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訪問者 5


 テオを捕まえた警備の男にも会釈をして、施設を後にした。


 燻った、やり場の無い焦燥は施設に来る時よりも大きくなっていた。

 楽になりたくて行動したのに、人に言えない秘密を一つ増やしただけだ。


(あなたは一体、僕に何をさせようとしたんですか……)


 博士にどんな意図があったとはいえ、もはやどうしようも無い。施設に来ればきっとツクモが見つかると思っていた。でもそれは叶わなかった。

 ほかにあてなんか在るはずも無いし、手がかりがあるとも思えない。博士だって自分が突然、誘拐されることになるなんて想像だにしなかっただろう。


 ツクモはいったい何処へ消えたのか。

 博士とともに誘拐されたか、それとも……。

 恐ろしい想像に突き当たり、冷や水を掛けられたように、体が震えた。


 まさか、逃げ遅れて焼け死んだのでは無いか? 


 曲げた人差し指の第一関節を噛む。

 彼女はデブリだ。生きる努力をしない不変のモノだ。


 博士は彼女を仮眠室に隠していた。

 博士が連れ去られた後、その部屋はどうなった?

 ことごとく燃やされたのだ。

 博士のあらゆる研究を記した紙媒体のレポートとともに。


 彼女は決して自ら脱出なんて試みなかっただろう。

 紅蓮に包まれながら、熱に髪と肌を蝕まれながら、きっとこう思ったに違いない。


 まあ、いいか、と。

 

 死、

 死んだ。


 あまりにもよく出来た筋書き(ストーリー)はリアリティがあった。


 ぐりッ


 ……強く噛みすぎた。

 人差し指に深く付いた噛み後を睨む。

  

ツクモ個人に対してテオはどうだこうだと、思ってはいない。

 だが、顔を知っている人間が、二度と見えない一人になることは、どうしようもなく、胸の内に空虚を呼ぶ。

 いくつかの自己弁護が浮かんで、消える。


 テオに出来たことがはたしてあったか?


 ない。

 絶対に無い。

 テロが起こるなんて知りうるはずが無かった。


 火事の中に飛び込んで、彼女を連れ出せばよかった?


 バカらしい!


 顔を覆い、鼻と口を覆って息を大きく吐いた。


 こもった吐息の音。


 どうしようも無かった。

 こんな自分を責める材料を探すようなマネはするべきじゃ無い。

 言い聞かせる。

 まぶたを閉じて、繰り返し言い聞かせた。


 落ち着いた頃になって、自分の挙動不審さに気がつき周囲を見回した。幸い、誰もいないようだ。

 いや、デブリがいた。

 表情の見えない無骨なスーツをまとい、くずかごの前に座り込んでいる。


 まるでオブジェクトのようだ。

 アレはもしかして、テオが施設に行く前からそうしていたのでは無いか?

 鼻で笑って、テオは帰途に着いた。


 テオの住むマンションと施設まではそれほど距離が無い。博士が手を回して手配したものらしいから、もちろん意図的だろう。

 住宅が密集する区画の十字路、突き当たりの三叉路。

 直進の道を早足で歩く。


 異変に気づいていた。


(従いてきている?)

 ソイツは、尾行をする諜報員としてはあんまりにヒドイ人選だ。

 まるでB級映画に出てくるような無骨なバイオスーツが、のっそり歩いてくる。

 おそらくは、さっきの公園にいたデブリ。


 住民の中には彼らに嫌悪を抱く者も居る。だから、作業のための立ち入りは、時間に気を使っている。正確な時間を把握はしていないが、少なくともこんな時間には住宅街に立ち入らないはずだ。


 だから、悪目立ちしていた。

 ソイツは、いくつかあった分かれ道で躊躇いなく、テオと同じ道を選んだ。


 どんな用事があるというのだろう?

 いや、きっと関係ない。

 すべては偶然に決まっている。


 言い聞かせながら、テオは帰路を急いでいた。

 不安を感じていた、いつの間にか、また人差し指を噛んでいた。


 もう、マンションだ。

 ソイツはまだ居た。

 テオの部屋は2Fにある。止まることが恐ろしくて、階段を使った。


 カツンッ

 

 踊り場まで進んだところで、背後に踏み音を聞いた。


 そんなことがあっていいものか!

 ここは、もう、マンションの敷地内だ。入るときには、リングデバイスのアクセスによる住民証明もした。


 振り返らなかった。

 ただ、足を速めて、自分の部屋へ急ぎ、いつもよりも乱暴に部屋の扉を閉めた。


「はあ、はあ、はは……」

 自嘲が漏れた。

 なにを焦っているのだろう。

 偶然だ。


 テオにいったい、どんな価値があるというのだ。

 施設上がりの元デブリ。

 テオを狙う何者かなんて、いるものか。


 洗っていないコップを拾い、ウォーターサーバーの前まで行って、水を汲み、飲む。


 か、ちゃ


 ぐ、ごぉ


 空気と一緒に最後の一滴が喉を通った。 

 振り向く。


「なん、だよ」

 ソイツが、立っていた。

 扉の隙間から部屋に差し込んだ光が徐々に狭まり、かったん、の音で潰える。


 ここはテオの領域(テリトリー)だ。

 そう思って逃げてきた場所だ。


 だから、そこに侵入されたら、もう何処にも逃げられない。

 バカにしてきた分厚いスーツが廊下の暗闇を踏んで迫ってくるのは、空恐ろしかった。


 こんなのは、今どきネットでも流行らないジョークだ。


 思考停止、現実逃避。

 テオが停止している間にも、ソイツはテオに迫り、そして、言ったのだ。


「おにいちゃん」


「……はあ?」


 まさかと思った。

 我を取り戻したテオは、震える手をスーツの首裏に回し、操作した。


 扱いは知っている。

 自分も着ていたから。 

 アンロックのシグナルに切り替わるのを確認して、テオはヘルメットへ手を伸ばす。


「なんで、お前が」

 現れたのは、あの妖しい虹彩の瞳。


「おにい、ちゃん」


 無気力で、不変で、人外染みた煌めきを湛える瞳の少女。


 ツクモが、そこに居た。



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