ティアの違和感
数分して、ようやく涙が止まった。
ただ、鏡を見なくても目も顔もぱんぱんに腫れ上がっているのを感じる。
伯爵が廊下にいた侍女に声をかけ冷たいタオルを持ってこさせてくれた。
もちろん扉は半開きになっていた。
ティアは黙ってタオルで目を冷やしている。
誰かの手が肩に触れた。
気がした。
タオルを外してみたが、隣には誰もいない。
しかし、目の前にアレクサンダーが座っていた。
そして伯爵がいない。
きょろきょろと周囲を見て見るが、誰もいない。
なぜ。
いつ。
ここはどこ?
ティアは何故か恥ずかしくなってきて、現実逃避のために再度タオルを目に当てた。
「今、すぐ取り替えられるように冷たい水の入った桶を持ってきてもらっているよ。」
アレクサンダーの優しい声が心地よく感じてしまう。
そのまま静かな時が流れる。
黙ったままでも、安心感しかなかった。
少しして落ち着いたティアは、何事もなかったかのように、“できる侍女”風を装った。
アレクサンダーが視線を横にし、口元を隠しながら肩を震わせた。
笑っているって隠せてませんけど?
気づいてますけど?
ひどい顔なのもわかってますけど!?
ティアは憮然とした表情のまま姿勢を正し、アレクサンダーに向き合った。
「シェヘレザード様とのお話は済んだんですか?」
「・・・ああ。お願い事をされてね。・・・だから交換条件を出したんだ。」
「さようですか。」
何の話をしたのか多少、ほんの少し、ミジンコ程度くらいは気になるが、聞かない。
主人と・・・・元学院・・・メイト?との秘密のはなし。
気にしません。
ええ、気にしません。
「父上とは有意義な話ができたかい?」
アレクサンダーのスカイブルーの瞳は全てを見透かすような、不思議な力を持つ。
「そうですね・・・知りたいことのヒントを・・・手に入れられた気がします。」
「そうか・・・。良かったね。」
アレクサンダーの優しい声が、ティアの体中に浸透した。
あの後、シェヘレザードに呼ばれ、腫れ顔のまま顔をだした。
怒られた。
もっとましになってから来なさい、と。
そんなにか。
ちょっと傷つきながら部屋に戻り鏡を見る。
これはない。
鼻は真っ赤だし。
目も真っ赤だし。
顎も真っ赤。
目も真っ赤で、二重だったのに一重になっている。
すると、部屋にノックの音が響き、返事をすると侍女仲間が立っていた。
「・・・・・・・・ルシリア公女様が・・・エリス公爵令嬢様に言われて届けてくださったわ。これを渡してって・・・・・・・・」
・・・・・・が多すぎる。
やめてよ。
ティアはにこりと微笑んで礼を言い、物をもらった。
そして笑ってしまった。
ティアが開発したロシエール商会の化粧品だった。
顔のむくみを抑えるパックに、赤くなった肌を抑える化粧水。
ティアはパックをしながら侍女室から持ってきた書類を片付けていた。
遠話機の音がして、ボタンを押す。
「どうしたの?」
『・・・え?どうしたって調べたら連絡してほしいって言っていたでしょう?』
遠話機の向こうでカリオペが少し怒ったように言う。
「調べる・・・?何の話?」
ティアは不思議そうに聞く。
『ちょっと・・・昨日連絡してきたじゃない。』
「昨日?」
何の話かわからない。
『大丈夫?』
カリオペの心配そうな声が聞こえる。
「・・・私連絡した記憶がないんだけれど・・・」
『え!?あなただったわ。番号もあなただったし、声もあなただったわ。』
ティアが開発した遠話機はなり替わりを防ぐため、一度遠話機で会話したことのある人の声を覚える仕組みになっていた。
「・・・どういうこと・・・」
術式には、声の編成もできないようにしていたはず。
他の遠話機は問題ないのに、カリオペのだけ不良品とか?
いえ、あり得ない。
ロシエール商会のスタッフには全員ティアが直に書いた術式の遠話機を渡している。
『ティア?・・・昨日遠話機はどうしていたの?』
「私は・・・遠話機は・・・」
基本的には肌身離さず持っている。
しかし・・・
昨日どうしていたか覚えていない。
いいえ・・・覚えている。
昨日は、マシアス様と話していた。
何を話した?
メイラのこと。
そうメイラ。
メイラって誰・・・?
『ティア!!』
カリオペの声にハッとする。
「・・・今のは・・・何・・・」
得体のしれない何かがティアに襲い掛かっているような感覚。
何が起きているの・・・?
わからない。
ティアは遠話機を床に落としたことに気付きもしないまま、椅子から立ち上がり鏡に向かう。
鏡の中に映る人を見る。
「・・・だれ・・・あなた・・・誰・・・・いや・・・・あなたは誰なの!!!」
ティアは鏡に触れ魔力を送り、鏡を割った。
興奮して魔力をコントロールできず息が上がる。
誰か助けて。
私は誰?
ルクレティアナ?
ルアン?
ティア?
私は誰なの・・・-?
床に頽れ、頭を両手で抑える。
しばらくしてティアの部屋の扉を叩く音が聞こえた。
ティアは音が聞こえていても、どこか遠くでなっているようなそんな感覚になっていた。
ドンッ・・・ドンッドンッ・・・
「ティア!ティア!!いるんだろう?・・・くそっ・・・」
誰かが扉を叩き、そしてけ破った。
騎士服を着たイアンがブルーグレージュの髪の毛を振り乱し、部屋へ入ってきた。