をした貝殻だ。それは、列車に乗る前に、砂混じりのホームの隅の方で見つけたものだった。


 僕は、まだ太陽のぬくもりの残るそれを、自分の耳に近づけた。


 するとどうだろう、微かながら、波のさざめく音が貝殻のなかを反響しているように感じられた。


 僕には、その仕組みはわからない。


 しかし、あの大海原のことを思うと、何かがわかりそうな気がした。

 

 例えば、貝殻から波の音が聞こえるのは、こんな理由ではないか。


 ずばり、自身の故郷を恋しく思った貝殻が、絶対にこれだけは手放すまいと、自身の中に海の音を大切に抱えているためではないだろうか。


 だとしたら、波の音は、涙の音だ。

 

 故郷に心を寄せる、感傷の音だ。


 故郷の家族や友人に思いを馳せる、偲びの音だ。


 一方でそれは、故郷からの、そこを旅立つ者への励ましの音でもある。




 ──列車の進路は次第に海岸線から逸れ、潮風で錆びた建造物も少なくなった。


 僕は、とうとう車窓から視線を外した。


 少し赤くなった肌には、未だに海の残り香がざらざらとへばりついている。

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