1 ぬくもり
逃げ惑う人々のあいだを縫うように、流れに逆らって進む。
怯えた表情を浮かべながら、となりを次々と通りすぎる人々を目で追う少女。
僕は、少女の手を離さない。指先で重ねたその手。少女もまた、僕の手を決して離さない。
人々は夢中で逃げていた。
「白」、純白の「無」から、逃げていた。
「白」はいわば溶岩流のように、ゆっくりと、ゆっくりと、しかし確実に僕らに迫って、何もかもを呑み込んでいく。
その流れに呑み込まれたが最期、そこには何も残らない。人も、動物も、虫も、草木も。すべてが、無に帰っていく。
今日もまた、幾人かが「白」に呑み込まれたらしい。ある人は、堪忍したように静かに、またある人は、最後まで抗おうと必死に藻掻いて、それでもやはり呑み込まれてしまった。
人々はその様子に、あらためて恐れおののくのだ。
世界はまるい。だから、皆どうせいつか「白」に囲まれて、呑み込まれてしまうのだけれど。
それでも彼らは、無我夢中で逃げ回った。
そのなかで、僕は「白」を目指して進んでいる。
温かい少女の手を握りながら。
僕は、少女の手のひらが赤くなっているのを考えてみる。
それから、手から伝わる少女のぬくもりを意識する。僕の手のひらがだんだん熱を帯びていき、僕は僕らの生をより強く感じる。
そうして歩いていると、やがて、大きな駅が見えてきた。
レンガ造りで、そこにはいくつかの列車が止まっている。
僕らは、そのうちの混雑していない方の列車に飛び乗った。
僕らが目指すのとは逆へ向かう列車は、「白」から逃げようとする人でごった返している。
車掌が、まるで好事家を見るような目で僕たちを見た。この車両に、僕ら以外の人影はない。
僕らは、深緑色をしたふかふかのシートに、ふたり隣りあって座った。しばらくして発車のベルが鳴り、まるで人間が重い体を起こすように、鉄の塊が僕らを乗せてゆっくりと動き出した。
レールと車輪の擦れ合う音がする。
そうして、僕らは「白」に向かって、ゆっくりと、ゆっくりと進みだした。
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