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ファンタジックオーケストラ~女子高生音ゲー物語~  作者: かっし
第1章 私のいちばん好きな曲(天野鳴海編)
6/17

第6話 eインターハイ

「響姫さん、どこにいらっしゃるのですかー!」


 奈々子の声が聞こえる。響姫はゲームセンターの外、壁の陰に隠れながらやり過ごす。他のお茶会メンバーはどこかに去ったが、奈々子はまだ氷の女王を探しているようだ。


 惨めな気分だった。自分を尊敬する者たちを集めた『お茶会』は響姫の唯一の居場所だったのに、鳴海という少女のおかげで崩壊した。みんなの前で、最も得意な曲で、響姫は真正面から敗北してしまったのだ。


 それにーー。


「なんでこんな場所に、日本ナンバーワン……海桜かいおう高校の山本さくらがいるのよ」


 ため息をつきながら、ひとりごちた。


 敗北した上、あんなプレイヤーに出てこられたら、ますます自分の立場などない。響姫はお茶会メンバーに合わせる顔がなかった。奈々子たちにどう思われているかよりも、自分自身が自分を誇れなくなったのが問題だった。


 探すのを諦めたのか、奈々子の声も聞こえなくなった。やり過ごすために隠れたはずなのに、虚しい気持ちになる。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 最初は、音ゲーを楽しくやりたいだけだったはずなのに――。




 NARUMI 98764

 HIBIKI 100000


 HIBIKI Win!


「信じられない。鳴海がリトフラで負けるなんて」


 唄江はスコア画面を見て唖然とした。響姫のクレジットの残り曲でプレイした『リトル・バタフライ』で、さくらはなんと100000点、つまりパーフェクトを取った。当たり前だが、全てのノーツが、最も正確なS判定だった、ということになる。ビギナー譜面やアマチュア譜面ならまだしも、最上級難易度であるマエストロ譜面でパフェなんて信じられない。


「さくらは、馴れ馴れしくて図々しいバカだけど」


 明日花は、どこか誇らしげだった。


「音ゲーだけはめちゃくちゃ上手いんだ」


「す、すごい!」


 鳴海は、目を輝かせてさくらを見ていた。彼女が、誰にも見せたことないような、尊敬の眼差しだ。


「まさか、全国音ゲー行脚最後の県で、君みたいなプレイヤーに出会えるなんて」


 さくらは、再び鳴海の手を取った。


「ねえ、鳴海。出会っていきなりだけど、お願いがあるんだ」


「お願い?」


 両手を強く握る。


「『eインターハイ』に出てほしい!」


「eインターハイ……なんですか、それ?」


「企業が合同で開催してる全国規模の大会だよ。その中の、ファンタジック・オーケストラの女子部門に私たちは出場してるんだ」


「全国の女子高生が出るんですか?」


「そう。私は、東京の海桜高校。明日花は広島の呉工業大学付属高校。高校から三人一組で参加して、チームセッションで競うんだ。八つの地方ブロックで予選をやって、その優勝者八チームが東京のプレイアイランド本社で決勝トーナメントに参加できる。上手い子ばっかりだから、めちゃくちゃ試合はハイレベルだよ」


 鳴海はいきなり大海に放り出されたカエルのような気分になった。大会のことなど考えたこともない。


「えと、大会、全国……さくらさんは、東京から来たんですか?」


「うん、私はいろんなとこで音ゲーするのが好きで、全国の都道府県のゲーセンを回ってたんだ。その中でいろんなプレイヤーと出会った。明日花とかね」


 連れの、金髪の方を見た。


「でも、最後の県で、君みたいなすごいプレイヤーに会えるなんて、本当に嬉しいよ」


「そんな、私すごくないです」


 鳴海は首を横に大きく振るが、さくらはもっと大きく振った。


「いいや、さっきの『Empress on Ice』、びっくりしたよ! あのお邪魔ノーツを取り切れる人は全国でもほとんどいない。それにリトフラ、高スコアは出しやすいけど、難しいイントロとアウトロまでしっかり押せてた。間違いなく、全国クラスのプッシュプレイヤーだ。鳴海はすごい逸材だよ」


