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妖精国奇譚  作者: ほたる
第二話 月へいく道
10/15

 ローズマリーが立ち去ると、ムジカ嬢は白い指を取っ手に絡めて、カップを口に運んだ。今日はミルクを入れたお茶に、蜂蜜入りの小さなケーキが添えてある。


「どうかなさいまして?」


 いつまでもカップを取らない王を不思議に思ったのか、ムジカ嬢が小さく首を傾げる。

 王はため息をついて、藍で細かな模様を描いた白磁のカップに手を伸ばした。


「夕べ遅くに、王女が戻ってまいりました」


 カップを手に持ったまま王が言うと、ムジカ嬢はにこりと微笑んだ。


「それはようございました」


 苦い微笑を返して、王もカップに口を付けた。

 

 よりによって満月の夜に行方不明になったデジー王女が戻ってきたのは、真夜中もとうに過ぎた頃だった。

 マジョラムが一緒ではなくて心配されたが、こちらは朝になって、鈴ヶ丘の麓のシロツメクサの原で眠っているところを、ウィロウ副長によって発見された。両手に四つ葉を握りしめていたおかげで、一晩中満月の光を浴びていた影響は出ていないようだ。


「大事がなくて、よろしゅうございましたね」


 言いながら、銀のサーバーで蜂蜜のケーキを取るムジカ嬢は、心なしか、いつもより嬉しそうだ。蜂蜜が好きなのかもしれない。


「王女に、何かおっしゃいませんでしたか?」


 王が言うと、ムジカ嬢は驚いたように目を見開いた。


「私が?」

「ええ」


 頷いてみせると、ムジカ嬢は少し考えるような仕草をしてから、首を傾げた。


「何かありまして?」


 王はまた一つ、ため息をついた。


 若公爵の事故死の報せが届いたのは、ほんの昨日のことだというのに。今朝、また二人も、王女に求婚者がやって来たのだ。


「まあ」

「王女が、彼らに何を所望したと思われますか?」


 苦い口調で言う王に、ムジカ嬢はいっそう不思議そうな表情をした。


「何をお求めになりましたの?」

「『月』です」


 思わず、王は顔をしかめた。


 「月をいただきとうございます」──無表情に告げられた王女の言葉に、王はその場で頭を抱えたくなった。色々な噂を聞いて心の準備をしてきたのだろう求婚者たちも、さすがに呆気に取られた様子だった。

 一人は不可能だと怒り、もう一人は努力しますと苦笑いして、昼前には立ち去っていった。二人とも、もう二度と戻っては来ないだろう。


 しかし困惑している王を見つめて、ムジカ嬢はくすりと笑った。


「よろしいじゃございませんか」


 その言葉に、王はいっそう顔をしかめた。しかしムジカ嬢は気にしたふうもなく肩をすくめて、湯気のたつカップを持ち上げた。


「少なくとも月が相手ならば、命を落とす勇者様も、そうそうは現れませんでしょう?」


 アーモンドの瞳が微笑う。

 王は苦いため息をついて、蜂蜜のケーキを口に放り込んだ。


第二話『月へいく道』完

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