表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファンタジックオーケストラ~女子高生音ゲー物語~  作者: かっし
第2章 さよなら氷の女王(柳楽響姫編)
9/17

第9話 響姫と音楽

 彼女にとって音楽とは、挫折と敗北そのものだった。


 両親が音楽教師で、子供の頃から音楽に触れてきたが、才能には恵まれなかった。


 幼稚園の時はピアノを習っていたが、ドの音を出すつもりが、いつもレの鍵盤を押していた。彼女は毎日ピアノにかじりつき、なんとか正しい鍵盤を弾けるようになる。しかし、その程度は当たり前、と母に言われた。表現力こそが必要らしい。しかし、彼女にはそれがなかった。自分では素晴らしい演奏をしているつもりなのに、発表会で賞をもらうのは、いつも別の子だった。


 ピアノがダメならと習ったバイオリンも、正しい高さの音を出すのに苦労した。なんとかドレミファソラシドができたら、父に言われた。この曲の精神を理解して、表現するんだ、と。でも、いくら練習してもそれを理解する日は来ず、発表会で賞が取れることはなかった。


 曲の精神とはなんだろう、表現とはなんだろう? 音が正しく出せることが、ゴールではないのだろうか。どんなに一生懸命取り組んでもわからなくて、高校生になるころには、楽器を弾くのをやめていた。


 音楽を聴くのも嫌いになった。彼女はゲームセンターに通った。とりとめもまとまりもない、様々な音で溢れていたからだ。バラバラな音の集合に、精神などはない。そう考えると安心したのだ。


 でも、松江のあるゲーセンで、雑多な音の中から一つだけ、整った典雅な音楽が流れてきた。ピアノとバイオリンの切ないメロディだ。


 嫌いなはずなのに、気づいたら吸い寄せられていた。


 プレイヤーが、筐体のモニタをなぞっていた。正しいリズムで、正しい音がしていた。それだけで満たされた。


 それを遮るように、頭の中で声がする。


 精神を理解するんだ。


 音楽を表現するのよ。


 耳を塞ごうとした時、スピーカーから声が聞こえてきた。


「You are MAESTRO」


 そうか。あの世界の中では、正しいことがいいことなんだ。正しくリズムを刻むことが、一番良いことなんだ。


 あの世界なら、自分も音楽ができるのではないか。


 それが、ファンタジックオーケストラと、柳楽響姫との出会いだった。




 鳴海は、教室の自分のいすの横で、立ち尽くしていた。


「あの」


 窓際の一番後ろの席を中心に、数人のクラスメイトがどっかりと席に座り、大声で話に興じていたからだ。


「てかさー、あたしの彼氏がありえなくてー。友達入れて遊びのときに、あたしより友達の彼女と話してんの。まじありえなくないー?」


「ハハ、それあんた、捨てられんじゃない?」


「知るかっての、あたしのほうが捨てたいんだけどー」


「あの……そこ、私の席……」


 何回目かの声かけで、やっとクラスメイトは振り向く。


「何? 声小さくて聞こえないんだけど」


 鳴海は意を決して大声を出した。


「そこ、私の席なんだけど!」


 気まずい静寂が漂って、クラスメイトは眉をひそめる。


「うわ、びびった。逆にでかすぎでしょ」


「なえるわー」


 彼女らは、いかにも嫌そうに席を移った。


 鳴海は、顔を真っ赤にして席につき、机の中身をかきだして鞄に詰め込む。周りには生徒はいない。


 はあ、とため息をついた。


 鳴海にとって、教室は自分らしくいられない場所だ。うまく主張できず、何を言うにもぎこちなくなって、思いを伝えられない。そのせいで、表面的な会話をするばかりになり、親しい友達はできない。


 ゲーセンだと積極的に、一生懸命になれるのに、教室ではいつも片隅で縮こまっているだけだ。音ゲーの新しい仲間を見つけ、大会に出場を決めたとしても、それは何は変わらなかった。


 だからこそ鳴海は思った。


 今、全力でファンオケがしたい。プッシュボタンを思う存分押したい。ステップマットを力いっぱい踏みたい。スワイプモニタを、心を込めてなぞりたい。


 唄江と、響姫と、eインターハイに出るのだ。


 鳴海は意を決して立ち上がった。


 ――唄江がそれを受け入れるかどうかも、そもそも響姫が参加するかどうかも、まだわからないけれど。




「柳楽さん? どんな子?」


 三年生の教室前で、上級生に話を聞いた。


「自分のことを氷の女王って言って、ゴスロリの服装をして、子分をいっぱい引き連れて、ゲームセンターでエイリアンエナジーを一気飲みする人です」


「そんな子、いるわけないでしょ」


「確かに……」


 鳴海は納得した。そんなクラスメイトがいれば、絶対に記憶に残っているはずだ。


「やっぱり、人違いじゃない?」


 三年生の教室の前で手帳の写真を見ながら、唄江は眉をひそめた。


 柳楽響姫、三年生。


 眠そうだ。ボサボサの黒いショートヘアに、吊り目がちな半分閉じたまぶた。でも輪郭はスマートで、まつげは長い。目をよく開けて髪を整えれば、美人、と言えそうな気がした。


「ねえ、やめよう、鳴海。あんな人、仲間に入れちゃダメだよ」


 唄江は小さな手を握りしめて訴えてくる。


「確かに、あの人は悪者かもしれないよ。でも、プレイはすごく綺麗だった」


 先週の土曜日、鳴海の生活は大きく変わった。


 松江のゲーセンでいつものように唄江とファンオケをプレイしていたら、東京から来た山本さくらに出会い、ゲームの全国大会、eインターハイへの出場を勧められたのだ。鳴海は迷った末に参加を決意したが、出場には三人のチームが必要だ。


 鳴海は筐体を占領していたプレイヤー、響姫が落とした手帳から、彼女が同じ高校の生徒だと気づいた。そこで、チームに勧誘してみようと思ったのだ。


「柳楽さん? あの人だよ。いつも寝てる」


 E組の生徒が、窓際の机を指さす。そこには、突っ伏して寝ている女子生徒がいた。ボサボサの黒髪だ。


「一回も話したことないからよくわかんないけど」


 鳴海はそれを聞いて、少し響姫に親近感を覚えた。


 彼女はきっと、教室で音ゲーの話などしないし、エイリアンエナジーを一気飲みしたりもしないのだろう。


「やめようよ」


 鳴海は、唄江の静止を振り解き、突っ伏している彼女の近くに立った。


「柳楽先輩」


 声をかけると、彼女はピクリと動くが、すぐに止まる。


「あの、柳楽響姫さん」


 反応はない。明らかに狸寝入りだ。


 鳴海は、胸に手を当て、呼吸を整えた。そして、深く息を吸うと、彼女の耳元で大きな声をあげた。


「氷の女王・響姫さま!」


「やめなさい」


 彼女は顔を上げて鳴海の袖をつかんだ。寝不足なのか、目元にはクマがかすかにできている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