「鳴海、めちゃくちゃ褒められてるね!」


 唄江が自分のことのように喜んでいる。


 鳴海は、はずかしくなった。こんなに褒められることは、人生で初めてかもしれないと思った。


「だから、ぜひともeインターハイに出てほしいんだ」


「私は、家からゲーセンまで一時間半もあります。ゲーセンに来られるのも週一だし、うたちゃんとしかやったことないし、大会があることも今知ったくらいで……そんな私が出ても……」


「だったらなおさらだよ」


 さくらは、さらに熱を込めて語る。


「そんな遠くから毎週ゲーセンに来て、ファンオケやるなんて熱意がすごい。それで全国レベルの力を身につけたなんてもっとすごいよ。私は君のプレイを、いろんな人に見せたいと思った。そして君も、いろんな人とプレイして欲しいと思った!」


 紙を取り出した。『eインターハイ・ファンタジックオーケストラ女子部門・参加申込書』とある。学校と、三人の名前を書く欄があるだけのシンプルな書類だった。


「ここに参加届けがある。書いてほしい。実は、参加締め切りが今日なんだ!」


 どうしても、鳴海を大会に出場させたいらしい。


 清々しいくらい押しの強いさくらを前に、鳴海は迷った。


 参加届けを、割り込んだ唄江が訝しげに見つめる。


「これ、借金のホショーニンの書類じゃないよね」


「あはは、不安がらなくても、参加取り消しなら後でもできるよ。参加者も後で変えられる。でも参加するとしたら今日だけだ!」


 唄江は書類とさくらの顔を、殺人事件の容疑者でもあるが如く、ジロジロ舐め回す。


「三人必要なのかあ」


 胸を撫で下ろすさくらをよそに、真面目な顔で唄江は聞いた。


「鳴海、どうする? 出たい?」


「うたちゃんは?」


「鳴海が出るなら一緒に出たい」


 唄江ははっきりと言った。


「うたは鳴海に誘われてファンオケ始めたもん。鳴海についてくよ」


「陸上部の練習は」


「気にしなくていいの! 鳴海が出たいかどうかだよ」


 鳴海は考えた。


 今日、鳴海の日常は大きく揺り動かされた。いつも通りゲーセンに行くだけのつもりが、響姫との対決があり、さくらとの出会いがあり、今こうして大会への出場を進められている。


 これは一クレジット目の、一曲目にすぎない。


 もしここで出場することを選べば、もっと目まぐるしく動き出すことになるだろう。今よりもっと音ゲーのことを考えるようになるだろうし、多くの出会いや勝負が待っているだろう。


 確かに大会に出るのは楽しそうだ。明日花やさくら以外にもたくさんのプレイヤーがいるなら会ってみたい。


 でも、ここで出ることを選べば、今までのような唄江と二人で音ゲーをやっているだけの日々には帰れなくなる。それに、メンバーとか、試合の勝敗とか、悩むべきことも多そうだ。


 鳴海は、考えた。こんなふうに何かを自分で決めることは、今までになかった気がする。親や先生の言うことに従うだけで、部活もやっていない。高校も家に近いからと言う理由で選んだ。将来の夢も目標も特にない。


 こういうとき、どうやって決めたらいいんだろう。


 鳴海にはわからなかった。


 母の言葉が頭をかすめる。


 ――ゲームばっかしてたら、ろくな大人になんないわよ。


 ――あの子みたいになんなさい。もっとちゃんと目標とかをもって、未来のことを考えて。


 鳴海はうつむいた。


「私、ろくな大人になれないのかなあ」


「え?」


「わかんない」


 ぽつりと唄江にこぼした。


「出たいか、出たくないか、わかんないよ」


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